第18話 練習試合2

 中間テストが終わって、しばらくがたった。

 そして。

 高校生になってから二回目の練習試合。大きな一級河川の橋の向こうにある商業高校との試合だ。前回の工業高校よりかは、目立った成績を残してはいないが、比較的近い高校なので、何度か練習試合をした記憶がある。


 試合前に「先発は、桜井」と橋村監督に言われた。やっと、前回と違って、高校三年生相手に投げられる。相手からしたら、一年生のピッチャーになめられていると思うかもしれないが、その分、本気で打ち崩そうともするだろう。「三点取られたら、交代させる」とも、監督から追加で言われもした。


「悠星、なんだか楽しそうだな」

「なんでだろうな。少し不安もあるけど。少しわくわくもしている」

 

 ブルペンで肩を温めながら、剛と話す。

 不思議だ。一番初めの練習試合は、不安が勝っているところがあったのに。特に何かがあったわけでもないが。

 やっぱり、先発で投げれることの嬉しさなのか。二度目の人生、一番初めから試合を構成できる。その喜びに勝るものはないのかもしれない。リリーフばかりじゃつまらない。


 ドンッ!


「おい、悠星。向こうのベンチから熱い視線がきてるぞ。最近、また速くなったな」

「中学から20キロはあげたいな」


 ピッチングを続ける。それぐらいないと、夏は抑えきれない。

 今度は、絶対に、あの舞台に。


 アップが終わり、双方の礼とともに、試合が開始された。

 開始直後に、一番矢瀬の白球が外野に飛んでいく。憎らしいほど簡単に長打を量産するバッティングセンス。すぐに、一点目が入った。そして、矢瀬の目は、俺はやることをやったという挑発的な目だ。ずいぶんと頼もしい味方だ。

 交代して、一回裏を、無安打で終える。

 全く打たれる気がしない。高校野球って、このレベルだったか。名門の強豪というわけではないが。

 こんなに簡単に、ストライクを稼げた記憶はない。今、一週目とは、どれくらい違うのだろう。

 二回裏、三回裏――、カスるときはあっても、未だに前に飛んでこない。ほぼストレートで押していける。身体の感覚が、徐々にフィットしてきて、肉体も鍛えられてきて、最高に気持ちいい。

 4回表の攻撃。ベンチに座っていると、矢瀬が隣に座る。 


「腕、振れてるな」

「ああ」

「そんなに思い切り投げなくても大丈夫な相手だ」

「そうか。でも、このまま」

「もう5点差もついた」

「高校野球は、全力だろ」


 給水用のタンクから水をいれて、飲む。

 グラウンドの反対側では、陸上部が走っている。

 さらに、奥にはサッカーグラウンド。

 誰もが、思いっきり青春していて、熱く頑張っている。

 きっと、体育館でも演奏室でも。


「矢瀬、身体って大事だな」

「燃え尽きるなよ、早すぎるからな」

「はは、九回は投げれる」

「当たり前だ」


 フライがあがって、四回の攻撃も終わり、四回裏。

 でも、もう打たれる気はしなくて。

 三人で相手の攻撃が終わり続ける。シンカーが面白いほど上手く決まる。高めのボール球からストライクゾーンへ。振ってあたるときはあっても、芯でとらえられていない。スイングパスがあってない。

 結局、投げ続けて、6回裏を投げて交代となった。佐野先輩が、引き継いで、無失点で勝利した。



 †††



「やっと勝ったのね」

「まあな」


 練習試合の次の日の朝。こういうときだけは、席に近づいてくる秋羽。矢瀬に聞いているだろうに。


「ちょっとは嬉しそうにしたら」

「昨日のことで、まだ喜んでいたら、おかしいだろ」

「女の子が褒めてるんだから」

「さっきのは、褒めていたのか」

「ムッ――、わーい、すごい、さすがぁ、知らなかった、そうなんだぁ――せ、せ、せ?」

「おい、こら。褒め言葉のさしすせそを使おうとするな」

「せ・・・・・・しょうゆ、せこい、セクハラ、接待、背脂、センシティブ、積極的、扇情的、説得力がある、先見の明、戦略的、世間体?」


 秋羽が頭の中からひねり出そうとする。どう考えても、ワードが間違っている。


「どこが褒め言葉になるんだよ」

「思いつかない。きっと、無理やりな言葉ね」

「秋羽様、ありがとうございます。お褒めの言葉、身にしみました」

「どういたしまして」


 秋羽は、悠星の机に、腰をあずける。長い黒い髪が、背中からたれて、机にあたりそうだ。


「もうそろそろね」

「一回目の夏がな」

「これ、ミサンガ」

「ああ、そうか。ありがとう」

「罰ゲームだからね。簡単にちぎれないように、硬くしておいた」

「おいおい」


 ミサンガは、自然に切れないと叶わないんだろう。


「夏は長いんだから。長持ちしないとね」

「ああ」

「あれ、ミサンガだ」


 夏弥が、こちらの席に寄ってきた。


「安心して、全然、全く、これっぽっちも、義理ですらない、ミサンガだから」

「そ、それは、もう少し何か込めた方がよくない」

 

 夏弥が引いているぞ。

 毒がすぎる。呪いのミサンガか。


「一応、こんなんでも、幼馴染だから」

「夏弥、こんなのとは」

「分かるわ。大変ね、二股は三股しそうで」


 その説は、まだ、健在だったのか。

 もう忘れてもいいころだ。


「わたしも、なにかしてあげたほうがいい?」

「夏弥は、応援してくれるだけでいいよ」

「そっ。負けたら、お姉ちゃんが慰めてあげるからね」

「うわぁ」

「そこ、露骨に引いた顔をするな。冗談に決まってるだろう」

「ほんと」

「まぁ、たぶん、おそらく・・・・・・半分は――」


 夏弥、秋羽の視線が冷たいままなんだが。誤解は、きちんと解いてくれないと。

 いや、でも中学の試合後に、泣きながら抱きついてるしなぁ。


「あ、ビンタはしないからね。あのときは、ちょっとビックリしちゃって」

「さてと、わたし、一時間目の準備しなくちゃ」

「距離を取ろうとするなよ」




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