第8話 バッティングセンターと高校入学


 カキィーーン。

 バッティングセンターで、ウレタンボールが飛んでいく。硬式ボールとは違う感覚だが、たまには、打ちたくなる。ただのストレス発散だ。

 20球を打ち終えて、悠星はバッターボックスから出た。何球かボールが出ないこともあったが、まあ、古いバッティングセンターだから。

 剛が出てきた悠星に声をかける。


「素振りでも思ったけど、スイングも良くなってるな」

「ありがとう。まぁ、バッティングは、タイミングだけどな」


 キィィーーーーンッ。

 奥にある左打者用の場所から、快音が響く。


「あれと比べない方がいいぞ」


 剛は、自分にも言い聞かせるように言葉にして、さっきまで悠星が入っていたボックスに入った。

 実際、矢瀬昴は、異常だ。将来の三冠王だから、異常なのは当たり前だが。

 ほぼフルスイングに思えるのに、ぶれること無く、振り抜かれる。打球速度に、ネットが大きく奥に押し込まれている。


 バンっ。


「ボールを見ろ」

「うっせぇ」


 バッティングセンターの球をからぶるなよ。それ130キロなのに。実際は古くて、もう少し遅くなってる。

 快音が次々に響く中、鈍い音もちらほらと。

 悠星は、バッティングセンターに併設されているゲームセンターの方に歩いて行く。九つの的を投げ抜くストライクボールゲーム、バスケットボールをゴールに時間内にどれだけ入れられるかのゲームを過ぎると、普通のクレーンゲームやシューティングゲーム、レースゲーム。


「懐かしい」


 もう、こういうアーケードゲームをやりたいとも思えないが、高校生ぐらいのときは、何回かは遊んだ記憶がある。何が楽しくて、やっていたのか。

 シューティングゲームの銃を触る。よく分からないが、ゾンビが出てきて、戦うゲーム。バディとの相性を図れるらしい。


「なんだ、やるのか」

「打ち終わってたのか」

「ああ」


 矢瀬が100円玉を投入する。

 こちらを見る。さっさと入れろ、ということだろう。

 悠星は、それに応える。


 第一のボス戦まで行って、敗退する。追いかけてくる大きなトロールの腐ったようなゾンビ。両腕を激しく振り回して、瓦礫がとんでくるが、撃ち落とすことができずに、二人ともダウンした。ルール的に、二人同時に飛んでくる岩を一緒に撃たないと、壊れにくいようだ。


「やらないのか」


 コンティニューの数字が、だんだんと減っていく。


「思ったけど、矢瀬って、負けず嫌いか」

「負けて悔しくないのか」

「どうだろう」

「大会に負けて、泣いていたと聞いたが」


 俺の黒歴史を広めるのに余念が無い。

 秋羽か、それとも夏弥か。

 悠星は、100円を再び投入する。

 銃を再び構える。

 そして、体力の余裕をもって、ボスを倒しきった。もうヒットポイントも少なかったから。第二ステージへ。川下りか、都市を突っ切るか。

 川下りを選ぶ。

 大きなカエルのゾンビからピラニアのゾンビ。空中をジャンプしてくるゾンビたちを撃っていく。そして、二番目のボスは、追いかけてくる大きな口を開いたゾンビの魚。サメをモチーフにしてそうだ。

 結局、案の定、負けた。

 コバンザメのような小さな取り巻きを撃ち落とし切れずに。


「矢瀬、まだやるか」

「いや、いい。きっと、最後に行くまでに200円かかる」

「そうだろうな。そういうゲームだから」


 ワンステージごとに、体力的に、よほど上手くないと、コンティニューが一度は必要になる難易度なのだろう。いい設定だ。ゲームバランス――ボロ負けもしないけど、大勝もできない。ドキドキする試合。


「矢瀬は、負けていいのか」

「ただの遊びだ。それに、テレビゲームだからな」

「おい、なに、二人で相性占いしてんだよ」


 剛に言われて、ゲーム画面を見ると、相性のハートが80を超えていた。なにをはかってくれているんだ。

 

「相性がいい。ああ、つまり、俺がホームランを打つという」

「いや、違うだろう。これは、三振だな」


 ゲーム画面では、恋愛的な意味のパートナーの文言が出ているが、当然、無視する。



 †††


 高校入学の日の朝。


「夏弥。まだか」

「ちょっとは、制服の感慨にふけらないと」

「普通、そういうのは、先にやるもんだろう」


 岩沢の喫茶店の二階に向かって、声を大きくすると、同じように、夏弥の声が帰ってくる。那雪が家の前にいて、悠星たちは、二人で待っていた。


「お姉ちゃん、制服、ギリギリだったから」

「夜にでも着ておけばいいのに。那雪は、いつもと同じ服だな」

「わたしは、中学二年。同じ学校」

「先に行かなくて、大丈夫」

「香星より、近い」

「それもそうか」


 この頃、那雪は、まだまだ人見知り。無口で、何を考えているのか、よく分からない。高校生や大学生になるにしたがって、社交的になっていた。それでも、きっと、自分の世界にこもっていたいタイプ。

 那雪。

 自分のことをはっきり言うことはなかった。

 悠星も引け目から、あまり何も訊かなかった。

 この頃の悠聖のことを、那雪は、どう思っていたのだろう。

 二回目といっても、人の気持ちは、分からない。記憶にたよっても――。


「なぁ、那雪。好きな道を行けよ」


 悠聖には分からない。那雪が、本当に何をしたかったのか。

 喫茶店の経営をしながら、副業をすることが、彼女の望んだ幸せなのかどうかも。

 それとは、別に何かを目指していたのかも。美大のデザイン科に入っていたのは、知っていても、そもそも、それがどういう科なのかも知らない。 

 より望ましい未来があったとしても、それに導くことはできない。


「うん」


 那雪は、ちょっと困ったように、うなづいた

 そうだよな。上の年齢の人が言う、とってつけた人生の言葉みたいだ。自由に生きろ、好きなことをしろ――よく聞く言葉だ。


「那雪、襲われなかった」

「おまえは、いつまで、ロリコンネタを引っ張る」

「つい出た本音かと思って。日本人は、年下が好きでしょ」

「幼馴染も人気だ」


 誰かと思えば、矢瀬昴。

 どう考えても、通り道ではない。寄り道もいいところだ。

 香星高校の制服。本当に、明央ではないんだな。不思議な気分だ。


「あ、昴。制服似合ってるよ」

「俺には、なかったなぁ」

「うーん、もう少し。着られてる感がなければ」

「卒業する頃には、あってる」


 そう、未来から帰ったことによるメリットだ。制服のサイズを予測できる。自分の成長期の伸びを知っているのだから。節約程度のメリット。


「やっと会えた。岩沢の妹。レアだな」

「おまえ、まだ会えてなかったのか」

「ストーカーと違って、待ち伏せする暇がなくてな」


 何度か、喫茶店にいたくせに。

 さすがに、一日中は、一度だけだっただろうが。

 そう信じている。

 

「初めまして。岩沢夏弥の同級生の矢瀬昴だ」

「・・・・・・はじめまして。那雪です」

「矢瀬?」

「言ってなかったのか」

「ああ、そうか。秋羽とは名字が違うんだ」

「――って、だったら、わざわざ名前で呼ばなくても――、まぁ、でも、いっか。昴と悠星。星二つっぽくて。また変えるのも、面倒だし」

「悠星なんて、星あったか」

「ない」

「昴は、きちんと、おうし座の星だ」

「だから、なんだ」

「いや、なんでもないが」


 意味不明なマウントをとられている気がする。

 漢字の量だったら、二文字で、こっちの勝ちだ。

 だから、なんだ、ということだけど。



 くだらないことを言いながら、高校へ。

 高校は、以前と変わらない。全く以前と同じに思える。もう一回、入学しに来るとは、思っていなかった。

 一年生のCクラスに行く。懐かしい面々。正直、同窓会にも行かなかったから、本当に、会うのは久しぶりだ。

 でも、野球漬けだったし、そこまで親しくしていた人も、野球部以外にはいない。クラスは、授業を受けるための場所で、とくに思い入れもない。どのみち、高校二年で、文理選択とクラス替えだったはず。


「同じクラスだねぇ」


 夏弥が、窓枠に腰をあずける。悠星の机の位置が、窓際の一番後ろだから、ちょうど良さそうに。

 矢瀬や秋羽も同じクラスだ。全員同じなのは、いいことなのかどうか。


「そうだな」

「もっと喜べばいいのに」

「行く前から分かっていただろう」

「田嶋くんは?」

「まだ。遅刻ギリギリで来るだろ」


 田嶋は見事に、ギリギリで来る。

 変なことを憶えているものだ。

 

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