27 お節介
パーティー準備における俺の役割は、まぁ大体がアシスタントみたいなものだった。パートナーであるライリーがいないことに不安を覚えていたリコさんだったが、俺にしてみれば何が不安なんだろうってくらい彼女はてきぱきと物事を進めていった。確かにはじめは会場に拘り過ぎていたせいか準備が遅れていた。しかし、もうだいぶ巻き返していると思う。
最初に廊下で話した時は明るくてほんわかとした人だなと思っていたが、いざ準備に取り掛かると人が変わったように凛々しく見えた。俺に対して優しくしてくれるってことには変わりないけど。
主にロボットちゃんたちとばかり働いていた俺としては、こんな上司がいたら、ついて行きたいって思うことがあったのかなとしんみり考えてしまった。
リコさんがパーティーのコンセプトとして掲げたのは”真夏の雪景色”。あくまで燦然とした太陽の光が降り注ぐビーチという体で会場を飾り付け、そこにあり得ない雪が降ってきたというテーマだ。だから背景は夏らしいものを揃えても、小物には雪だるまといった冬っぽいものも用意している。会場に流す曲は最近人気のバンド”if you wanna”。リコさんとライリーが初めて一緒に踊った時に彼らの曲が流れていたかららしい。ライリーには会ったことがないけど、リコさんがライリーのことを大切に思っているということはよく分かった。
リコさんの頭の中には完璧なプランが描かれていた。俺は彼女が理想とするパーティーを現実のものとするため一緒になって奮闘する。招待客のリストはジアがまとめてくれて、リンエも当日のスタッフ集めを手伝ってくれた。リコさんは彼女たちにも感謝をしていた。
夏休みが近づいているというのにパーティーの準備で頭はいっぱいだ。
休みが待っているなんて実感もなく、俺は当日出す食事の内容が載った書類を確認しながらパンを頬張る。
周りの生徒からもブルスケッタパーティーに関する話題ばかりが聞こえてくる。誰に誘われた。どこのパーティーに行くか。誰と一緒に行こうか。主催側ではない生徒たちは、一足早く夏休みを満喫しているのではないかと思えるくらい楽しそうだ。だけど俺も負けないくらい楽しんでいる。考えることばかりで忙しいのは本当だけど、それすらも楽しい。当日遊びに来てくれた人たちが喜んでくれたらきっともっと楽しい。三年間パーティーを仕切り、今年は一人でホストを務めるリコさんの想いが報われる。それは、皆の笑顔でしか満たすことが出来ない。
リコさんは本当に人を楽しませることが好きなようだ。
一緒に準備を進めてきて、彼女の考えていることもだんだんと分かるようになってきた。
三年間、パーティーバトルの結果も心のどこかでは気にしていたのかもしれない。ミスコンと違って進路に影響することはなく、ただの称号として扱われるけれど。それでも彼女のようにおもてなしの心に溢れた人間にしてみれば認められることは嬉しいはずだ。人の心の反応なんて本当は数字では表せない。だからこそ、そうやってこじつけでも目に見える結果になることもある意味ではモチベーションになるはずだからだ。
彼女のパーティーが良い結果に終わればいい。そうは思うものの、俺には少し引っ掛かっていることがある。ゲストを楽しませるのはいい。でも、三年間走り続けたリコさんは心の底からパーティーを楽しむことはできたのだろうか。
パンをもう一口食べ首を捻る。
俺はただ手伝いをしているだけだ。それでも、これで大丈夫なのか、と自信を失いかけることもある。なら、主催のリコさんはもっとかもしれない。
パーティーは当日が終わるまで失敗か成功かが分からない。
不透明な結末が分かってもなお、じゃあどこが駄目だったか、どこが良かったのかと気になってしまうかも。
それじゃあパーティーは楽しめない。
これまで人のために駆け抜けてきたリコさん。
そんな人が、最後のパーティーで思いきり楽しめないのは如何なものだろう。
「うーん……」
唇の横についていたパンくずがポトリと落ちた。
ライリーがいなくとも、俺やジア、リンエで彼女のサポートはできている。ならば、ここはもう少し背伸びをしてみてもいいんじゃないか。
書類から顔を上げれば、近くの木のそばで何人かの生徒が輪になっているのが見えた。
見知った顔もいて、俺は思わず視線を留める。
「じゃあ、皆よろしくな」
彼は集まった生徒たちに合図をし、輪になっていた生徒たちは散り散りに消えていく。
「……ん? あれ? ゾーイ?」
皆を見送る彼は、真っ直ぐに自分を見つめている眼差しに気づいて口を半開きにする。
「ダーシー。もしかしてサークル活動?」
そう。そこにいたのはダーシーだ。恐らく、緑化サークルの集まりかなんかだと思う。
「そうだよ。定例みたいなもの」
「ふふ。昼休みにやってるの?」
「放課後だと、来れない奴もいるからさ」
ダーシーは俺が座っているベンチに腰を掛ける。
「もうすぐ夏休みだからさ。休み中の活動についても話し合ってるわけだよ」
「へぇ。もうすっかりリーダーって感じだね」
「サマになってる?」
「うん。上出来だと思う」
わざとらしく余韻を持って褒めると、ダーシーは緊張感のない顔で笑う。
「ゾーイは? それ、まさかランチのリストってわけじゃないだろ?」
俺が手に持っている書類を見やり、ダーシーはニヤリとほくそ笑んだ。
「うん。違う違う。これはね、今度のブルスケッタパーティーで出す料理の決定稿だよ」
「ゾーイ、パーティー開催するの?」
ダーシーは目を丸くして俺の顔を見る。
「それも違う。リコ先輩って知ってる? 毎年ブルスケッタパーティーを開催してる先輩なんだけど」
「あー。なんか聞いたことあるかも。パーティーバトル上位の常連だろ? 俺も去年彼女のパーティーに行ったような気がする。ラーシャと一緒に」
「そうなの?」
「うん。ラーシャがライリー先輩と知り合いで。ライリーさん、超優秀な生徒だったからさ。生徒会役員でもあった。ミスコンで目立ってたラーシャに色々と期待してたみたい。自分は大学から声がかかってさっさと卒業しちゃったけどさ」
ダーシーは彼のことを思い出そうとしているのか目を細める。
「じゃあゾーイ、リコ先輩のパーティー手伝ってるの? そういえばライリーさんが卒業したから、今年はリコ先輩一人だよな」
「そうなの。声をかけてくれたから、わたしもぜひ手伝いたいなって思って。大変だけど楽しいよ」
「まったく。ゾーイはお節介症だなぁ」
「それ褒めてるよね?」
「もちろん」
いや、からかってる。
俺は抗議の目でダーシーを見つめた。
「準備は順調だよ。だけど、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
特にダーシーに相談するつもりもなかったけど、砕けた空気につい口が滑ってしまった。が、ダーシーは予想外にまともに話を聞こうとする姿勢をとる。
「リコ先輩ね、人を楽しませることが好きみたい。だからパーティーにはすごく気合いを入れてる。それはいいんだけど……。でも、彼女自身はパーティーを楽しめてるのかなって疑問に思ったの。余計なお世話かもしれないんだけど。特に今年は、ライリーもいないわけで。本当は、寂しいんじゃないのかなって思っちゃって」
あ。もしかしてまたお節介症って言われるかも。
ハッとしてダーシーを見ると、彼は顎に手を当てて何かを考えていた。
「そうだなぁ。確かに、もてなす側ってそれなりに責任もあるし、プレッシャーだよな。楽しめなくても当然かも」
あれ。意外とちゃんと答えてくれた。ダーシーの真面目な表情に少しだけびっくりしてしまう。
「そう。だからね、わたし、何かしたいなぁと思っていて」
「何か?」
「うん。当初、先輩はわたしにサプライズ案を考えて欲しいって言ってたの。でも、結局それには応えられなくて。だけどよく考えたら、今こそサプライズの時かもとも思ってさ」
言いながら、俺は自分の中で答えが固まっていることに気づく。
もし今、ダーシーにそんな余計なことをして彼女のパーティーをぶち壊すなと言われても、納得できないくらいには意志が決まりかけている。いや、出来るかどうかは別だけど。
「なるほど……」
しかしダーシーはまたしても予想外の反応を見せる。
「それ、俺も協力していい? ちょっと興味ある」
「え? でも、そんなの悪いよ」
「おいおい。何言ってるんだよ」
ダーシーはにんまりと笑って少しだけ顔を近づけてくる。
「俺が何回ゾーイに助けられたと思ってる?」
どうやら、彼もまた意志が固そうだ。
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