第16話 テスト期間と吹奏楽
図書室。
別に来た理由は、これといってない。
昼の勉強場所としていいかもな、とか、一回目の人生では、ほぼ来た記憶もなかったから、ちょっと覗いてみてもいいか、という程度のもの。
「あっ」
「なんだよ」
悠星と目が合ったのは、秋羽梓。
図書室の大きめの長い机に、一人、ノートと参考書を開いていた。
「図書室に、そういう本はないわよ」
「おれは、どんなやつだよ」
「これで伝わるということは、そういうことでしょ」
そういって、ノートに目を戻す。
悠星は、空いている隣の席に腰掛ける。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
秋羽は、横を見ることもなく告げる。
「何もしてない」
「存在が邪魔。気が散るでしょ」
「一緒に勉強をした仲なのに」
「そんなこともあったわね。よく憶えてる。それで、昼休みも素振りぐらいしてきたら。図書館なんて似合わないし」
「ほぼ毎日十分やってるよ。そして、図書館は全生徒に開かれている」
「お静かにね」
「・・・・・・」
まあ、いいか。
とりあえず、一応持ってきておいた英単語帳を出す。
視界の端で、秋羽がチラチラとこちらを見ている気がするが、気にしないことにしよう。
ガサガサとバッグから何かを出す音。
その後、ルーズリーフが机をすべってくる。
『中学の頃は、もっと頭悪かった。もう上級レベルの英単語?』
英単語の勉強用に紙をくれたようではないようだ。
悠星は、秋羽を見て、ペンがないことをジェスチャーで伝える。
秋羽が、ものすごく嫌そうな顔をして、ペンを転がす。もっと愛想よくしてくれてもバチはあたらないのに。
『俺の成績を知ってるのか』
『知らない。上位で見たことなかったから』
『能あるタカは爪を隠す』
『何事も本気にならない人はキラい。白鳥人間』
『いつも本気だよ』
『野球の方は信じてあげる。でも、勉強は信じてあげない』
勉強も、不意に分かるようになったのかもしれないだろう。
厳しいか。このアドバンテージも徐々になくなっていくものだ。
本当に頭のいいやつには、かなわなくなる。早熟のメリットは消えていく。
『そういえば、秋羽は成績良かったのか』
『張り出される程度には』
『才色兼備』
『惚れないでね』
『水心あれば魚心もあるけどな』
『ちゅっ。これで満足』
『ごめん。無理を言った』
『チッ。で、勉強は、爪を出せばどれぐらい取れるの』
『?』
『勝負しましょう』
『勝ったら』
『そうね、わたしのリコーダーの口を咥えてもいいけど』
『罰ゲームだろう』
『そう。勝利祈願のミサンガでも作ってあげる。お兄ちゃんの分の練習に』
『それは、普通に作ってくれよ。で、負けたら』
考えてなかったのか。ルーズリーフが返ってこない。
ルーズリーフを裏返す。
『負けたときのことは、考えないことね』
『それは、負ければ一つなんでも言うことを聞くということか』
『ごめんなさい。よくよく考えても、なにも要求がなくて』
『ひどい。掃除当番でも変わろうか』
ルーズリーフを、何かを書いたあと、秋羽は席を立つ。
もうそろそろ、チャイムの時間だ。
折りたたんだルーズリーフを悠星に渡して、秋羽は、さっさと一人で図書室を出て行った。
悠星は、折りたたまれた紙を広げる。
『サインボール』
誰のだよ――。
悠星は、紙を四つ折りにしてポケットに突っ込んだ。
†††
テスト期間が終わり、しばらくして中間テストの結果が張り出される。
その結果は——。
「秋羽は、何を吹いているんだ」
「ヤブから棒に何?」
教室の秋羽の席の近く。
ムスッとしている秋羽。
「いいだろう、俺の勝ちだったんだから、少しは何か聞いても。吹奏楽部だって知ってるけど、楽器があるだろう」
「はぁ、トランペット。分かんないでしょ」
「まぁ、分からないけど」
おぼろげな形ぐらいは分かるけど、それぐらいだ。どういう楽器か説明されても分からないかもしれない。音楽の理解が抜け落ちているから。人生二周目でも三周目でも、四周目でも分からない自信がある。
「ラッパよ。金管楽器で、唇を振動させて吹くの。あとは指でピストンを押して、音程を変える。以上」
「イライラしてる?」
「よく分かってる。一位を取ってるやつに」
「三位も十分だと思うよ」
「勝ったと思った私の喜びを返して欲しい。ぬか喜びなんて最悪」
「それが最悪なら、きっと最高の人生だよ」
「ただの誇張表現よ。もっと最悪のことなんていくらでも」
「それはそう……だな。で、甲子園でもトランペット?」
「あなたの時だけは、カスタネットで応援してあげる。それと、吹奏楽の応援は味方が攻撃中だけよ」
「へぇ」
「そんなことも知らないなんて。耳がないのね」
「ああ、二つしかな。罰ゲームは、猫耳つけて、応援でいいか」
罰ゲームとは、こういう恥ずかしいものであるべきだ。耳を4つにするといい。
「うわぁ、ロリコンでケモナーとか。さすがに、100年の恋も冷めるレベル」
「冗談だ。間に受けるな。ミサンガだろう」
危うく社会的死につながる。
ミサンガ——ピッチャーだからグラブにはつけるのはまずいし、足首にでも巻くか。
「記憶しているのね」
「——吹奏楽って、コンクールあるんだろう」
「はぁ、何を話したいの、本題を早く」
どんどん露骨に、初めから露骨か。
気が立っている様子。
「いや、甲子園と時期とか重なってないのか」
「重なるわよ。地区大会や都道府県大会とか」
「どうするんだ?」
「知ってる?吹奏楽は野球部より大所帯なの。合わなければ、他のメンバーで構成するだけよ」
確か、香星高校は、100人以上吹奏楽部員はいると聞いたことがある。でも、明央も150人超とか聞くが。噂話、ただの耳から入ってくるだけの話。
「他のメンバー?」
「野球部のレギュラーが18人のように、吹奏楽も全国大会のメンバー55人で編成されているの。ドゥユーアンダスタンド」
「ああ、それで、余った人で行くのか」
「まぁね。意地でも全員で行く学校もあるし、コンクールを諦めて駆けつける学校もあるけど」
それは、さすがにコンクールの方が大事そうだけど。あんまり吹奏楽の全国大会といわれても、記憶にはない。全国は名古屋で行われていることや金賞や銀賞という賞なのは知っているけど、それぐらいだ。吹部の友人とかはいなかったせいだな。
部員にとっては、コンクールでの金賞が夢なんだろうなぁ。
「全国は名古屋か」
「はい?東京よ。どこかと勘違いしてない。吹奏楽の甲子園は普門館。10月ね」
どうもうる覚えだったようだ。
はずい。
「名古屋の方が近くていいけどね。移動が楽で」
「そんな理由」
「行ってみたら変わるかもだけど。あいにくと、東京には行ったことないから」
「俺も甲子園に行ったことは……」
いやあるけど。これは、前の記憶だ。
この時点では、兵庫県にすら入ったことはないな。そこまで遠くないから行けばいいのに。なんとなく、行きづらかった。いや、初めては、選手として行きたかったんだろうなぁ。
「なんで固まってるの」
「なんでもない。ただ夢の中では何度も行った気がしただけだ」
「ポエマーと」
さらに不名誉な称号が付与されようとしてないか。
「ポエムではないだろう」
「キザ。カッコつけ。どうせ、勉強も、俺は全然勉強していないとか言いたいでしょうけど」
「キザは、お前のとこの兄だろう」
「アレは例外」
「キザって認めてるな」
「誰がキザだって?」
矢瀬、お前のことだよ。
「あ、お兄ちゃん。この変態が、学力マウントしてくるんだけど」
「してない」
「お前ら、もう少し仲良くしろよ。ああ、でも、愛の反対は無関心だったか」
「これはキザじゃないのか」
「お兄ちゃんはセーフ」
「アウトだ」
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