第6話 投球練習とデート

 その日も、グラウンドの片隅で、剛と一緒にピッチングをやっていた。

 一人の女生徒が近づいてくる。遠くからでも誰か分かる。


「ほー、ほー、速い速い」

「夏弥」

「夏弥ちゃん、危ないよ」

 

 剛の真後ろにいる夏弥に、剛は注意する。

 夏弥は、少し横にズレた。


「キャッチャーが捕れないからな」

「だいたい捕れてるだろ」

「それは、キャッチャーとして問題ないか」

「何キロぐらい」

「さぁ、140ぐらい。正確には計ってみないと。伸びがいいから、もう少し遅いかも、体感速い分」

「で、速いの、やっぱり」

「中三で投げれるのは、化け物だと思うけど」

「いつのまに、わたしの幼馴染は化け物に」


 二人が会話を始める。

 悠星は、聞き取れるだけ聞きながら、ボールを真上に投げて、時間つぶしする。


「悠星、投げてみて」


 夏弥は、簡易的なバッターボックスを、靴のかかとで土に描いて、そこに立つ。

 ずいぶんとバッターボックスの端に立ってる。

 どう考えても、悠星のコントロールを信じていない位置。

 悠星からしたら、万が一もあるし、それくらいに立っておいて欲しいから、何も言わない。


「三球でいいか」

「オッケー」


 バットもないのに、わざわざエアバッドを構えるポーズ。

 ズバンッ。

 少しコントロール重視に抑えた球。

 ベース上のど真ん中に決まる。


「おー」

「速いだろ。――悠星、変化球は?」

「いい。危ないし。ストレートだけで」

「了解」

「なに、投げられるの」

「スライダーとシンカー」

「あれ、カーブとチェンジアップは?」

「チェンジアップはたまに投げてるけど。今は、新しい変化球に夢中だよ」

「子供みたい」

「変化球って嬉しいだろ」

「おーい、何話し込んでるんだよ。ボールを返せ」

「分かってるよっ」


 悠星は返球を受け取る。

 残りの二球を丁寧にストライクゾーンにいれた。


「夏弥ちゃん、ひょっとしたら、ひょっとするぜ」

「うん」

「甲子園」

「気が早いよ。それに、そこまで興味はないんだけどな~、わたしは」

「ま、そうだよな。普通、女子は――」



†††



「デートだ。デート」


 夏弥が、嬉しそうに、いや茶化すように、そう言う。

 那雪も一緒だから、三人なわけだが。

 午後、近くのショッピングモールの中を歩いていた。

 夏弥の服装は、ラフ。

 カジュアルなTシャツに、ジーンズ。見慣れている格好すぎる。

 那雪の方が、まだおめかししている。美術部だし、姉よりかは、ファッションにも興味があるはずだから。


「いやぁ。まさか一緒に映画に行かないか、って誘われるとは思わなかった」

「俺は、夏弥が那雪を連れてくることに驚いているけど」

「だって、カップル割引とか恥ずかしいし」


 代わりに、レディースデイに妹も引き連れてに変更された。

 まぁ、別にかまわないけど。

 エスカレーターで映画館のある三階にあがっていく。


「ロリコンだし、いいよね」

「その疑惑は、早々に解いておいて欲しい。那雪が、逃げるから」

「そうかな。恥ずかしがってるだけだよ、ねー」

「・・・・・・」

「おい、妹をいじめるな」

「これで、いじめなら、悠星は近づくだけでアウトだから」

「ハラハラだ」

「なにそれ」

「いや、ハラスメントハラスメント」

「変な略語。わたしは、悠星がいつか捕まらないかハラハラしてるけど」


 なんでもハラスメント指定されるのは、まだ後だったか。

 あまり時代の先を知っていることによるズレはない。野球ばかりの人生だったから。余計な興味も持たなかった。野球は、いつの時代も野球だ。バレルゾーンやフライボール革命――打撃理論は移り変わるけど、変わらない部分の方が多い。それに、結局は、個人個人独自のセンスで磨いていくのが、スポーツだ。


「それで、何を見るの」

「これ」

 

 映画館前にある並ぶポスターの一つを指さす。

 アニメーションのポスター。ずいぶん前に観たことがある。


「ああ、過去に帰るやつ。映画もあるんだ」

「そういえば、那雪は――」

「ああ、大丈夫大丈夫。わたしよりかはアニメ見ているだろうし」

「うん。見たことある」

「でも、デートといえば、恋愛映画じゃないの」

「それ、観たいのか」


 悠星は、別のポスターの方に目配せする。


「うーん、情熱的だね。那雪には、まだ早い」

 

 夏弥は、腕組みをして、俳優と女優の抱きつき合って、今にもキスしそうなポスターを見つめる。


「他は?」

「時間が合わないから、一時間後とか。R15とか」

「じゃ、いっか」


 映画館のフード&ドリンク売り場で、アイスコーヒーを購入する。喫茶店の娘のためか、二人もコーヒーでいいみたいだ。逆に、味が分かって、嫌になったりしないものか。中学生の頃の自分の味覚の記憶が、なさすぎて分からない。


「いつから、コーヒー好きに。ブラックで飲むことなんてなかったでしょ」

「高校生から」

「かっこつけ。それに、まだ、中学生だよ。ポップコーンは買わなくていいの」

「食べ物にも気をつかっておきたい」

「なんか、ダイエット中の女子みたい」

「身体が資本だからな」

「ま、反動で、暴飲暴食しないように」


 夏弥の忠告。

 そんなことは、起きない。

 身体は、なによりも大事だから。精神論で、身体は治らないし。栄養なくして、身体は動かないし、作られない。

 

「少し、こん詰めすぎだよ。楽に行こうよ。人生は長いんだから」 


 そうだよな、人生は長い。

 一瞬にすべてを賭けるには。

 あまりにも。


「息抜き。休むのも仕事ってね」


 暗い映画館の上映。

 間に妹の那雪。その横に夏弥。

 悠星は、過去から現在に帰りたがっている少女を観る。

 タイムスリップとタイムリープの違い。

 それは意識だけが帰るか、身体ごと動くか。

 この身体が元の身体からだでなくて良かった。いや、タイムスリップすると、自分が二人いる世界に行くことになるのか。

 まぁ、そんなタイム・パラドクス的な問題は、どうでもいい。

 今、こうして、今があるなら――。


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