第7話 中学卒業と喫茶店

  自主トレをしながらも、受験は、つつがなく成功した。剛の成績が危うかったから、しばらく休んだときもあったが。夏弥も受かって、ついでに、矢瀬昴と秋羽梓も。秋羽からのメールで、そのことを知った。

 前回と違う点もあるが、別に問題はない。むしろ、圧倒的に戻ってくる前の人生よりも、甲子園に近い位置にいる。矢瀬昴は、同じ世代の最高レベルのスラッガーだし、悠星自身も高校生の中では一つ頭を飛び抜けている自覚がある。


「なんで、矢瀬がいるんだ」

「俺とおまえは友達じゃなかったか」


 岩沢の経営している喫茶店。午後にいくと、自然に矢瀬が座っていた。

 テレビでは、春のセンバツが流されている。テレビで行われているのは、本日の二回戦で、まだトーナメントの第一試合。


『スローカーブ、三振。これで10個目。両チームまだ一点も入っていません』


「なぁ、おまえは、どうして、ここに来たんだ」


 そのセリフを、そっくりそのまま返したいが、とりあえず、同じテーブルに座る。

 なんか、他の場所に座るのは、負けた気がするから。


「昼飯に決まってるだろ」

「岩沢に会いにきたんじゃないのか」

「まぁ、偶然会うこともなきにしもあらず」

「ふっ、妹が、ストーカーって言ってたぞ」

「おまえの妹は、口が悪い」

「辛口なんだよ。あとは、照れてるだけさ」


 おまえの妹も、おまえのことを照れ屋とか言ってたけど、別に伝えないでいいか。

 一応、夏弥を探す。たまに、手伝っているときもあるけど、いなさそう。


「岩沢なら、自主練に行ったぞ」

「先に言え。てか、自主練?」

「陸上部だろ。高校も、陸上やるんじゃないのか」

「ああ、そう・・・・・・か」


 悠星も、なんとなく分かっていた。

 全部が、同じように回るわけではないことも。

 一週目で、野球部のマネージャーになった夏弥の方に驚いたことを憶えている。

 陸上。

 そうか、今回は、続けるのか。

 何が、分岐点を作っているのかは、分からない。 

 きっと、夏弥にとって、前回あったことが、今回はなかったんだ。いや、前回なかったことが、今回あったせいかもしれないが。

 悠星は、自分に時間を操る力があるわけじゃない。二週目といっても、所詮、分からない未来に向かって、もがいているんだ。

 

 岩沢の母親の波美さんにホットコーヒーとペペロンチーノを頼んだ。

 その後、気まずい緊張感の中で、甲子園を見つめる。鳴り響くのは、いつもの定番のソング。単調で、難しくもない、未来と変わらない――。 

 食事をすでに終えている矢瀬が、冷めてそうなコーヒーを飲む。


「おまえ、怪我でもしたことあるのか」

「・・・・・・ないよ」

「そうか。最後の球は良かった。地方大会のシンカーも。――もっと踏み込んで、思いっきり投げろ。セーブしてたら打たれるぞ」

「三振」

「試合なら三打席はまわってくる」


 三回あれば、打てると言いたいのか。

 どこから、その自信が出てくるか訊いてみたいものだが、実際、テレビで、大量のホームランを観ているから、何も言えない。


「それにしても、おまえは、意外と器用だったんだな。キレのある変化球を投げるピッチャーと思ってなかったよ」

「そうか」

「バレバレのカーブと、緩急のないチェンジアップ。打ち頃だった」


 バカスカ打たれたよ、おまえに。

 最後以外、全打席長打を打たれていたな。スコアブックを見るまで、忘れていたけど。


「なんで投げなかったんだ。シンカーもスライダーも悪くなかった」

「秋羽にも言われたな。――投げれなかったんだ。剛に訊いても分かると思うけど、練習で投げた試しなんかなかったんだ」

「もし曲がらなかったらデッドボールコースだな」

「曲がっただろ」

「見事に」


 ペペロンチーノが来て、会話をやめる。

 甲子園は、最終回で盛り上がっている。さっき、スクイズで一点が入った。この回を抑えられたら、終わりだ。

 できたてのペペロンチーノをすすりながら、悠星の目は、テレビの方を向く。


「そういえば、岩沢には妹もいるんだったな」

「ちょっと待て。嫌な予感しかしない。秋羽は、どこまで喋っているんだ」

「ああ、ロリコンで二股の最低クズだと。妹が、あんなに酷評するのは・・・・・・愛情の裏返しか」

「それはない。どうせ、大好きなお兄ちゃんを三振に取ったことを根に持っているんだよ」


 ロリコンは、訂正しておいたはずだ。

 秋羽には、何もしてないはずなんだがなぁ、悪口製造機か。


「あれ、昴。まだ、いたの」


 夏弥が帰ってきていたのか、カウンター裏から出てくる。


「昴?」

「え、だって、秋羽さんと同じだから、名前の方がいいって」

「おい、スバルくん」

「なんだ」


 今、思えば、おまえたちは、いつの間に、知り合いになっているんだよ。

 一回目は、確実に交わらなかった関係のはずだ。


「昴。朝からいなかった?ずっと甲子園見てるの」


 偶然、会ったのかと思っていたけど、まさか、居座っていたのか


「おまえ、何杯目だよ」

「まだ、三杯目だ」


 まだ昼なのに、コーヒーの一日の上限に近い。カフェインの過剰摂取だ。


『打ったっ!試合終了。逆転、9回裏――』


「それに、まだ三回戦がある」

「迷惑すぎる客だ。なぁ、夏弥」

「え、夕飯も食べてってくれるなら全然いいけど」

「食べよう」

「はーい。ありがと」


 ちゃっかりしている喫茶店の娘だった。

 その後、三回戦まで見て、四回戦の途中まで、試合を一緒に見続けた。

 喫茶『渚』は野球を見る場所ではないんだが。

 夏弥の妹の姿が見れなかったことを、残念がっていたから、それが目的か。

 何をしに来ているんだか。絶対、写真とか見せないように夏弥に注意しておいた。

 きっと、秋羽に言われて気になっただけなんだから。もしロリコンだったら、危ないからな。こんなことなら、矢瀬の結婚相手を憶えておけばよかった。そうすれば、やつの趣味嗜好が分かったのに。

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