19 ハル
花壇に苗を植えてから数日後、昼休みを迎えた俺はマジックサークルのコンテスト準備手伝いのために早々に机の上を片付ける。
同じクラスにいたマジックサークルに所属する生徒に、コンテストで披露するマジックについて感想が欲しいと頼まれていたのだ。
俺が色んなことに首を突っ込んで回っていることを知った彼女が、それならばとマジックへの率直な意見を求めて依頼してきた。高校生のマジシャン同士で競い合うコンテストらしく、彼女は今回が二度目の挑戦だという。前回の結果があまり芳しいものではなかったため、今回は気持ちを新たに新しいマジックを編み出したそうだ。一年かけて準備をして、だいぶ自信もあると言っていた。
だがサークルの仲間同士だけで評価をし合っていると外野の視線が分からず、コンテスト直前にしてスランプに陥ってしまったらしい。そこで、ゾーイに白羽の矢が立った。
マジックを目の前で見られるなんて普通にラッキーなことだし、俺は喜んで承諾した。
折角声をかけてくれたのだから購買でパンでも買って早めにサークル棟へ行こう。
そう計画を立てた俺は筆記用具を鞄に入れ、代わりに財布を手にする。さぁ出発だ。威勢よく鼻から息を吐いたところで、ジアが俺の名前を呼んだ。
ジアはミゼルと一緒に食堂へ行く予定だと言っていたがどうしたのだろう。
顔を上げると、ジアが教室前方の扉付近で俺を手招いている。
せかせかと落ち着きなく手を動かして急かしてるように見えるが、一体何事だ。
財布片手にジアのもとまで向かうと、彼女は俺の腕を肘で軽くつついて小声で話しかけてくる。
「ゾーイにお客様。ねぇ。いつの間にダレンと知り合いになったの?」
「は? だれ?」
「ダレンだよ。ダレン・ハル。C組の」
「誰?」
きょとんとしたまま訊き返せば、ジアは「いいから!」と俺の背中を押して廊下へと向かわせる。
「ジア?」
いつになく強引だ。ちょっと困惑して彼女を振り返る。彼女は俺を押し出したことなどなかったことのようににっこり笑って手を振り、そのまま食堂へと歩いていった。
「え……?」
どういうこと?
彼女の背中を見送る俺の背後に向かってコツコツと足音が近づいてきた。あ、ここ邪魔だよな、廊下だし。廊下の真ん中に立ち尽くしていた俺は慌てて場所を空けようとする。しかし。
「呼び出してごめん。ちょっといい?」
足音が俺のすぐ近くで止まると同時にサラサラとした肌感の声が肩越しに聞こえてくる。
「わ、わたし?」
「うん。あれ? 君がゾーイだよね?」
「そうだけど……」
そういえば俺にお客様がいるって言っていたような。
ジアの突飛な行動に驚くばかりで大事なことを忘れていた。
俺は慌てて身体の向きを彼の方へと翻す。もしかして、新たな依頼だったりする?
「ダレン・ハル。初めましてだと思う。これまで話したことなかったよね?」
「た、たぶん……」
正確なゾーイの記憶は分からないけど、日記を読む限りジアとラーシャ以外の生徒とはあまりまともに話したことはなさそうだった。だから、初めましてで正解だろう。
ダレンと名乗る男子生徒はラーシャよりも数センチ背が低そうだった。それでも十分背が高いから、俺は彼の顔を見上げるしかないんだけど。
しっかり視線を上げて彼のことを見てみる。と、彼の瞳を見るなり俺の目は勝手に見開いていく。
何という毛量。バッシバシの睫は眼球を守るためには強固すぎるほどの盾を築き上げ、その奥に見えるアンバーの瞳を芸術作品のように引き立てている。睫の影響もあるのか、目元は少し垂れ気味で気だるげな印象も受けた。が、それもまた彼の魅力の一つに思えた。
藤四郎時代に一度インターネットの検索で見たことがあるヘビクイワシ。まさにそれを思わせる目元だ。
「え……、えっと、わたしに、用があるとか?」
予想外の目力に圧倒されそうになりながらどうにか声を出す。
「うん。君、あのパラノーマルサークルのポスターに写ってた子だよね?」
しどろもどろな俺に対しダレンはマイペースな口調で淡々と本題に入る。
俺がこくこくと頷くとダレンも真似をするように一度頷いた。彼はラーシャほどのきっぱりとした分かりやすい端麗さがあるわけでもなく、どちらかと言えば大人しい寄りの生徒に見える。それにしてもなんだか独特の雰囲気があるな。やけに肌が綺麗だし。これが妖艶さ……ってやつ?
「あのポスター見てくれたの?」
「学校中に貼ってあるから見ないわけにはいかないよ」
「そ、そっか」
愛想笑いをしてみてもダレンの反応はあっさりとしていた。真顔が怖いわけでもないけど愛嬌のある表情をしているわけでもない。何を考えているのか読めない彼の様子に俺は少し気まずさを覚える。
へへへ、と力なく笑って彼の顔をもう一度見上げる。すると、彼の両耳がキラリと輝いた。
「あ」
そこで俺は思い出す。
前に廊下でポスターの前に佇んでいた一人の男子生徒。耳にピアスをつけて、顔はよく見えなかったけど睫だけは異常によく見えたあの人。もしかして、ダレンってあの時の?
「ん?」
記憶と目の前の顔が繋がった俺がハッとした顔をするとダレンは静かに首を傾げた。あ、良かった。一応彼もそういう反応はしてくれるんだ。彫刻の如く微動だにしない表情のままだと、本当に彼は人間なのかと一瞬疑ってしまいそうになる。
「ポスターを見て、パラノーマルサークルのユキに訊いてみた。あれは誰なのかって。そしたらゾーイだって教えてくれて」
「で、会いに来てくれたの? わざわざ?」
「うん。ユキが、君は頼りになるって言ってたから」
「ゆ、ユキが?」
「うん。何かおかしい?」
「ううん」
なんだよユキ。ちょっと怖い顔をしているけど、知らないところでそんなことを言ってくれるなんて随分と優しいじゃないか。俺が妙にジーンと感動している間にもダレンは言葉を続けた。
「俺、今モデルを探してるんだ」
「モデル?」
何のモデルか分からないけど、それはちょっと俺は適役ではないような。反射的に眉をひそめた俺を見て、ダレンは不思議そうに睫を上げた。
しかし特に何を言うわけでもなく、彼はサラリと話を進める。
「そう。俺、メイクアップアーティストの勉強をしてるんだ。けど、最近皆忙しいのかなかなかモデルになってくれなくて。拘束時間が長いから避けられてるのかも。だからもしゾーイが良ければ、ちょっと手を貸してもらいたいなって思ってさ」
メイクアップアーティストだと?
あまり耳慣れない言葉に俺は首を傾げる。ダレンは鏡のように俺と同じ方向に首を傾げた。
「どうかな? でも、まぁ確かに時間かかるから、無理にとは言わないけど」
いやいやいや。皆が避けているのなら尚のことここは力になるべきだろう。
彼の美麗すぎる瞳に見つめられ続けているのもちょっと心臓に悪いし、ここはすぐに返事をしよう。どのみち俺に悩む選択肢なんてないし。
「大丈夫。ぜひ力になりたい」
「ほんと? いいの?」
ダレンの表情にようやく少しの変化が訪れる。目を開いた彼の瞳に光が入り込む。嬉しそうに口元を緩め、俺は初めて彼の笑顔を見た。
「……うんっ。もちろん!」
メイクとか、俺はまだよく分かってないけど。
人が嬉しそうな顔を見ると、やっぱり自然と感情が伝播してきてしまうな。
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