28 スポットライト
あと二日もすれば夏休み突入。そんな夏の日の夜に、リコさん主催のパーティーが開催された。
招待した生徒だけでなく、彼らに呼ばれた学外の友だちなんかもやって来て、会場はあっという間に賑やかになっていった。ジアとリンエもぎりぎりまで手伝いをしてくれた。今はリコさんに言われて一ゲストとしてパーティーを楽しんでいる。二人が互いにジュースを掬っている姿が見えた。真っ赤なベリーのジュース。弾ける色合いと彼女たちの表情が見事にシンクロした。
俺はリコさんのアシスタントとして何か問題は起きないかと目を凝らす。
パーティーなんて初めてで、正直この場にいるだけで気分は高揚しっぱなしだ。
でも興奮しているのは俺だけじゃない。ゲストたちが羽目を外しすぎてしまわないようちゃんと見ていないと。俺は頭を振って浮ついた心を鎮めた。
それに、俺にはまだ気がかりなことが残っている。気を抜いちゃだめだ。
口先から息を吐きだし緊張を無視できないか試みる。だけど自然と目線は腕時計へと向かってしまう。
パーティーが始まって二時間は経った。あくまで俺たちも高校生。締めの時間が十一時として、もう半分くらい経過したのか。ということは、あと三十分……。
頭の中を整理しているところで服のポケットに入れた携帯電話が振動する。メッセージが届いたようだ。振動とともに心臓が跳ねた。集中していたせいか必要以上に驚いてしまった。慌てるあまり携帯が手から滑り落ちそうになる。
“到着したよー”
確認した文面は気が抜けるほどに砕けていた。そのおかげか、少しだけ肩の力が抜けていく。
“了解。ありがとう!”
素早く返信をし、携帯片手に一直線に歩き出す。
「ジア、リンエ」
二人に声をかければ、彼女たちは即座にサムズアップして無言で微笑む。
二人が動き出すのと同時に俺は会場内をぐるりと見回した。リコさんのプラン通り、ここはどこかの南国のビーチにいるような気分にさせられる。装飾も照明も食事も、全てにおいて拘ったおかげだ。なのに所々雪が積もっていたりキラキラとした結晶がぶら下がっている。これもまたリコさんのイメージを現実にしたものだ。
皆が楽しそうに時間を過ごしている中、一人だけせかせかと落ち着きなく動き回る姿が見えた。リコさんだ。
彼女は俺にも気を遣ってか、パーティー当日は自分が監督するから、ゾーイはただパーティーを楽しんでくれればいいよと言ってくれた。俺は彼女の優しい気遣いに頷いたが、実際のところはそこまで簡単に気分を入れ替えることはできなかった。だからまだ、俺は彼女の”アシスタント”って名乗らせてもらってるんだけど。
今も彼女は少なくなってきたドリンクを追加しようと重そうなボトルを抱えている。
“もう大丈夫?”
もう一度メッセージが届く。
“just as planned”
力を込めて文字を打ち込む。メッセージの相手、ダーシーは敬礼の絵文字一つを返してきた。
よし。ここからは迷っている暇はない。ただ勢いに任せて前へと進もう。
会場に設けられたステージに上がり、ジアが用意してくれたマイクを手に取った。
「えー……! 皆さん!」
キィイィイイン
お決まりのハウリングが会場に響く。ちょっと声に力が入りすぎたかな。聞こえないように咳払いをして、一斉にこちらを向いたゲストたちの顔を見ないように視線を上にあげる。
「今日はこちらのブルスケッタパーティーに来ていただき、ありがとうございます! えと……楽しんでいますかー?」
マイクを手にしたものの何を言っていいのか分からなかった。何しろこんな大勢の人の前で話すのなんて初めてだ。意識すればするほどダラダラと汗が垂れてきそうになる。リンエが当ててくれているスポットライトも眩しいし熱い。ゲストたちの表情がなんだか無表情で怖く見えるのはステージマジックなのだろうか。
心はビクビクと怯えたまま、俺は彼らに対して呼びかけてみた。
すると、先ほどまで一切の音を立てずに俺の動向に注目していたゲストたちは、元気よく声を上げて歓声を出す。声の波が襲ってくるようだったが、思ったよりも怖くはなかった。むしろ彼らのテンションがこちらにまで伝播しそうだ。
「パーティーももう後半戦に入りました! ここで、皆さんにスペシャルゲストを紹介したいと思います!」
また声の波が返って来る。ステージの横にいるジアと目が合い、思わず二人して笑顔になった。
「ぞ、ゾーイ? いったいこれは、何事?」
盛り上がるゲストたちとは違い、リコさんが慌てた様子でステージに駆け寄ってくる。
「スペシャルゲストって、なに? 聞いてないよっ? そんなの呼んでないし……」
あわあわとするリコさん。その反応を見ていると、黙っていたことに少しだけ罪悪感を覚える。だがここは心を鬼にして、俺はリコさんにただ下手くそなウィンクを返した。リコさんはぱちくりと目を瞬かせ、口をあんぐりと開けた。
「では紹介します! パーティーを一層盛り上げること間違いなし! 皆、盛り上がりすぎて怪我しないでね!」
ステージの横にある扉を指差すと、ゲストたちはざわざわと期待の色を見せる。
「安全第一でお願いします! “if you wanna”です!」
俺がスペシャルゲストの名前を言い切ると、会場が皆の歓声で揺れた。轟く声には興奮や歓喜が混じっている。さすが人気急上昇中のバンド。予想以上の盛り上がりに俺は思わず圧倒されてしまう。
リコさんを見ると、彼女もまた驚きを隠せないようだ。「えっ? ええっ?」と声を上げたまま扉の方に目を向けている。皆が注目する扉が開かれると、再び会場が揺れた。
「今日、このパーティーを企画してくれたリコさん。あなたがいなければ、わたしたちはこんなに素晴らしい時間を過ごすことはできませんでした。リコさん、本当にありがとうございます!」
バンドがステージに上がる直前に、俺は観客たちに向かってそう告げた。ステージ前にいるリコさんにスポットライトが当たると、皆も彼女に惜しみない拍手を送る。リコさんは自分に向けられる喝采に戸惑いながらも控えめな会釈をした。
バンドのメンバーの準備が終わったところで俺はステージを降りる。彼らが出てきた扉の前に立っているダーシーが得意気に笑う。
「ゾーイ! サプライズ大成功だね!」
ステージを降りた俺にジアが駆け寄ってきた。
「うん。でもまだこれで終わりじゃないよ」
俺が会場の入り口に目を向けた瞬間、息を切らしたリコさんが俺の名前を呼ぶ。
「バンドを呼ぶなんて知らなかったよ! どうして彼らを呼べたの?」
リコさんの瞳はまん丸になっていて、おもちゃのように艶々して見えた。
「俺の中学の時の家庭教師なんです」
「えっ?」
すかさず話に入ってきたダーシーの方を向き、リコさんは驚嘆の声をあげる。
「あのドラムの人です。大学生の時、家庭教師のバイトしてたんですよあの人。そこから仲良くしてもらってて。今回、最高のパーティーがあるから来れないかって頼んでみたんです。そしたら、案外あっさり引き受けてくれて。面白いこと好きな人たちなんで、あの人たち」
早速観客たちを沸かしているバンドのメンバーを見やり、ダーシーは腕を組んで砕けた笑い声を出した。
「で、でもっ! それならそうと教えてくれればよかったのに……!」
それはそうだ。報連相はどんな場面においても大事なはず。でも例外だってある。今回に限って言えばまさに例外に当てはまる。でもまだ理由が言えない。もどかしくて俺は不器用な笑みで誤魔化すことしかできなかった。
とはいえリコさんもバンドのファン。俺に疑問を呈しながらも次第に彼らの曲に気を取られていく。
「ねぇ。まだかな」
耐え切れず隣のジアに囁いてみる。ジアは時計を見た後で遠くへと視線を投げた。ちょうどその時。
会場の入り口に俺たちが待ちわびた人物が現れる。
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