25 パーティーの誘い
ダレンの上質なメイクを纏った俺はメガホン片手に校内を歩き回る。ジアとリンエもそれぞれあちこちを練り歩いているから、一人になって少し心細い。でもメイクのおかげかは分からないが、なんだか少しだけ強くなったような気がしていた。心細いけど、大丈夫。本当にダレンに魔法をかけられたんじゃないかって疑った。
生徒たちも次第に俺たちの呼びかけに興味を示してくれるようになった。特に声を張り上げたりしなくても、向こうから駆け寄ってきてくれることも増えた。
着々と集まる署名。ダーシーは想像以上の早さだと興奮気味に喜んでいた。
ダレンが時間を取れる時には、俺はどんな特殊メイクの実験に使ってもらっても構わないからと申し出て、彼にメイクを手伝ってもらった。まだ一人でメイクをするには拙すぎる。けどダレンは教え方も上手で、全然出来ていなくても優しく指導してくれた。
署名活動を始めてから二週間が経った頃。ついに目標の数を超える署名を獲得することが出来た。
ついテンションが上がっちゃった俺たちはわき目もふらず歓声を上げ、肩を抱き合って喜んだ。円陣なんかも組んだけど、これ、順番逆じゃない? でも、そんな些細なことはどうでもいいか。
署名を提出したダーシーは無事に緑化サークルの本格稼働にこぎつけた。署名活動をしているうちに俺とリンエとの距離も縮まり、ジアと三人でよく一緒にご飯を食べるようになった。署名集めのために昼休みも放課後も一緒に行動していたのだから、もはやそれが普通となっていたのだ。
夏休みを目前に控えた校内は、いつにも増して浮足立っている。
長い夏休みの間はミスコンのポイント集めもお休みだ。その間は勉学に励もう。特に旅行の予定もない俺はゾーイの将来のためにしっかりと勉強のスケジュールを立てた。
それにしても随分と生徒たちがそわそわしているように見えるのは気のせいだろうか。
廊下を行き交う生徒たちの表情を眺めながら、俺は彼らの異様な興奮に首を捻った。
「ああ。そうなるかもね。ブルスケッタパーティーだし」
「ぶるすけった?」
俺の耳を見事エルフのようなとんがり耳に変形させたダレンに訊き返す。
今日はダレンのメイクモデルをする日で、テーマは妖精。既に四十分が経過していて、俺の顔は少しずつ幼くなっているところだった。
生徒たちの様子についてそれとなくダレンに訊いてみたら、耳慣れない言葉が返ってきたから俺はますます混乱した。
「ゾーイはブルスケッタパーティー行かないの? たくさんお誘いがありそうなのに」
「えっと……去年はそういうの行かなかったかな。さ、誘われなかったし」
「そうなの?」
ダレンは不思議そうな顔をしながら耳の具合を確認する。
「うん。だから……そのパーティーのことよく分かってないんだよね」
ゾーイの日記にもそんな記述はなかった。だから、恐らく縁はなかったと思うのだが。それって、学校関係あるものなのかな。
「ブルスケッタパーティは、夏休み前のちょっとした余興みたいなもんだよ。ブルスケッタって料理知ってる? イタリアの」
「うん。聞いたことはあるよ」
そんなお洒落な食べ物を口にしたことはないけどな。
「あれって、おつまみとか前菜で食べられるだろ? 上には好みの具材を乗せてさ。だから夏休み前にいくつかの趣向を凝らしたパーティーが開催されることにちなんでそう呼ばれるようになったんだって」
「へぇ」
「パーティーを開くのは決まって人気者の生徒たちだけだけど。そこに呼ばれたら嬉しいって思ってる生徒もたくさんいる。で、主催同士も結構闘志燃やしてるからさ。参加者数を競ったりしてるんだよね」
「パーティーなのに、なんだかピリピリしてるんだね」
「まぁ参加者はそんなの気にしてないし、普通に楽しんでるだけだと思うけど」
ダレンはブラシを手に取り鼻の付近に影をつけていく。おお。なんだか立体的な顔になったな。
「ダレンは? ダレンはパーティーに参加するの?」
近くにある真剣な彼の表情を見上げる。よし。今日は心臓も落ち着いてるな。よしよしよし。多分あの時のキラッとした緊張は気のせいだ。ほら、今は大丈夫だし。メイクの出来にときめいちゃっただけだな。うん。
「俺はしないよ」
「え? そうなの?」
あっさりと答えたダレンの方を見ようと顔を動かすと、ぐいっと鏡の方へ戻される。優しいけど抗えないくらいの力の強さだ。
「誘われたけど、その日は講習会があるから無理なんだ」
「メイクの?」
「そう。特殊メイクの方だけど」
「なるほど」
流石はダレン。メイクに一途だ。映画とかドラマとかでしか見たことないけど、なんかパーティーってチャラチャラしてそうで風紀も乱れてそうだしな。楽しそうだけど誘惑もたくさんありそうだ。そっか。ダレンは行かないのか。なんか、良かった。
ん? あれ? なんでほっとしてるんだ?
真顔で鏡に映る自分を見やり、口を結ぶ。
「でも、ゾーイはパーティーに引っ張りだこかと思ったのに。意外だね」
「その考えの方が意外なんだけど」
ダレンは俺の話を聞いているのかいないのか、ひたすらに作業を進めていく。合間に会話してくれるだけで、本当はさっき話していたことも忘れてしまっているのかもしれない。だけど、そんな泡沫な会話も悪くない。
俺が勝手に満足をして笑顔を作った時、開いたままの教室の扉が叩かれる音がする。
「ちょっと失礼しても大丈夫?」
ジアの声だ。俺が振り返ると、ジアがにっこり笑いながら手を振っていた。
「大丈夫だよ」
ダレンの許可を得たジアは「失礼します」と言いながら教室に入ってくる。
「どうしたの?」
机の反対側に立ったジアは鏡の向こうから俺を見る。俺が尋ねると、ジアはまたにっこりと笑う。
「ゾーイにお願いしたいことがあるって人がさっき教室に来てさ」
「え? お願いごと?」
「うん。今は不在ですって言ったら、伝言と連絡先を渡されて。用事があるからって急いでて、直接ここに来る時間はなかったみたい」
ジアはそう言って手に持ったメモに視線を落とす。
「誰だった?」
「三年の先輩。緑化サークルの立ち上げにゾーイが力添えしたってことを聞きつけて、興味を持ったみたい」
「すごい宣伝力だな」
黙って聞いていたダレンがぽそりと呟く。
「でね、その先輩、高校最後のブルスケッタパーティーを華々しく開催したいんだって。で、人手が足りないからもし協力してもらえるなら助けて欲しいって言ってたよ」
「フフフ。順調にわたしの名前が広がってるみたいだねぇ」
「だねぇ」
嬉しくて悪役みたいに笑ってしまった俺の言葉にジアが同調する。
「先輩は、何かサプライズ的な要素をパーティーに取り入れたいそうだよ。そこで、ゾーイの知恵が欲しいと」
「ははは。なんだか変な方向で名前が広がってないといいけど」
「だとしてももう遅いけどね」
「こら。ジア、意地悪言わない」
「ふふふ」
俺が目を細めると、ジアは軽やかに笑う。なんだか前よりも楽しそうに笑ってくれている気がする。少しは、彼女の心の傷も塞がってきてくれたのかな。なんて、願望に満ちたことを想う。
「で、どうする? 引き受ける?」
「サプライズ案ってのが自信ないけど……でも、断る理由はないでしょ!」
「そう言うと思った!」
ジアは勢いよく手を伸ばして連絡先が書いてあるメモを俺に差し出す。
「手伝えることがあったら言ってね。私、ゾーイの手伝いなら喜んでするから」
「ありがとうジア」
「いいのいいの。ブルスケッタパーティー、まさかの形で参加できちゃうね」
「ふふ。そうだね」
やはり去年は二人とも誘われなかったのか。
分かっていたことではあるが、やはり現実は過酷だ。
でも、今年は主催側の人間の一員として参加が出来る。
なんなら、ただパーティーに参加するよりも楽しいんじゃないだろうかとすら思う。
そう考えたら、偉く出世したものだ。
自己満足でもいい。俺はそうやって、少しずつ自分を褒めていきたいんだ。
「ダレン。このパーティーにも興味ない?」
メモをダレンに見せて訊いてみる。でも、こちらの答えも決まっていて……。
「ん。二人がいるのは楽しそうだけど。練習の時間も惜しいし。やっぱりいいかな。ありがとう」
揺るぎのないダレンの返事。
やっぱり、なんかほっとしてしまうんだよな。
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