第14話 練習試合と教室

 日曜日。練習試合は、二度行われる。

 初めの試合は、もちろん、三年生中心のレギュラーメンバー。そして、二度目は、ベンチメンバー中心。 

 よくよく、考えれば、そうだ。

 悠星は、レギュラーメンバーと対戦できるかと思っていたけど、一年生は、そういうわけにはいかない。矢瀬昴は、普通にレギュラーとして参加だが。

 試合相手は、地元の工業高校。ベストフォーには残ることが多い。位置が近いので、よく対戦している高校。今回は、こちらのグラウンドで試合をすることになっている。

 グラウンドでのアップも終わり、トンボもかけ直した。メジャーを引っ張って、石灰の白線を引き直し、あとは、ライト側での相手方のアップが終わるのを待っていた。

 

「おーい、応援来たよ」


 ブルペン近くのベンチに座っていると、肩を叩かれた。バッテリー以外のメンバーは、朝に設置したテント下近くにいる。

 

「練習試合だ」

「ウソウソ。陸上の練習」


 夏弥が、この前買ったシューズを履いているのを見せる。


「どう、靴に萌える」

「日焼け」

「もう諦めてる。少しはしょうがない。ねぇ、日焼けフェチに進化してる」

「なんでもフェチに持ってくなよ」

「だって、靴の感想、聞いてるのに」

「似合ってるよ」


 履いている姿は、一緒に買いに行ったのだから、もう見ているんだが。夏弥は、満足したのか、聞き終わると、さっさと通り過ぎていった。

 少し暑いな。

 向こうの準備が整い、練習試合が始まった。悠星も、しばらくの間は、応援のために、自分たちのテント下に戻った。

 数回が過ぎても、まだお互いに得点は無かったが、矢瀬の特大弾が外野を越えて、二点が入った。

 その後、7回で、ピッチャーが西岡先輩に交代し、失点をし、引き分けで一試合目が終わった。練習試合だから、延長戦はなしだ。


「おい、三点は?」

「まぁ、こういうときもある」


 三打数二安打。4打席目は、フォアボール。長打が一本。


「野球はチーム戦だからな」

「そのとおりだな」


 二試合目が、始まる。さっきは、五番だった矢瀬が一番バッターになり、悠星は、九番に、剛は、3番になった。

 一回表の守備につく。 

 一、二年生相手に打たれるわけにはいかない。規格外の化け物以外には。

 剛のサイン通りに投げ込んで、三人で切って、一回表はすぐに終わる。内野ゴロと内野フライ、そして三振。


「ナイスピッチングッ」

「点を取ってくれよ」

「まかせろ」


 矢瀬昴の特大弾が、外野を越えていった。向こうのエースでも抑えられないわけだから、二番手ピッチャーが手も足も出るわけがない。振り抜いた瞬間、時間が止まったようで、本人としては、ランニングホームランではなく、歩きたい気分だっただろう。完璧なバッティング。

 そのあとの打線も好調で、二点を追加点をあげて、一回裏がチェンジとなった。


「三点入ったな」

「早くもな」


 結局、悠星は、ノーヒットでマウンドを降りた。

 ストレートとスライダーで十分に通用した。時折、チェンジアップを混ぜながら。

 得点は、6点差にまで広がり、この試合は、ほとんど勝ち確となった。

 そして、予想通り、西岡先輩が、二失点で抑えて、勝利となった。



 †††



 練習試合後の月曜日。学校の教室。

 矢瀬と剛と、昼飯を食べていた。

 そろそろ中間試験のせいか、周りの生徒の何人かは、そうそうに食事を終えて、勉強にいそしんでいた。


「自信ついたか。高校レベルでも投げれる」

「ほぼ、二年生相手だったけどな」

「それでも討ち取れただろう」

「まぁな」


 少しは、やれるみたいだ。

 誰にも打たれなかったわけだし。


「それより、心配なのは、俺たちの年に、二番手のいいピッチャーがいないことだな」


 剛は、飯をさっさと終えて、英単語帳を見ながら言う。


「選手層は、いつも薄々らしいが」


 明央が厚すぎるのかもしれないが。


「毎試合、悠星が投げるわけにはいかないだろう」

「それはそうだな」


 ただ、悠星以外に一年でピッチング練習をしている人は、今はいない。

 一回目の人生だと、ピッチャーをやっていた野球部のメンバーも、なぜかピッチャー志望ではなくなっていた。いや、理由はわかっている。確実に、二番手ピッチャーになると分かって、投手練習をしたい人は、少ない。そこそこ運動神経はいいわけだから、内野手の他のポジションとかを目指したくなる。三年間しかないのだから、ベンチでいいと思う人はいない。


「宮下とか」


 宮下薫みやしたかおる。一緒に県大会を投げた記憶がある。そんなに、悪いピッチャーではなかった。サイドスローで、緩急のある変化球を使い分けていた。


「ああ、悪くはないなぁ。けど、本人がやりたがるか」

「中学はピッチャーだっただろう。それに、外野でレギュラー取れそうだし、交代ですれば」

「そうかぁ。まぁ、まだ、そのあたりは、三年あるか」


 自分で話を振っておきながら、自分で納得する剛。英単語に集中しているのか、話に集中できていないのだろう。


「西岡先輩の方が、あれだな」

「あれ」

「直近の心配。そこそこ打たれる覚悟をしないと」

「――剛のリードのせいだろ」

「おいっ」

「意外と、今年がチャンスなのかもな」


 矢瀬が、口を挟む。


「佐野先輩と悠星で投げれば、そうそう点は取られない。西岡先輩も打たれるが、打ち込まれるほどじゃない」

「一年生で、甲子園に行くつもりだったのか、矢瀬」

「何年生でも行けるなら、行く。そうだろ。まぁ、本番は、三年になるだろうが。橋村監督が、投手陣をどうするかも分からないからな。一年生より、二年生優先で使うかもな」

「高校野球は、勝利至上主義ではなく、教育の一環、心身ともに成長するために――、だろ。補修のやつとかも、部活をさせない方針だからな。おかげで、そこで英語に必死になっているよ、一人」 

「お前ら、頭が良すぎるんだよ。いつ、勉強してんだ」

「「授業中」」


 剛が、真面目に授業を受けている印象がない。キャッチャーなのに、頭脳労働を避けるなよ。悠星も、二度目だからこそ楽というところはあるが、赤点や補修を受けそうになった記憶はない。

 

「悠星は、いつから、そんなにハイスペックになったの。OS変えた?わたしより、成績悪かったはずなのに」

「夏弥、人の頭に手をのせるな」

「キューティクルが痛んじゃう?」

「そんなことは心配してない」


 こんな短髪で、そこまで髪に気をつかってるように見えるわけないのに。

 夏弥は、手をのけて、その辺の椅子を引っ張ってきて、座る。


「わたしが教えてあげてたのに、もういらないのかな」

「ん、喫茶店で自習はするけど」

「居座るつもりだね。長時間の勉強はご遠慮ください。あと、ストーカー行為は、おやめください」

「昴、言われているぞ」

「ちゃんと注文するさ」

「あ、昴はいいよ。女性客増えるし」

「おいおい・・・・・・」


 これが、あれか、ただしイケメンに限る。というか、イケメンは例外という。


「冗談だって。どっちみち、お昼過ぎれば、席は空いてるし」

「それも、どうかと思うが」

「あはは、黒字だから問題ないよ。試験期間中は勉強しにくるんだね」

「いつも通り」

「部屋には誘惑するものがいっぱいだもんね。ベッドの下とか」

「夏弥。俺の部屋には、何も置いてないが」


 部活終わったあとに、それほどの元気はないから。

 いや、なにか置いてあったか。記憶にございません。


「夏弥ちゃん、きっと誘惑は、喫茶店の方が――」

「剛。勉強に集中しろよ」

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