第5話 手紙とコーヒー

 矢瀬との勝負の数日後。

 昼休みに、夏弥がまた手紙を持ってきた。


「前回のは、ラブレターどころか果たし状みたいだったが」


「え、そうなの。わたし、てっきり――」


「で、今回は、誰から」


 悠星には、二通目の手紙の記憶はない。存在しない二つ目の手紙。未来が変わっていることを恐れる映画の主人公の気分にはならない。一回目を踏襲するつもりはないのだから。未来を変更しようとしているのだから。


「同じ相手から」

「秋羽か。どうして、直接渡してこない。というか、口でさっさと伝えたらいいのに」

「そうだよねぇ。わたしも面倒。今度、メールアドレスでも教えておけば」


 たしかに。それがいい。いまどき、なぜ手紙のやりとりをしないといけないのか。交換日記とかが流行はやる時期にまで戻ってはいないはずなのに。


「この場で読んでいいか」

「わたしに聞かなくてもいいよ」


 とりあえず、手紙をあける。

 文章を読む。

 完全にラブレターだった。嘘っぽい――。


「どういうことだ」

「さぁ、心境の変化」

「お断りだ」

「本人にいいなさい。それにしても、悠星は、彼女欲しくないの。秋羽さん、美人だよ」

「今は、いい。それに――」

「今、暇でしょ。だって、部活もないし」

「部活がなくても、トレーニングはあるから」

「そんなストイックな性格してた。わたしの中では、怠けそうだと思ってたのに。それか、受験勉強に追われるか」

「来年は、高校生だからな。覚悟決めてんだよ」

「甲子園かぁ。行けたらいいね」

「行くよ」

「まぁ、ガンバっ。身体を壊さないように」


 それじゃそれじゃ、と言って、夏弥は自分の教室へと戻っていく。

 悠星は、後ろ姿を見送り、手紙を鞄につっこんだ。



 放課後、待ち合わせ場所に設定された喫茶店へと向かった。

 その場所は、自分がコーヒーを淹れたこともある喫茶店。つまりは、岩沢家の経営する喫茶店「なぎさ」。なにげに、過去に戻ってきて初めて入る。ここに入ると、夢から覚めるのではないかと思えたから。

 岩沢の母親――波美なみさんに挨拶する。まだ若々しい。懐かしい、けど、今は、それに浸る時間じゃない。コーヒーをお願いして、秋羽を探す。

 まだ来てないのか、店内を見回すと、黒髪の背中。それに、中学の制服。堂々と下校中の寄り道。誰も気にしないが。


「あ、来てくれた」


 秋羽は、読んでいた小説らしき本を横におく。


「来てくれたって、来ないと思っていたのか」

「少しは」


 飄々ひょうひょうと答えて、秋羽は、テーブルのコーヒーに口を付けた。


「で、何の冗談」

「あら、わたしと付き合うために、お兄ちゃんと勝負したんでしょ」

「そんなわけないことぐらい分かっているだろう」

「ま、そうだけど」

「このラブレターどうすればいい」

「記念に取っておいていい。きっと、いずれ青春のいい思い出になる」

「・・・・・・」


 コーヒーをもって、波美さんが来た。

 典型的な白い陶器のコーヒーカップ。


「あら。悠星くん。女の子とデートだったの」

「いえ、ただの友達の妹です」

「さすがに、お兄ちゃんより、わたしの方が知り合いじゃない」


 茶々を入れないでくれ。

 あんまり誤解されると、少し厄介な事態になるかもしれないから。


「もうそろそろ高校生だものね」

「いや、ほんとに――」

「ただのクラスメイトです。悠星くんは、夏弥さんラブみたいで」

「おい」

「え、そうでしょう。だから、わざわざ岩沢さんを経由してるのに」

「そんな気遣いは無用だ」

「まぁ、仲良くね。娘には、内緒にしとくから、いろいろと」


 波美さんは、口元に指先を当てて、去っていた。


「秋羽、意外といい性格していたんだな」

「ええ。まぁ、そこそこ」


 一回目の俺は、もう少し、踏み込んでおけば良かった。悠聖は、ほんの少しだけ後悔した。それでも二回目の人生を考えて、一回目を歩むわけにはいかないから。


「それで、要件は」

「ただの敵情視察」

「結局、明央に行くのか」

「ううん。香星。お兄ちゃんも行くみたいだし。ただ、わたしは、まだ信じられないんだよね。絶対、甲子園に行くなら、明央がいいと思うんだけど。選手層も厚いだろうし。あ、でも、わたしを甲子園に連れてってね」

「それ、妹にも言われたよ」

「うわぁ、洗脳・・・・・・」

「冗談で言われただけ」

「わたしは、本気だから。というかお兄ちゃんが一度も甲子園に行けないなんてあり得ないんだから」

「ずいぶん盲目的だな。ブラコンか」

「はぁっ!?中学の大会で負けて、泣きながら幼馴染に抱きつくロリコンのくせに」

「おまえ、見てたのかっ」


 危うく、テーブルに置かれたコーヒーがこぼれかける。 

 二週目の黒歴史が、筒抜けていた。

 まさか、夏弥が好きだ、といったのも聞こえていたのか。耳がいいと言っていたし。


「だって、わたしも試合見てたし。人が自販機で飲み物買おうとしているところで、イチャイチャと――」

「だけど、ロリコンではない」

「へぇ。ロリコンは、みんなそう言うけどね」


 一週目の俺、自然消滅して正解だったようだ。

 美人には、トゲがあるから。

 悠星は、気を落ち着けるためにコーヒーを飲む。自分で淹れていたときと同じような味だ。


「ブラックで飲むんだ」

「悪いか」

「けんか腰。お兄ちゃんも、ブラック飲んでる」

「なんかさ。お兄ちゃんっていうと、子供っぽくて可愛げあるよな」

「ねえ、怒らないけど、そこに、あなたのことをお兄ちゃんと呼びそうな少女がいるけど」

「ん、・・・・・・那雪」

「彼女さん?」


 那雪が、尋ねる。学校の制服姿、帰ってきたばかりだろう。

 中学一年の那雪は、まだまだ人見知りだったことを憶えている。美術部で、ずっと絵を描いていて、喫茶店を一緒に経営していたときは、夜とか休日にwebマンガを描いていた。あのときは、喫茶店に置いていた小物や絵も、那雪が作ったものばかりになっていた。今は、あまりなくて寂しくも感じる。


「赤の他人」

「赤い糸でつながった」

「え、え、えっ・・・・・・」

「気にしなくていい。秋羽は冗談が好きだから」


 那雪を困惑させないでくれ。


「わたしのこと、よく分かってくれてる」

「ふふっ」


 那雪は笑って、すぐに喫茶店の奥の階段へと歩いていた。

 なぜ笑っているのか、よく分からなかったけど。秋羽が原因だろう。


「あれが、岩沢さんの妹。可愛い」

「ああ、矢瀬の妹と違って」


 コーヒーを飲みながら、横を向く。

 こちらを見ている秋羽。少し表情が緩んでいる。


「照れ屋でぶっきらぼう。少しお兄ちゃんに似てる」


 それは、俺に言っているのか。

 ずいぶん、高評価に戻ってそうだ。

 本気で投げなかったとか詰め寄ってきたのに。

 今も、嫌みは華麗にスルーされたけど。


「てか、結局、要件はないのか」

「あったけど。もう解決したから」

「は?」

「本気で甲子園行くんでしょ」

「ああ」

「なら、よし」


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