第22話 地方大会

 夏の地方大会。甲子園への予選。

 6回の連勝が必要になるトーナメント。

 悠星たちの香星高校は、順調に、一、二回戦を勝利した。中三日を空けて、行われる試合。一度負けると終わる夏の景色。悠星も二回戦で三回分を投げた。失点は一。少しコントロールが思うように、つかなくて。

 

「負けてないようね」

「負けられないからな」


 朝の教室で、秋羽が、読書をしていた本から目を離し、悠星に声をかけた。

 

「ずいぶん、早くに来ているんだな」

「あなたもでしょ」

「今は、朝練がないからな。ただ染みついた生活習慣は抜けないから」

「だからって、学校」

「どうせ、行く場所なんてないさ。知ってるだろう。部活に熱心だと三年分の世間が抜け落ちるんだ。流行ってることとか分からなくなる」

「それは、あなたが興味ないだけでしょう」

「かもな。で、何を読んでいるんだ」


 冷めた目をした秋羽。少し考えたようで。


「二股男が、刺されて死んじゃう話」

「おい、しれっと嘘をつくな」

「SFよ。人生に二度目があるね。あなた、二週目でしょ。なんてね。――人生二週目の人は、必死にそのことを隠すの。一週目の人より有利だからね。国は、一週目の人と二週目の人を分けることを決めて、一週目の人を優遇する措置を取るんだけどね。問題は、はたして、どうやって、二回目だって判断するか。優秀な主人公は、二週目の疑惑をかけられるんだけど、実は一週目で――」

「おい、壮大に、ネタバレをしようとしてないか」

「あれ、ダメ?」

「前世の記憶があれば、何か変わると思うか」

「さぁ。記憶なんて、不確かなものだし。それに、新鮮さがなくならない」

「デメリットをまず語るなよ」

「ふふ。前世の記憶がいい記憶なら、いいけど。もしかしたら、犯罪者の記憶とかだったら」

「だから、楽しそうに、悪い点をあげていくなよ」

「まぁ、本の話は、どうでもいいとして。まだ危なげないようで安心してる」


 大事なのは、フィクションではなくて、現実の方だ。


「余裕をもって勝ち進んでるよ」

「当たり前でしょ。うちのお兄ちゃんのホームランが飛んでるんだから」

「あいつ、大会記録でも作る気なのか」

「さあね。でも打ち過ぎたら、まともに勝負してもらなくなる」

「あいつに四球を投げ続けたら勝てそうだな」

 

 うちのチームの得点の爆発力はないからな。

 一回で4、5点入る打撃力自慢なチームではないし。


「それはいい考えね。耳元で思いっきりトランペットを吹いてあげたくなる」

「鼓膜を壊そうとするな」

「鼓膜で許してあげてるのに」

「大事な道具を凶器に使うなよ」

「なんだか、ミステリの探偵にでも言われそうな言葉。トランペットはメインウエポン」


 楽器を武器にとか。狩猟笛か。ハンマーにして振り回すなよ。

 それより、もう少しハッキリさせておかないといいけないことが。


「・・・・・・なぁ、どこまで聴いてた」

「んー、幼馴染に甘えてたこと」


 理解が早くて助かるよ。察しがいい。


「いいんじゃない。黒歴史の一つや二つ、増えても、もう変わらないでしょ」

「俺は、どうするのが正解なんだろう」

「心音を録音して、毎晩寝る前に聴けばいいんじゃない?」


 なんだ、その未来を先取りしたASMRは。

 焚き火の音や水の流れる音で十分だ。

 というか、そこまで聴いてるのか。席を外すとか盗み聞きをやめるという配慮はないのか。もしくは、せめて、そっと聴かなかったことにするとか。

 秋羽は、自分からどこまで聴いておきながら、と文句を言いそうだが。

 秋羽は、目を細める。机についた片肘の方の腕に、顎をのせる。唇まで、手のひらで隠れる。


「まったく、初めから、一人に決めておかないから、面倒になる」

「初めから二人だったんだ」


 秋羽は、頭を下げて、盛大なため息を一つ。


「贅沢な悩みをお持ちのようで。いい球すぎて、どっちを投げるか迷ってるピッチャーみたい。とりあえず、姉と付き合う。合わなければ、そのあと、妹と付き合う。付き合ったら、責任取らないといけないわけじゃないし」

「付き合わなくても、責任は取りたいんだ」


 二人とも大切な人だから。


「それって——、まさかもう……しちゃって」


 喫驚きっきょうした顔の秋羽。

 戸惑いながら、興味津々なのが分かる。視線が悠星に定まる。


「ない。バカか」


 前世でもしてないのに、高校生になって、いきなり襲うやつなんているか。そんなことを、できるわけないのに。どんな言い訳が堆積しても。


「でも、キスぐらいは」

「——してない」

「嘘っぽい。アヤしい」


 それも過去だ。

 現在だけ。現在だけ。

 悠星が二度目でも、夏弥は、一人。

 現状が、パラレルワールドのSFだと言われても、変わることはない。理屈は、何も意味がない。


「甲子園、行けば、何か変わるか」

「変わる。全てが」

「そうか」

「結果が変わると信じてるから、全力なんでしょ。試合でも」

「信じたいけど」


 いずれ結果は、ついてくる。

 数珠のように、容赦なく次々と。

 あの時、ああしておけばと。


「負け戦でも、最後まで頑張れば、黒くない歴史に残るよ」

「甲子園は、そういうのが多い」

「キズだらけのエース」

「そういう美学。秋羽、好きそうだな。そこに憧れるのは分かるけど」

「なに、将来の心配。黄金の右腕というには、まだ足りないんじゃない。怪我が怖いの」

「トランペットにはないのか。怪我とか。吹けなくなる病気が。指をなくしたピアノ弾きは——」


 よくあるフィクションだと。

 音楽を失った演奏家は。


「どうにか必死に生きるしかないんじゃない。そうでしょ。問題はプライドぐらい」

「生きているだけで、人を不幸にすると思わないか。迷惑をかけてしまう」

「あなた、めんどうなこと考えてるのね。それだったら、障害者は誰も生きれなくなるじゃない」

「自分が、そうなるのは許せないって」

「でも、誰もが老化するし、事故にあうかもしれない。自分は大丈夫でも、周りの誰かは、病気や怪我になるかもしれない。というか、あなた、何か病気でもしてるの」

「いや」

「だったら、気にせず投げなさいよ。たらればしてたら、キリがないわよ。寿命も、30歳ぐらいの時代もあったんだから」


 医学部生のヒポクラテス症候群のようなものだったらいいけど。実際、一度壊していると。その記憶がフラッシュバックしてきそうだ。

 でも、今回は、余裕があるはずだ。

 佐野先輩がいて、西岡先輩がいて、投手は厚い。体幹や足腰も鍛えているし、肩や肘の柔軟性も。


「秋羽、トランペット、吹けなくなったら、どうする」

「潔く退場するわ、人生から。わたし、プライド高いから」


 この兄妹は——。まったく。

 

「冗談よ。本気にした。たぶん、少しズルズルと生きちゃうわね。諦めも悪い方だから。でもね、わたし、運はいい方だから。大丈夫でしょ。それと、あなたも運がいいわよ。たまたま偶然、幼馴染とその妹が可愛いんだから」

「それは、幸運だな」

「勝負は時の運。人生は勝負の連続」

「負けてもいいのか」

「ダメー」

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