第9話 部活加入と先輩

 高校の入学式が終わって一週間後から、部活に参加する。

 正式な部活への加入は、一ヶ月後になるけど、自由参加が可能だ。仮入部扱い。

 普通は、基礎トレとキャッチボール、トスバッティングやティーバッティング程度になる。


「マウンド、借りれて良かったな」


 悠星と剛は、高校のネット脇で投げることを許可された。

 ピッチャーかどうか、聞かれて、数球投げたあとに。

 

「あれは?」

「矢瀬昴は、即戦力だからな」


 一人、おもいっきり高校の練習に交ざりまくっている一年生。

 一年生で四番をすぐにでも任せたくなる逸材。この部活で、すでに一番ボールを飛ばしているし、速度も規格外。正真正銘の化け物。何度、人生をやり直しても、たどり着くことのない高み。


「おまえも、十分に即戦力だよ」

「まだ足りない。もっと足腰鍛えてかないとな」

「おだてがいのないピッチャーだ」


 さっさと、剛を向こうに行かせる。

 横では、三年生のピッチャーと二年生のピッチャーが投げている。

 どうだろう。

 当時の自分は、結構、ビックリしていたんだろうか。

 この球が、高校レベルだと。

 当時、プロの球はテレビで見るけど、実際、近くで見ることはないから。実感が湧かなかったはずだ。三年変われば、ここまで大きく変わるとは、と思ったのだろうか。

 とりあえず、ストレートを軽く投げよう。

 キャッチボールをして、何十球か放った。


「速球型のピッチャーか」


 横から、声をかけられる。三年生、たしか一年のとき、投げていた先輩。あまり記憶にはないのは、半年ぐらいしか一緒に練習しなかったし、このとき、悠星はベンチ入りもしてなかったからだ。


「もう少しスピードをあげないと、高校では打たれるから、しっかりな。きっと、中学生相手には、かなり通じていたと思うけど」

「はい」

「同じ中学だろ。憶えてるか」

「え、っと、いいえ」

「まぁ、そうか。俺も、なんとなく憶えているぐらいだし。桜井悠星」

「はい」

佐野玲さのれいだ。やっぱり、化けるやつは、化けるな。俺もそうだけど」


 中学も一緒だったのか。

 悠星は、少し申し訳なく思う。


「今年は、明央に勝てるかもな。矢瀬昴、聞いていたことはあったが、予想以上だな。なんで、うちの高校なんだ。知らないか」

「こいつが、三振に取ったから」


 剛が、暇でこちらに来たのか、余計なことを言う。

 あまり、そんな話を広めないで欲しい。注目は、矢瀬に任しておきたい。 


「へぇ、ストレート?」

「ストレートとシンカー」

「シンカー、珍しい。投げてみて」


 悠星は、後ろに佐野先輩に立たれた状態で、一球シンカーを投げる。

 左バッターがのけぞりそうなボールが、ストライクゾーンに曲がっていく。浮き上がるようかに、見えて、グッと下がって。


「これは、左バッターは辛いだろうなぁ。このストレートとシンカーだったら、いいところまで行けたんじゃない」

「いったけど――」


 シーシー、剛が、まずいことに気づいたような顔で、人差し指を顔の前に持ってきている。

 気づいたか。キャッチャーのパスボールで負けた歴史を。


「そこのキャッチャーが後ろにそらして負けました」

「おーい、その前に長打三本打たれただろう」

「キャッチャーのリードが悪かった」

「こ、このっ、くっそピッチャー!」


 なんとでも言え。

 俺は、まだ静かに、投球練習したいんだ。

 悠星として、まだまだ、満足のいく身体ではない。無駄に騒がれても困る。



†††



 高校入学から一ヶ月後。土曜日。午前中の授業だけで終わる日。

 前回と同じ授業は内容としては憶えてはいない部分もあるが、授業の中身は容易に理解できた。勉強で苦労することは、とりあえず、中学と同様なさそうだ。


「陸上部か」

「そっ。わたしは、まだまだ走り足りないからね」


 朝、一年生の教室。同じクラスになった夏弥と話していた。

 陸上部、長距離走の選手。中学のときは、そこそこの成績だったと思う。


「続けるんだな」

「なに、わたしがやめると思ってたの」

「いや、べつに」

「悠星は、試合が好きなんだろうけど、陸上は自分との戦いだからね。自分を超えることが大事なんだよ」

「俺は、夏弥の走るのが遅いとか言ってない」

「あはは、顔に書いてそうに見えてね」


 そうか。

 そうだよなぁ。

 マネージャーのときも、よく走ってたな。

 自分との戦いか。悠星は、自分の腕を見つめる。そうやって、壊れた腕を。自分の限界を本当に突破してしまった右腕。


「ほどほどにな。成長期だからな。放っておいても、伸びる」

「それは怠慢プレー。才能に溺れるよ」

「努力だよ」

「ほうほう、ずいぶんと、優雅な白鳥さんでした」


 おい、信じてないな。

 まぁ、この努力は、引き継ぎ式だから、目の前では才能にしか見えないか。

 才能という言葉は、矢瀬昴にこそ、ふさわしい言葉だ。


「夏弥も、きっと才能があるよ」

「そ、ありがと」


 授業のチャイムが鳴って、午前のホームルームになった。

 そのあとは、授業が続く。高校生の日常だ。かつて経験した無為な時間。それを今も、こうして受けさせられている。タイムリープの代償。

 放課後になると、食堂で昼飯を食べ終わって、矢瀬と剛と野球部に行く。夏弥は、陸上部へ。そして、秋羽は、吹奏楽部に。


「今日は、歓迎試合か」

「ああ、歓迎してやろうぜ」

「剛、こいつも新入生だよな」

「そうだな。よかったな。2、3点は得点がもらえそうだな」

「こういうのは、先輩を立てるもんだろう」

「じゃあ、おまえは、最後に打たれたらいい」

「剛。パスボールだ」

「いつまで、言ってんだよ。これ、同窓会とかでもいじられるのか」

「別の思い出がなければな」


 部室に入ると、いつもより、どこか緊張感がある。

 新人歓迎試合なのに。

 矢瀬がいるから、万に一つにでも負けることを考えているのか。

 悠星たちは、さっさと練習用のユニフォームに着替えて、自分たちの棚からグラブとスパイクと帽子を取って、部室を出た。

 

「おい、悠星、歓迎っていうのは、もっといいムードじゃないのか」

「歓迎っていうのは、別のニュアンスがあるんだよ、知らないのか、剛。少なくとも、矢瀬に一カ所ポジションを取られる選手が出るからなぁ」


 試合前の全体のアップを終わらしていく。

 グラウンドのランニング、動的ストレッチ、ショートダッシュ、キャッチボール、トスバッティング――。

 それから、監督からチーム分けとポジションを言われた。 


「白組。ピッチャー、西岡、キャッチャー。牧村」

「・・・・・・残念。ピッチャーは二年生みたいだな」

「いいよ。別に。ただの模擬試合だし。おまえも出られないぞ」

「一蓮托生」


 歓迎試合が始まる。

 6回からピッチャー交代するから、温めておくようにと言われた。

 時間はあるから、一応、白組を応援しておく。

 すぐに、快音が響いた。

 1番、矢瀬。

 長打――というか、これは、ランニングホームランだな。

 外野の頭を越えれば、もう先の先までいってしまうグラウンドだから。

 湧き上がる歓声。

 ああ、敵じゃなくて良かった。今年、明央に矢瀬がいたら、ぞっとする。

 

「スリーアウトッ!」


 その後、三者凡退。審判が景気のいい声をあげている。

 




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