29 よっしゃ!
「きたーっ」
バンドの方を見ているリコさんに気づかれないように小声ではしゃぐ。ジアとダーシーも同じく嬉しそうに拳を揺らした。
「? どうかしたの?」
三人がささやかに騒いでいる気配に気がついたのか、リコさんがこちらを振り返った。
「え? なに……?」
俺たちのにやけた顔に眉をひそめるリコさん。彼女の表情に訝しさが浮かぶ頃、俺たち四人の傍に待ちわびたあの人が近づいてくる。
「リコ」
傍で奏でられているバンドの音にかき消されることもなく、彼の声は真っ直ぐ彼女の耳に届く。
「えっ」
顔を上げたリコさんは彼の顔を見るなり口を半開きにして固まった。
「この最高のパーティーの主催に、どうしても挨拶したくてね」
甘い眼差しで彼女に笑いかける彼。日に焼けたブラウンの髪にグレーの瞳の彼は、続けて俺たちの方を見る。
「彼女たちに招待してもらったんだ。君がゾーイ? ありがとう。リコが恥ずかしいから来ないでって言ってたから来ていいものか迷っていたけど、かわいい後輩たちに呼ばれたら来るしかないよな。本当に感謝してる」
「いえ! こちらこそゲストが増えて嬉しいですっ」
「ははっ。パーティーバトルか。なんか懐かしいな」
彼、ライリーは一つしか年が変わらないはずなのに随分と大人に見えた。早くから大学に通って、落ち着いた雰囲気を纏っているせいなのかな。
ライリーはダーシーとグータッチをして「久しぶりだな」と再会を喜んでいた。
肝心のリコさんは未だに固まったまま何も言わない。ライリーを呼んだのはもちろん俺がしたことだった。理由なんて単純。人をもてなすために全身全霊を尽くすリコさん。だけど彼女には高校最後のブルスケッタパーティーを最高の思い出にして欲しい。そのためにはライリーが必要だ。本来ならば彼もこの場にいたはずの人間なのだから。
「あの……リコさん。すみません勝手なことをして。でも……わたし、どうしてもリコさんにお礼がしたくて」
「お礼?」
ようやくリコさんが喋ってくれた。俺は「はい!」と背中を伸ばす。
「わたし、ブルスケッタパーティーなんて本当は縁がなかったんです。でも、リコさんがわたしに声をかけてくれたから、こうやってただ参加するより何倍もパーティーを楽しんじゃいました。リコさんがいなければ、こんな経験はできませんでした。だから、リコさん、ありがとうございます」
ぽかんとしたままのリコさんに向かって頭を下げる。最初に会った時にも頭を下げたが、今は全く違う感情で心が満たされていた。
「恩人のリコさんには、やっぱりパーティーを楽しんでもらわなくちゃ。だから、独断でバンドやライリーさんを呼びました。出過ぎた真似だって怒られても構いません。……いや、むしろ怒られるべき?」
顔を上げて首を傾げると、くすくすと笑っているジアの声が聞こえた。
「ゾーイ……。そんなこと、いいのに……。あたし、感謝されるようなことしてないよ。あたしの方がゾーイたちに感謝しなくちゃいけない立場なのに……」
リコさんは瞳を震わせて胸の前で両手を握りしめた。
「ありがとうゾーイ……! こんなに最高のパーティー、あたしには思いつかなかったよ……!」
「ふふ。いいえ。すべてはリコさんのおかげです。リコさんがはじめたパーティーが、こうやって皆を笑顔にさせているんです。リコさん、三年間、パーティーバトルお疲れ様でした。リコさんは、バトルなんて気にしていなかったかもしれませんが」
「ふふふっ。少しくらいは気にしていたよ。そりゃやるからにはいい結果を求めちゃうもの」
「それは意外です。じゃあ今回も、上位を狙いましょう!」
「うんっ」
すでにゲストはたくさん集まっている。が、バンドが来たことによってこれから噂を聞きつけた他の生徒たちが来てもおかしくはない。改めて俺の胸に闘志が宿る。
「それじゃあ、リコさんはライリーさんと残りの時間を楽しんでください。あとの運営はわたしたちに任せてくださいっ。ね? ジア?」
「はいっ。ぜひ任せてくださいっ!」
ジアは満面の笑みでリコさんに敬礼をする。
「……それじゃあ、少し、踊ってきてもいい?」
「もちろんです!」
「ふふ……ありがとう」
柔く笑うリコさんの手をライリーが取る。二人が聴衆の群れに消えていくところを見送り、俺とジアは思わずハイタッチをした。
「やったね! 今度こそ正真正銘サプライズ大成功だ!」
「うん! ほんと、良かった……!」
ライリーの連絡先はミゼルを通してラーシャに聞いた。やはり彼はかなり可愛がられていたらしく、今もたまに連絡を取り合っているという。
「ダーシーもありがとうね! まさかダーシーにそんな伝手があるなんて思わなかった」
「な? 俺も頼りにならないことはないだろ?」
「うん。そうだね」
協力をしたいと言ってくれたダーシーとリコさんの好きなことについて話していた時、彼はリコさんが好きなバンドのメンバーと知り合いだと言い出した。最初は耳を疑ったが、実際に目の前で証拠を見せてくれて、俺は迷わず”if you wanna”を呼びたいと申し出た。そこからはとんとん拍子に話が進み、彼らは本当に会場まで演奏をしに来てくれたのだ。
「じゃあ俺もちょっと演奏聴いてくるから。ライブとか久しぶりなんだ」
彼もまた興奮しているのだろう。跳ねるような変な歩き方をしながら俺たちに手を振った。
演奏に酔いしれる皆の姿を見ていると、ここが現実でないようにも思えた。まさに夢の世界のように、皆が思い思いの楽しみ方をしている。じっと眺めているとリコさんとライリーの姿が見えた。二人は身体を寄り添い合わせてロマンチックな曲に浸っている。理想の恋人のお手本みたいに互いを見つめ合う二人を見ていると、離れているこちらまで身体が熱くなってしまいそうだった。
隣のジアをちらりと見れば、彼女もまた同じことを考えていたようだ。
「ねぇ。ゾーイ」
曲のボリュームが落ちたせいか彼女の声がよく聞こえる。いつもの優しくて明るい表情ではなく、少し神妙な面持ちで彼女は自分の靴を見下ろした。
「私、ゾーイに謝らないといけないことがある」
「え?」
突然なんだ?
どきりと心臓に針が刺さったような感覚だった。表情だけでなく、ジアの声までも堅くなっていたせいだろうか。
「前に……ゾーイが入院した時、私、自分のことばっかり考えていたの」
それは前にもちらっと聞いた言葉のような気がする。でも、今となってはそんなの薄れた記憶なのだけども。
「あのね、私、本当はね、ラーシャとミゼルの姿を見た時、きっと誰よりもショックを受けていたの。もちろん、ゾーイもそうだったと思う。でも、本当に、世界が終わっちゃうんじゃないかってくらい、目の前が真っ暗になった。足元が崩れ落ちて、骨が砕けそうだった」
ぽつりぽつりと呼吸を整えながらジアが話す。
「私ね、ラーシャのことが好きなの。ゾーイに言うべきか迷ったんだけど、でも、この前の花壇づくりの時、ゾーイがもう彼のことはなんでもないって言っていたから……親友のあなたには隠し事なんてしたくないって思って」
「そ、そうなのっ!?」
思いがけない唐突な告白に俺の心がふわりと浮かび上がる。なんだかテンションが急カーブで上がってきた。
「うん……。でも、私って、こんなだから……この恋は卒業するまでの宝物にして、卒業したらもう宝箱に入れてしまおうって思ってたの。傷つくのが怖いって、卑怯な理由なんだけどさ」
ジアは恥ずかしそうに肩をすくめて自嘲するように笑う。
「だけどね、最近のゾーイを見て……。ミスコンに挑むゾーイを見ていたらね、それじゃ駄目なんだなって思った。ずっと、誰にも相手にされず、存在も認識してもらえなくて悲しかったし怖かった。すっかり心を閉じ込めて、自分に嘘だけをついてきたの」
ジアは顔を上げ、手を取り合って踊るリコさんとライリーを見やる。
「ようやく心が動き出したような気がするの。だから、私もゾーイみたいに、しっかりと自分の心に向き合おうって決めたの。ラーシャと過ごせる時間は限られている。だから、思いっきり……当たって砕けないと、勿体ないよね!」
「ジア……」
知らなかった。
彼女がラーシャにそんな想いを抱いていることも、自分自身を苦しめていたことも。
「話してくれてありがとう。ジア、わたしはいつだってジアの味方だよ。力になれることはなんでもする。だから、怖がらなくていいよ。わたしはいつでもジアの傍にいる。くっついて離れないんだからね」
「あははっ」
強張っていたジアの頬が綻んだ。
「ありがとうゾーイ。すごく心強い」
そう言ってジアは俺を力強くハグする。なんだか嬉しくて、俺も彼女の背中をポンポンと叩いた。
「今日はラーシャが来られなくて残念だね」
「しょうがないよ。今日はミゼルとお父様と会う日なんだから」
「うん」
「でも私たちは、目を見張らせつつ楽しもうね。ブルスケッタパーティー、来年は私たちで開催しちゃう?」
「おおう。急に強気に出たな」
でもそれもいいかもね。
なんて思いながら、俺はジアと一緒になって馬鹿みたいに笑った。
するとポケットに入れた携帯がまた震える。ダーシーはバンドに熱狂中のはずなのに誰だろう。
不思議に思って画面を点ける。
“パーティー、無事に進んでる?”
ダレンだ。
彼が打った文字を見るなり、じんわりと胸の奥が温かくなっていく気がした。
“うん! サプライズ、大成功だよ!”
少しだけ震える手で文字を打ち返す。なんだかスムーズに指が動かない。
きっと、この非現実的な高揚感で指先まで興奮しているせいだ。
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