32 襲来

 彼女はくっきりとした目鼻立ちの可憐な顔にそぐわないほどの剣幕で俺を指差す。


「あなたがゾーイ先輩ね? 噂で聞いていたよりもよっぽど毛玉みたい」


 久しぶりに聞いた直球の暴言に、ただ瞬きをすることしかできなかった。


「ヨモギ! 失礼でしょっ。だめだよっ!」


 表情一杯に不安を滲ませたミゼルが彼女の後ろから慌てて声をかける。だが緑の瞳をしたヨモギはそんなミゼルを鼻で笑う。


「だってそうじゃん。髪の毛、手入れすればよっぽどまともになるよ」

「ヨモギ!」


 ミゼルの顔が青ざめていく。こちらの世界で容姿に対する言及はご法度とされているというのにヨモギは容赦がない。確かに厳密に言えば貶されているわけでもないし、暴言ではないのかもしれないけど。


「ごめんなさいゾーイさん……! わ、私が連れてきたばっかりに……」


 ミゼルは肩をすくめてしょんぼりと俯く。


「大丈夫だよ。慣れてるから」

「えっ?」


 あ。いけない。外見に関する言葉に慣れているなんてこっちの世界じゃちょっとおかしいか。

 驚くミゼルに俺はひとまず微笑んでみせる。が、間髪入れずヨモギが口を挟んできた。


「へぇ。先輩、案外打たれ強いんですね? それもそうか。いくらお金を積まれても引き受けたくないパラノーマルサークルのポスターに出るわけだから、心臓は象並みに大きいか」

「ははは……。象は好きだよ」


 腕を組んでしたり顔をするヨモギは、俺が苦笑するとつまらなそうに口を結んだ。

 俺と机を囲んでいるジアとリンエが目を見合わせてこのやりとりを止めるべきか悩んでいるのが見えた。


「と、とにかく! ミゼル、ヨモギちゃんのご用件って何だろう?」


 ミゼルとヨモギが現れる前ののほほんとした時間を取り戻したく、俺は急いで用事を聞くことにした。

 夏休みが終わって十日が経った今日。放課後、教室で談笑していた俺たちのもとに突如としてやって来たのがヨモギだった。彼女の後ろをミゼルは急ぎ足で追いかけてきた。

 ミゼルに何事かと聞いたら、ヨモギから言いたいことがあると説明してくれた。

 で、突然あの毛玉発言に至ったわけだ。


「はい……! ヨモギが、ゾーイさんのパーティーでのご活躍を聞いて、ぜひ相談がしたいと」

「相談?」


 いつ爆発するか分からないヨモギの毒舌を気にしながらミゼルはちらりと彼女のことを見やる。


「はい。えっと……それは、ヨモギが直接言った方がいいよね?」

「うん。前置きありがとうミゼル」


 ヨモギはミゼルと同じクラスの生徒だという。夏休み中、一緒に勉強をした時に強烈な友だちが出来たと教えてくれた。それが、この上品な棘を纏った女子生徒、ヨモギだ。

 ヨモギはミゼルに簡単なお礼を言った後でまた俺を見る。


「先輩。もしよろしければ力を貸してくれませんか? まぁ、断るなんて選択肢、先輩にはないと噂されていますけど」

「ヨモギ!」


 ミゼルは彼女の発言を窘め、閉じられない口を震わせる。


「えっと……」


 なんとも生意気な後輩だ。

 断るっていう選択肢も一応俺の中にはあるんだけど。

 でも後輩の前で不機嫌な気持ちを全開に出したら大人げない。ほら。これくらいの年頃の子って、強がるあまりに毒舌攻撃がやめられなくなることもあるし。うん。そうだ。たぶん、彼女は何かに怖がっているだけだ。この毒舌は、自分を守るためにしているんだ。よしよし。そうと思えば可愛らしいことじゃないか。

 どうにか気持ちを静め、俺はまたにこりと微笑む。


「わたしで力になれることがあるの?」


 ヨモギは俺の冷静な回答に眉をピクリと上げる。


「分からない。でも、一応のところ功績はあるみたいだから、力試しをさせてあげてもいいかなって思って」

「はは。ありがとう……」


 喧々とした声だけど子犬だと思えば少し可愛い。俺はヨモギに子犬フィルターをかけることにした。


「他の人とは一味違う、とっておきのお願いなんです」


 ヨモギは組んでいた腕を解いて意味深な笑みを浮かべた。


「へ、へぇ……。一体、なんだろ……?」


 ククク、とか笑い出しそうなくらい邪悪な光を瞳に宿し、ヨモギは空いていた椅子に座り込む。

 ああ。これでしばらく放課後のほほんタイムはお預けだ。

 申し訳なさそうにヨモギの隣に座り込むミゼルが肩身を狭そうにしているので、俺は小声で「気にしないで」と囁いた。

 こくりと頷くミゼル。

 ジアがそんな彼女のことをじっと見つめていたのがやけに印象に残った。

 やっぱりラーシャの妹ってことで気にはしてるのかな。ジアの想いを正式に聞いてからそのことに触れたことはない。以前のゾーイも気づきはしたが直接は訊かなかったのだろう。

 ジアの恋を応援するって気持ちはゾーイと一緒だ。でも、経験のない俺には的確なアドバイスなんかできないし。敢えて会話に出して、変に彼女の心を乱すのも気が引ける。

 もっと俺が人に何かを伝えるってことの気概を持ち合わせていたら良かったんだけど。


「コホン」


 俺が集中していないことに気がついたのか、ヨモギがわざとらしく咳をする。


「でね、ゾーイ先輩に、彼女を説得してもらいたいの」

「はっ?」


 ちゃんと話を聞いていなかったのは悪い。

 でも、待てよ?

 説得って、一体何の? というか誰に?

 ぽかんとした目をする俺にヨモギは恨めしそうな眼差しを向ける。

 上の空になっていた俺のことを見透かしているようだ。


「あのですね……」


 ヨモギは呆れながらももう一度話をしてくれた。

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