第17話 ランニング

「はい、わたしの勝ち」

「ちょっとは待てよ」


 夜中、城の西側に位置する公園をぐるっと10周。一周1.5kmだから、15km。

 今の体力だと、さすがに、現役バリバリの夏弥には適わないか。

 体力までは、急速に上昇することはないからな。

 夜中にちょっと走りに行くと聞いて、たまには付き合ってみるかと思ったけど、どこが軽いんだか。


「ははっ、野球部で男子なのに、女子に負けてる」

「体力お化けめ」

「まぁ、毎日練習で疲れてもいるだろうし。途中から脚あがってなかったよ」

「まさか15kmも走ると思ってなかった」

「お疲れお疲れ。少し付き合ってくれるだけのはずだったのにね」


 シャツを引っ張って汗を拭う夏弥。ランニングポーチからペットボトルを出して、最後の水を飲み干した。


「水分補給しなよ。日差しなくても熱中症になるよ」

「じゃあ、ちょっとは分けてくれよ」

「ごめんごめん、飲んじゃった。よし、水ぐらいお姉さんがおごってあげる。15キロ走れて偉いね」

「野球部の練習に比べるとマシだよ」

「あはは、内容が違うよ」


 近くの自販機に向かう。公園前の街灯の下。

 公園には、広い芝とコンクリ、大きな階段、奥には池もある。そして、よく分からないモニュメントや像も。

 公園の坂をあがれば、秋羽に呼び出された場所だ。屋根付きの休憩所。そこまであがりたいとは思わないけど。

 

「トマトのおしるこで、いいんだっけ」

「なんで自販機の前で止まっているかと思ったら」

「冗談。ホットコーンだよね」


 ピッ、ボタンが押されて、水が出てくる。よかった。


「ふむ、覚醒しても、体力は覚醒してないみたいね」

「お生憎様。ついでに、筋肉もな」

「筋トレすると、身長伸びなくなるよ」

「走りすぎると、胸が大きくならないぞ」

「やっぱり、ホットにすべきだった」

「やめろ」


 まぁ、走ることの影響は、比較すれば分かるよなぁ。そんなこと絶対言えないけど、二重の意味で。


「下半身ももれなく覚醒中と」

「疲れてくたくただよ。泥のように眠ってばかりだ」

「ストレッチしなよ。歯も磨いて、爪も切って」

「中学生じゃないぞ」

「なんだか、悠星は、最近少し大人だからね。成績もいいし。ずるい。絶対、ずるだ」

「男子三日会わざれば刮目して見よってね」

「三日も会わないときは、珍しいけどね」

「そうだな」


 悠星は、水を飲んで、空を見上げる。夜空には、月が無慈悲に輝いている。三日も合わないときがないなんて――。


「ほら、また大人びた表情見せて」


 ぽつりと、言葉にする夏弥。


「宇宙と地上に引き裂かれたみたい」

「なんだそれ」

「さぁね。悠星は、遠くに行きそうだなぁって。――――悠星って、わたしと同じくらいだと思ってたんだよね」


 そわそわしているように、無駄に同じ場所で脚を動かしている。

 落ち着かない。


「ううん、やっぱ止め。夜風で冷えて、ナーヴァスになっちゃった」

「べつに、どこにも行かないよ」

「ストーカー。ひっつき虫」

「てか、お前の方が、待たずに走ってたくせに」

「だって、遅いんだもん」



†††



 喫茶店の前。

 二階に電気がともり、一階の店内は暗くなっている。


「シャワー浴びてかないの」

「一緒にか」

「バカ」

「近いし、そのまま家に帰るよ」


 着替えもないしな。


「残念、湯上がりで悩殺しようかと思ったのに」

「・・・・・・」

「告白した相手に、その顔」

「まだ、話したいのか」

「そっ。分かってる。女の子の扱い。メールも早く返すようになってるみたいだし」

「ただ、前が遅すぎただけだ」

「そうだ。ストレッチ、協力しよっか」

「汗」


 ランニング後で、少し経って冷えてきたとはいえ、15キロも走れば、汗だくのシャツだ。そんな状態で――。


「なに、汗フェチだったの」


 少し予想はしていた返しが返ってきた。

 悠星は、ため息を吐く。


「気にしないならいいよ」

「今更、気にするの」

「思春期だからな」

「一緒にお風呂よりマシ」


 夏弥が喫茶店の裏口を開ける。二階にあがっていく。

 夏弥の部屋。机。そこに、小さなファンシーな小物。

 よく知らないプリンみたいなぬいぐるみ。ヨガマットが敷かれている。


「じろじろ見ない」

「そんなに見てない」

「男の子が好きそうなものは、クローゼットの中だから」

「なるほど。ゲーム機とかプラモデルがあるのか」

「はぁ」

「冗談だよ」

「野球のレベルは上がっても、冗談のセンスはあがってないね」

「なんでも成長すると思うなよ。で、どこをマッサージすれば」

「そのワキワキする手をやめなさい。揉むことはないから。普通に、ハムストリングスとか股関節だから。押してくれる」

「はいはい」


 ヨガマットに寝転がった夏弥の脚を伸ばす。野球部同士でやっている時と比べて、明らかに柔らかいし、抵抗も少なくて、楽だ。


「意外と上手」

「運動しているなら必需だよ」

「そんなにストレッチ好きだった。めんどくさがってなかった」

「面倒だけど、怪我するよりマシだからな」

「殊勝なことで。交代」


 今度は、悠星が寝転がって、脚をあげる。


「柔らかいね」

「そうだろ」

「気持ち悪い」

「おい」

「あはは、冗談だって。ピッチャーって柔軟性大事だもんね。怪我の予防にも、球速のためにも」

 

 脚をおろして、腿を内側に上げて引き寄せる。それから、起き上がって、脚を広げて、開脚前屈へ。夏弥が背中を押してくれる。 


「ペタァだね、女子みたい」

「矢瀬もできるぞ」

「そうなんだぁ」

「軽い反応」

「柔軟性は大事だよ」

「ループしてるぞ」

「大切なことなので、二回言いましたと」


 怪我の予防の重要性は、身をもって知っているよ。

 一通り、柔軟をやり終えた。


「よし、家に帰って、シャワーを浴びるか」

「あれ、一緒に入らないの」

「おれは、一人でシャワーを浴びる主義だからな」

「大丈夫。目をつぶると、後ろからお化けが怖くない」

「何歳児だよ。じゃあな。また明日」

「うん。またね」

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