第19話 デート2

 悠星は、今、なぜか那雪と二人でいた。

 場所は、県立の美術館。庭園の奥に、モダンなコンクリートの長方形の建物がある。ガラス張りの正面玄関の横で、水が滝のように流れて、薄い水の膜が通路横に広がり、庭園への方へと流れていく。広い敷地を利用して、散歩も可能だ。人工的な美しさが、静寂を生み出している。


「夏弥は」

「ドタキャン、行きますか」


 特に気にした様子もなさそうだ。那雪の方は、家で言われていたのだろうから。

 美術館に来るまでに、不服も不平も消化し終えたのだろう。

 悠星は、自動ドアの入り口から中へと入る。クーラーが効いていて涼しい。


「常設展しかやってないけどいいのか」

「その方が静かでいいですよ」


 確かに、特別展やイベントがあるときの窮屈さはすさまじいものがある。有名な海外の画家の展覧会とかになると、もはや止まることもできないほど埋め尽くされるからな。

 常設展の400円のチケットを購入して、通路順に吹き抜けの二階への階段をあがっていく。


「よく来るの」

「ううん、二回目。少し遠いから」

「まあ、そうだよね」


 ガラス張りの奥に、絵画が展示されている。主に、洋画の影響を受けたあとの日本画といった感じだ。近代以降の風景画家の作品なのだろう。絵画以外にも、彫刻やオブジェも。県内の芸術家の作品が多数コレクションされているようだ。客は、自分たちを含めても、10人もいない。学芸員か臨時のアルバイトか椅子に座っている人も一人だけ。

 薄暗い館内で、照明をあてられている止まった完成品たち。ゆっくりと動いては、立ち止まる那雪のあとを追う。悠星には、やっぱり分からない世界の人々の業績。

 那雪を見ていても、そこまで食い入るように見ているわけでもない。悠星と変わらないように、普通の一般の客のように思える、美術部員でも、絵が上手でも――。

 

「こういう絵にも興味があるの」

「どうかな。いまいちかな。うちの美術部は、ほとんどアニメ部みたいなイラストばかりですし。日本画なんて、誰も描いてないから」

「そうなんだ」

「油絵やデッサン練習、水彩画も描きますけどね。部員が少ないから、かなり自由ですよ。顧問もあまり来ないですし」

「ルーズなんだ」

「野球部は忙しい?」

「そこそこ。――こういうのは、好きなんじゃない」

「・・・・・・琳派みたいですね。どうなんだろう。好きかもしれないけど」


 那雪が、少し一歩下がる。金を背景にした屏風に描かれている紫に近い青い花。

 小首をかしげながら、ためらいがちで、ハッキリしないのは、いつものことだ。那雪らしい優柔不断さ。きっと妥協しないからで、判断がゆっくり流れているから。何度もチェックしたがって、なかなか満足しない性分。


「どうして、こういう絵が好きだと思うんですか」

「いや、感覚的に」

「感覚・・・・・・意外とわたしって分かりやすいのかもしれないですね。お姉ちゃんにも、好みとか簡単に当てられるから」

「それは、夏弥がシスコンなだけだ」

「それは、そう。ふふっ」


 夏弥——妹に、ハッキリ言われてしまっているようだな。

 


 †††



 常設展をぐるっと見終わって、美術館の一階にある喫茶店に向かった。ガラス張りの向こうに、庭園が一望できる。自然との調和というより、人工的な優美さが平面的に広がっている。噴水から湧き出た水が、コンクリの幾何学的な模様をたどっていく。


「でも、夏弥が来ないなんてな」

「たまには、二人きりにしたいという姉心ですよ」


 中学と高校で別だから、少しは気をきかせたのか。いったい、何の気をきかせているのか。休みも、かなり久々だったからなぁ。


「ロリコンの変質者とか言ってないか」

「たかが、二年」

「その差が」

「大きいかもですね」


 那雪は、別になんとも思ってないようで、安心した。あることないこと、夏弥に吹き込まれてもいないようだし。


「でも、いきなり、好きだ、は・・・・・・」

「黒歴史」

「お姉ちゃんと一緒に笑ってました」

「仲が良いみたいで安心した」

「お姉ちゃんですし。――取り合い、期待した?」

「自意識過剰すぎるだろう。完全に、黒歴史だ。忘れてくれ」


 僕のために争わないで、とか。

 どこのラブコメの主人公なのだろう。


「まぁ、二人が幸せなら、それでいいよ」

「・・・・・・やっぱり、雰囲気、変わった。お姉ちゃんとも話したけど。なんだか、なにしても許してくれそうって」

「全身のヌードモデルは遠慮したけどな」

「押したら行けそう」

「押すなよ」

「押さない。けど」


 那雪は、一拍おく。注文していたサンドイッチセットが二つ、ちょうど来て、机に置かれる。伝票の紙が円筒形の容れ物の中に入れられる。


「わたし、お姉ちゃんのことが好きだと思ってた」

「そうだけど」

「ううん。お姉ちゃんのことが好きで、わたしは、その妹だって思われてるのかなぁって。——なぜ?」

「気づいたら、かな」

「わたし、魔性の女?」


 指先を頬に当てて、那雪が見つめくる。

 そんな疑問系で、聞かれても困るが。


「小悪魔っぽくもないけど」


 あざとい感じには、どうもなりきれない那雪。


「じゃあ、天使?」

「どちらかといえば。恥ずかしくないか」

「か、かなり。——庇護欲誘ったとか」

「俺の心を分析しようとしないでくれ」


 悠星は、サンドイッチに手を伸ばし、くわえる。那雪も同じように、自分の分のサンドイッチを手にする。


「お姉ちゃんと付き合ってね」

「シスコンか」

「それが、たった一つの冴えたやり方だから。わたし、きっと、それが幸せ」

「――那雪。大人すぎないか」

「違うよ。わたし、お姉ちゃん大好きだから」

「同じことを、夏弥から言われそうな気がしてきた」

「それは……大変」


 二人で、笑っていた。

 こんなセリフは、先に夏弥が言い出しそうだ。那雪よりも、明らかにオープンなシスコンなんだから。


「でもね、わたしは、まだ少し迷ってるんだよ。これが、好き、なのか。お姉ちゃんには、分かりやすいのかもしれないけど」

「まだ中学生だから。でも、今のは、小悪魔っぽい」

「もう恋愛映画ぐらい観れますよ」

「夏弥は、過保護だから」

「お姉ちゃんだけじゃなくて」

「それは悪かった」

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