14 見くびるなかれ

 文化系サークルの部室が集まる西サークル棟。帰宅部エースのゾーイは訪れたことがなかった場所だ。

 外観は校舎よりも少し新しく、つい最近改築されたのだとシャイが教えてくれた。

 中は間接照明なんて粋な演出もあって高級ホテルみたいな雰囲気を醸し出している。

 高校生がサークル活動をするための施設にしては随分と贅沢に思えた。


「ゾーイ! こっちこっち!」


 吹き抜けの天井を見上げていれば、三階で大きく手を振っているシャイの姿が見えた。

 柵に手をつき身を乗り出して呼ぶものだから、彼が落っこちてしまわないか若干心配になる。

 俺は急いで階段を駆け上がり彼のもとへと向かう。


「来てくれてありがとうね! ゾーイ!」

「ううん。わたしがやりたいって言ったから」

「ふっふ。本音を言えば僕たちは君が名乗り出てくれて大助かりなんだよ」


 シャイはくすくす笑って愛嬌のいい表情をする。ちょっと笑い方が独特だ。


「ここが僕たちのサークルの部屋。パラノーマルサークル。どうぞいらっしゃーい」

「お邪魔します」


 ふわふわと笑いながら彼は目の前にある白い扉を押す。

 俺は彼に小さく会釈をしてから控えめに部屋の中へと足を踏み入れた。


「おう。来たか」


 すると上席で腕を組んでいたユキが靴を踏み鳴らして立ち上がる。


「わざわざ悪いな」


 ユキは流れるような仕草で机を囲む椅子を一つ引く。これは、そこに座れってことか?

 彼の自然なエスコートに戸惑いながらも俺は彼にお礼を言ってからその席に座る。

 腰を下ろした瞬間、ユキが椅子を前に押してくれた。な、なんだよ。態度によらず紳士だな。妙にどぎまぎしてしまう。胸の底で小さな恐竜が自分を守っている殻をつつき回る感覚だった。


「え、えっと……。それで、このパラノーマルサークルは、超常現象を扱っているんでしたっけ?」


 変な感覚が気持ち悪くて、俺は席に戻るユキに尋ねる。ユキの目元は見ているだけだと冷涼すぎてちょっと怖い。だが彼は別に怒っているわけでもなく、顔つきに気迫がありすぎるだけなのだ。


「ああ。そうだ。去年までは四人で活動してたんだけど、先輩が二人卒業して三人になった。一年のシャイが入ってくれなかったら壊滅的だったな」

「僕、救世主?」


 机に肘を置き、ユキは嬉しそうに笑うシャイに向かって冷ややかな視線を向ける。親しいからこそ許される冷めた眼差し。シャイは気にすることなく「ふっふ」と頬を掻く。


「心霊現象をはじめとした超科学的な現象。俺たちはそれを解析して研究する。ゾーイは幽霊とか怪奇現象とか信じてる?」


 机を挟んで俺の向かい側に座っているヤクモが俺を試すようにじっと見てくる。彼の眼鏡の奥のこげ茶の瞳の瞳孔が開く。

 正直、信じてはいないんだけど……。

 でも今この部屋で馬鹿正直な感想を言ったらめちゃくちゃ失礼だし、じゃあ何しに来たんだよって思われる。

 俺は恩着せがましくお節介をしていくって決めてるけど、その心を全開にしすぎると好かれるどころか彼らに嫌われる。浅ましい。いや、めげるな。ここは嘘をつくしかない。


「うん。信じてるよ」


 意外とあっさり嘘がつけた。ようは藤四郎時代に見た有名なホラーコメディ映画の登場人物だと思えばいい。あれ、すごく楽しそうだったし。本当にそういう現象があるなら好奇心で体験してみたいものだ。……すでに、摩訶不思議な体験はしているけどさ。


「うわぁっ! 僕、そう言ってくれる人にこの学校ではじめて出会ったよ! この二人は除いてね」


 シャイが嬉しそうに頬を綻ばせる。罪悪感が巻き上がりそうで、俺は彼からゆっくり視線を逸らす。


「シャイの言う通りだ。この学校の奴らは頭が固い。超常現象のことなんてこれっぽっちも信じてくれない。だからいつもこのサークルは閑古鳥が鳴いてるんだ。そのせいで予算も貰えず、活動だって満足にできない」


 ユキが腕を組んでつまらなそうに呟く。


「ゾーイ。今度俺たち、ずっと調査したかった廃墟に行く許可が貰えたんだ。あそこの管理人は厳しくてね、一年くらい粘ってようやく掴んだチャンスなんだよ」

「その廃墟に何かあるの?」


 ヤクモの声が生き生きとしだしたのは俺が現象を認めてると答えたからだろうか。俺の質問に彼は人差し指を立てる。


「怪奇現象が起こるんだ。幽霊が出るって噂で、だんだんと建物が苔むしていく。苔なんて自然に生えると思うだろ? でもね、その速度が凄いんだ。壁一面が昨日まではなかった苔でびっしりと埋まる。古い苔も奇妙な色に変わっていく。一体何が起きているか気にならない?」

「う……うん。ちょっと気持ち悪いね」

「でしょう? 近所の人たちも気味悪がって近寄らない。不気味な館をどうにかしたいけど怖くてできない。触らぬ神に祟りなしってやつ。でも、本当のところは一刻も早く問題を解決したいはずだよ。俺たちはそのきっかけをつくるんだ」


 ヤクモは最後ににっこりと微笑む。思ったよりも真っ当な理由で調査を進めるんだ。俺は素直に感心してしまって雲のような声が漏れる。


「まだ調査は先なんだけど、それまでにどうにか予算を増やしたい。僕たちのバイト代だけじゃ難しくて。学校サボったら親に即バレて調査に行かせてもらえなくなるから」

「それは大変」

「せめてあと三人。いや、二人でもいい。メンバーが増えてくれれば……」


 思い悩むユキの眼差しはどんどん険しくなる。しかし意外と低いハードルだな。


「これまでメンバーの勧誘はしてきた?」

「ああ。新年度始まってすぐにな。だが誰も超常現象になんて見向きもしない。所詮はオカルトだって思われて終わりだよ」

「手厳しいんだね」

「ちゃんとポスターも作ったし、チラシも配った。でも、全然効果なかったんだよ」


 シャイが悔しそうに眉尻を下げた。


「どんなポスターを作ったの?」

「あっ。えっと……これだよ」


 ヤクモはきょろきょろと部屋を見回した後で近くにあった低い棚から一枚の紙を取り出す。

 受け取って紙面を見てみれば、おどろおどろしいホラー映画を彷彿とさせる暗ーい色が飛び込んできた。

 濁りきったどぶ川のような背景に白い人影が浮かび上がっている。え、怖。多分ホラー映画の広告だったら震えあがるほど怖いし的確なのかもしれない。だがこれはサークルの勧誘ポスター。こんな恐ろしいものを見せつけられて、よし、入ろうと思う者は勇者しかいないだろう。


「どうかな? ゾーイ」


 シャイの真剣な瞳がずいっと傍による。いや。これは……。お世辞にも”いいね!”とは言えない。


「えっと……えっとね……」


 必死に言葉を探そうとする。ユキは俺の泳ぐ目を見てため息を吐いた。


「いいよ。正直に言ってくれて。デザインセンスがないことは俺たちもちゃんと自覚してる」

「本当!? それは良かった……!」

「容赦ねぇな」


 ユキが渇いた笑い声を漏らす。あれ。笑うとちょっと親しみやすそう。


「ゾーイ。君、デザインとか得意?」


 ヤクモが興味津々で尋ねる。


「得意ってわけじゃないけど、もっと違うデザインがいいってことは分かる」

「はは。だよね」

「まず、新人を勧誘するには印象的なチラシやポスターで興味を惹きつけなくちゃ。デザインに拘ればいいってわけでもない。サークルのことをちゃんと分かってもらえる、読みやすさとかも大事。皆が一番気にするのって活動内容でしょ? このポスターには、そういうことが書かれてない。これだと、ただ呪われるかもって不安になっちゃう」


 机の中央にポスターを置き、白い人影を指差す。


「もっと明るくて、楽しいってことを伝えた方がいいと思う。三人とも、ただ研究するだけじゃなくて人を助けるためにも活動しているんでしょう? そういうことを知ってもらわなくちゃ勿体ないよ」


 ユキは腕を解いて俺の意見をじっと聞く。やっぱり眼光は鋭い。たぶん、集中してるからなんだろうけど。


「あと、サークルの雰囲気も大事な判断材料になる。シャイはいい。ヤクモもミステリアスだけど怖くはないから大丈夫。ユキは真顔だと怖いから、もっと笑ってもいいかも」

「ふっふ! ユキ、言われちゃったねぇ!」

「うるさい」

「入った場合のメリットを示すことも大事かも。研究をして何を得られるのか。一緒に同じことに打ち込める仲間を作れるってだけでもいいと思うよ。このサークルは特殊だし、他では体験できないことが出来る。それってすごくいいことだと思う。青春は一瞬だしね」


 最後の言葉に力を込め過ぎたのか三人は少し違和感を覚えたみたいだ。互いに目を見合わせる。


「もちろん、しつこく誘うのはご法度だよ? 強引な勧誘は悪い評判に繋がる。そこは、三人なら問題なさそうだけど。……とにかく、活動内容を明確に、そして、楽しくてやりがいのあるサークルだって伝えること。これをクリアしなくちゃね」


 俺が言い終えると、ユキは既存のポスターに目を落としてから俺を見やる。


「…………どうすればいい?」


 迷える子羊のようだ。俺はキリッと眉をあげて自らの考えを話す。


「まずはポスターのデザインを変えよう! わたし、モデルになるから」

「……え?」


 三人の声が重なった。

 驚く三人に向かって親指を立てる。

 今、すっごい名案が思い付いたんだ。

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