15 ずるい人
完成したポスターを見つめ、最初に口を開いたのはユキだった。
「……悪くないな」
ボソッと呟いたユキの言葉を聞いたシャイは即座に彼の肩を叩く。
「悪くないどころじゃないよ! 最高じゃないか!」
思ったよりも強い力だったのか、ユキは叩かれた箇所を撫でて苦々しく笑う。
「ゾーイ。このポスターなら目立つし、見てもらえる気がするよ」
ヤクモも眼鏡を光らせて満足そうに口角を上げた。
「良かった! じゃあ早速、貼りに行かないとだね」
「ああ。そうだな」
俺がちょっと重めのポスターの束を手に取ると、ユキが違和感のない動きで俺から束を拾い上げる。
「じゃ、行くぞ」
素っ気無い声で踵を返すユキ。さり気なく束を持ってくれたけど、もしかして気を遣ってくれた? 慣れない体験に全身が一度固まる。
「ゾーイ」
「へっ? はいっ!」
「置いてくぞ」
「あっ……! ま、待って……!」
ドタドタと乱雑な足音を立ててユキたちを追いかける。
なんか心がぞわぞわする。気味が悪いんじゃなくて、どちらかというと……浮足立つような……。
えっ。どういうこと? 俺、もしかしてときめいてんの!?
ついに殻にヒビが入り、ゾーイの心の奥底に秘めた乙女心が目を覚ます。
俺はそんな感覚が信じられなくて、見て見ぬふりをしながら俯きがちに三人の後に続いた。
確かに俺はゾーイ。ゾーイは女の子。でも、藤四郎は男。じゃあ、俺は……?
奇妙な感覚が受け入れきれない。俺はどうにか忘れるためにポスター掲示に精を出す。
黙々とポスターを校内中に貼り続け、もう残り一枚というところまで来た。
時折、通り過ぎていく生徒たちがポスターに興味の眼差しを向けてくることもあった。
幸先は上々。あとは実際に入ってくれる生徒がいればいいんだけど。
最後の一枚を校内で一番目立つ掲示板に貼り、一仕事終えた俺は両手を腰に当てて傑作を見上げる。
まず目に入ってくるのは中央にでかでかと写るゾーイの顔。コミカルな表情をして、お化けに扮してまるで檻に捕らえられちゃったみたいなポーズをしている。全体的な色合いはポップなものにして、フォントも読みやすく賑やかなものにした。きちんと活動内容も明示して、怪奇研究をするだけではないと伝える。俺の間抜けな表情も相まって、なかなか楽しそうな紙面が出来た。
藤四郎の時に見た映画のイメージを参考にしたから、デザインとしても悪くはないだろう。
「ふふっ。メンバーが増えるといいね」
上出来なポスターに満足した俺は後ろにいるユキたちを振り返って笑う。期待に満ちて、つい笑顔になってしまうのだ。
「ああ。いっそのこと、ゾーイが入ってくれればいいのにな」
「ぅえっ?」
ユキがニヤリとからかうように言う。驚いて気の抜けた声が出てしまった。不意打ちだ。
「ほんとほんと。そうしたらすごく楽しいだろうなぁ」
「ね! ゾーイ、ちょっと考えてみてよ!」
ヤクモとシャイも乗り気なのかニコニコとしている。
「え、えっと……それは……」
別に彼らの活動についてはもう疑問にも思ってないけど。でも、俺は今、それよりもやることがあるわけで。
「まぁ、俺たちはいつでも歓迎だから。その気になったら教えて」
「う、うん……」
ユキはポンッと俺の頭を叩いて片付けに入る。しゃがみ込んで画鋲の箱を確認するユキ。彼は何事もなかったかのように冷静だ。だが俺にしてみれば、ユキの大きな手が頭上を一瞬包み込んだだけで緊急事態なんだ。
「くそぅ……」
なんだか彼が恨めしくなってきた。天然人たらしめ。
俺は乙女心が再発しないようにブンブンと邪念を振り払い、もう一度ポスターを見上げる。
まぁ、彼らの希望が叶うことは俺にとっても嬉しいことだけどな。
ユキたちのサークルのポスターは、すぐに校内でも話題になった。
流石は一流現象を巻き起こした映画を元につくったポスター。こっちの世界では同じような映画はないから、なんだかズルしたような気持ちにもなるけど。誰も知らないから比較されることもないとはいえ。ちょっと気分的に。
だけど評判がたちまち広がったおかげか、サークルにお試しで入ってくれる生徒がいたり、実際に所属することになった生徒もいるみたいだ。なら、良かったかな、と思わなくもない。
ジアは俺が前面に写し出されたポスターを見てあんぐりと口を開けていた。彼女の無言の問い詰めに、俺は笑うことしかできなかった。彼女にしてみれば俺は意味不明なことばかりしているのだろう。しょうがないとはいえ少しだけ寂しい。
今日も何か些細なことでもいいから出来ることはないかと思って校内を歩き回る。
荷物運びでも喧嘩の仲裁でもいい。目を光らせながら歩けば、毎日何かしらの手助けが出来ていた。
ふと掲示板に目が行く。この前ポスターを貼った箇所。その前に、一人の男子生徒が佇んでいた。
学校にはたくさんの生徒がいるから、彼が誰だかは分からない。スラッとした体躯で、耳に小さなピアスをしている。斜め後ろからの姿だからハッキリと表情は読めない。やたらと睫が長くて量も多いせいなのか瞳が見えず気だるげな雰囲気をしていた。
俺が傍を通り過ぎる間、彼がポスターから目を離すことはなかった。
もしかしたら、また新メンバー加入かも?
そんなことを微かに思いながら、俺は自分が進む先を目指した。
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