第10話 模擬戦
六回裏。5対2。ピッチャー、キャッチャー交代。
二点は、矢瀬の一本と、安打をつないだ後の犠牲フライだ。
西岡先輩は、悪くはない球だけど、三年生を抑えるのは、少し足りない。カーブの落ち具合も、ストレートの速度も。
悠星と剛は、マウンドに立っていた。
まだまだ熱い午後だ。
「何を投げたい?」
「とりあえず、ストレートとシンカーで」
「他は、いいのか」
「それで、抑えられないか」
「どうだか」
「打たれたら、キャッチャーのリードのせいにしよう」
「おい」
剛が左のキャッチャーミットを悠星の胸にぶつける。そして、ホームへと移動していく。
マウンドの土をならす。
バッター、キャッチャー、審判。そして、ネットの真後ろで、試合を見る監督。
ボールをストレートで握って、セットポジションへ。
静止。そして――。
外角に、一球目を放った。
審判はボールの判定。少し外に狭いか。
すぐに、もう一球を、ボール半個分内側にいれる。
バットが動く。下をこすって、内野フライがあがり、セカンドがキャッチした。
「よし」
高校生でも通じるか。まだ球速は大学の頃ほど出なくても、かなり回転数はある。伸びがあるから沈まずに、予想よりボールの位置が高い。
三人を、ストレートのみで討ち取った。
「どうだ。俺のリードのおかげだ」
「キャッチャーが調子にのるな」
「うるせっ。のらせろよ」
ベンチに戻ると、矢瀬が普段の口調で、まだ負けてるぞ、と現実を突きつける。
あと、三点も取れるのかね。
椅子に座って――。
「おい、おまえの打順だ」
「え、ああ、そうか。俺か」
悠星は、ヘルメットとバットを取って、バッターボックスに入る。
本当、ちゃんと生きている球を打つのは、久しぶりだ。お預けだったからな。
やっぱり、試合は楽しいな。野球は、試合だよな。
構える。
「ボール」
低めにすぎていくボール。
予想よりも、よく見える。当たり前か。結局、プロにはピッチャーでいかなかった。外野手でバッターとして入団したのだから。
今更、高校生の球が選球できないわけがない。
カウントが増えていく。
ツーストライク、ツーボール。
そろそろ決め球で討ち取りに来るはず。
投球練習で投げていた佐野先輩のスライダーが――。
ボールが外角に来る。外に変化して、逃げていく。
予想通り。
でも、これは――。
「ストライクッ」
おい。
まぁ、いい。
審判は、絶対だ。
ボールだと思ったんだけど。
もしかして、予想より曲がってなかったか。
バッターボックスから戻る。
「気に食わないって顔だな」
「ちょっと納得がいってないだけだ」
「二球も見逃すからだ」
矢瀬が、ネクストバッターサークルに行く準備をする。
バッティンググローブをつける。
「今度は、ちゃんと振っていけ。振らないと当たらないぞ」
「小学生でも知ってるよ」
「そうか」
悠星の次のバッターが、凡打で終わり。
そして、すぐに快音が響く。文句なし。ホームラン。
普通の球場だったら・・・・・・。
「アウト。チェンジ」
外野、深すぎるだろう。
そこにいて、いいのかよ。
†††
「ストライク、バッターアウッ」
三振で討ち取って、三者凡退。七回裏を終える。
「よし。それで、得点取ってくれるのか」
「あれは、ホームランだ」
「幻のな」
「打ち分けろよ」
「おまえは、どれだけ俺を過大評価しているんだ。まぁ、次は、右中間か左中間の長打を狙うさ」
打ち分けれるじゃないか。本当に、相手をしたくないバッター筆頭だ。次の打席、フォアボールにされないか。
悠星たちが、話し合っている間に、剛が、ベンチに戻ってきた。
「早くないか」
「初球打ちだった」
「二人を割ったら、ちょうどいいな」
見逃し三振と初球打ち――。
次のバッターが内野安打で出塁した。
「悠星、バッティンググローブ持ってないのか」
「この前、ついに粉砕した」
ボロボロで使い続けていたら、破けていた親指の上からズボッと抜け落ちた。
「予備も買っとけよ。道具は、大事だからな」
「そうだな」
言われて、一回目の人生で、矢瀬のピッチャー返しをグラブで取ったとき、グラブが壊れたのを思い出した。
この場の矢瀬に言っても仕方ないことだけど。
「スリーアウトっ」
バッターは続くことがなく、八回表へ。
「次の回が勝負だな。おまえが出て、俺が打つ」
「二点だ」
たとえホームランでも。
「キャッチャーを信じろ」
苦笑をして、守備につく。
やっと、キャッチャーがシンカーのサインを出してくれる。
一巡目は全員ストレートで抑えるのかと思っていたけど、どうやら、そういう計画ではないようだ。
左打者だ。この球を初球で打てるわけがない。
シンカーが、頭部にあたるような軌道から胸元に沈み込んで曲がっていく。
大きくのけぞって、バットが出ない。
それから、ストレートを外角に二球投げた。
手が出ずに三球三振。
悠星は、結局、一巡目を、全員抑えきった。
「さぁ、得点を取るぞ」
他の新入生たちも盛り上がっていた。
ここで、ランナーをためて、矢瀬に回せば、同点になる可能性があるからだ。九回での得点は難しいだろうから。
悠星の前の打者が、ショートの内野ゴロに討ち取られる。
「振ってけよ!」
「かっ飛ばせ!」
ベンチからも応援が響く。
言われなくても、次は打つ。
悠星は、ピッチャーの佐野先輩に目を向ける。
初球。
ストレート。
悠星は、思いっきり振り抜く。
ジャストミートし、金属音が鳴った。
外野の頭を――。
越える。
「完璧なのに――」
悠星としては、ホームランのつもりだった。
でも、まだまだ、筋肉量が足りてないようだ。
このまま、グラウンドのおかげで、ランニングホームランになったが。
盛り上がっているベンチに帰る。
「おい、俺の前にランナーをためろよ」
「別にいいだろう。ホームラン二発で」
結局、矢瀬は、フォアボールで塁に出た。そして、キャッチャーの剛は、見逃し三振となった。九回は、それぞれ三人で締めくくられた。
試合は、5対3で幕を閉じた。
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