13 盗み聞き
ミゼルへの個別指導は早速次の日から始まった。
場所は図書室。教室を使ってもいいけど、この学校の図書室には通常のエリアから隔たった相談スペースなるものがあり、そこなら声を出しながら作業をしてもいいことになっている。そっちの方が教室に居残るよりも気楽かなと思い、俺はミゼルに図書室に来るように伝えた。
静寂のルールが敷かれた読書エリアを通り過ぎ、大きめの丸い机がいくつか置かれたエリアへと向かう。
すでに他のグループの人たちが何か会議をしていた。隣のエリアとは違って、こちらは微かな活気がある。
ミゼルと俺は端にある机を囲み、彼女が一番苦手だという物理の教科書を開いた。
俺もそんなに物理は得意じゃない。ドキドキ緊張しながら解説をはじめる。ミゼルの期待に満ちた表情が俺の方を向いていて、何度か言葉に詰まりそうになった。しかし、俺がとちりそうになっても脳が即座に知識を拾い上げてくれた。ゾーイがインプットした数々の教養がスラスラと口から出ていく。俺が喋っているのに、自分に感心してしまいそうだった。
ゾーイの説明はとても分かりやすかったと思う。俺ですら勉強になる。なんだか変な感じだ。
ミゼルも合間でこくこくと頷きながらメモを取り、問題に挑む。
教科書を開いたばかりの彼女は深刻な表情をしていたのに、しばらく経った今は少し表情が明るい。
恐らく、ミゼルにとっても理解しやすかったのだろう。
「イェスズさん! 解けました!」
嬉しそうに声を弾ませ回答を見せる。
「うん。よくできてる。飲み込みが早いね」
無邪気な彼女の反応を微笑ましく思いながら、俺は教科書の次の章をめくった。
ゾーイの講義は順調に進んで行き、ここまでの総括として数問のプチテストをミゼルに出す。
ミゼルは「今なら出来る気がします!」と意気込んでペンを握りしめた。
彼女が回答している間、手が空いた俺はなんとなしに教科書をパラパラとめくる。テストの時間は七分。ぼぅっとページを追いかけながらストップウォッチの画面を視界に入れた。クルクルと時間が秒速で流れていく。ぴったり七分で止めることができるかな。ぼんやりとそんなことを考えていると、近くに座ったグループの会話が耳に飛び込んできた。グループの一人がちょっと大きな声を出したからだ。
「なんだよ! じゃあ今度の調査は諦めるのか!?」
興奮気味の男子生徒の声が一度響いた後で、仲間たちが彼を静めようと窘める。
ミゼルは彼の声を気にもせずに黙々と問題を解いていた。手持無沙汰な俺はストップウォッチから目を離す。
「よくないけど。だけどもう少し人数が集まらないと先生たちもそこまで予算くれないんだよ」
「所属人数によって金額は変わる。俺たち三人しかいないから、最低限しか予算は出ない。ユキも分かってるだろ?」
揉めているのは三人の男子生徒だった。もう容姿について言及するのは無駄だ。
彼らは机の真ん中に向かって顔を突き合わせ、反省したのか声を落とす。
「分かってるけど。俺たちが自腹で出せるのも限界がある。でも今度の廃墟調査は千載一遇のチャンスだ。せっかく許可が取れたんだぜ。二度目は無理だ。万全の体制で挑みたい」
「そんなの皆同じこと思ってる。僕だって手を抜きたくなんかないよ」
「ユキの親に援助を頼むのは?」
「駄目だ。馬鹿な活動はやめろって言われてるんだぞ。手を貸してくれるわけないだろ」
「ええー……残念」
なんだろう。
彼らが何を揉めているのかが気になって、俺の耳は徐々にそちらの方向へと傾く。プチテストの終了まであと四分。
「でも調査までまだ少し時間がある。それまでにバイトでどうにか足しになるように頑張るよ」
「ヤクモありがとう。僕ももっとシフト入れるかお願いしてみる。あと……どうにかもう少しメンバーが集まればな……」
「ああ。候補生でもいいから人が来れば、一番いい解決策なんだけど……」
ユキと呼ばれた生徒が項垂れながら喉を鳴らした。
どうやら三人は何かしらのサークル活動をしている仲間のようだ。廃墟調査とか言ってたけど、建物関係のサークルなのかな。
サークルは生徒たちが申請をして認められれば正式なものとして活動を始められる。第三者による推薦申請ってのもあるらしく、俺はそれを避けたくてよろず屋を主張しない。
でもサークルとして認められることにももちろんメリットはある。
彼らが言っていたように、学校側から予算を貰えるのだ。
所属人数によって段階があり、三人しかいないらしい彼らのサークルはどちらかと言えばあまり予算を貰えない方だろう。彼らは明らかにそのことについて嘆いている。
もしかして何かお手伝いすることが出来たりするかな。
ストップウォッチをちらりと見れば、残り時間は二分を切っていた。
「ユキ。俺とシャイでどうにか資金は集めてみる。だけどやっぱり、俺たちの活動をもっと校内に広める必要がある。ユキの方で、もう少しメンバーを集められたりしない?」
「先を考えたらその方がいいよな……。でもなぁ……」
ユキは頭を抱えてうんうんと唸る。何をそんなに悩むことがあるのだろう。
藤四郎時代に見た大学のサークル勧誘の熱意を思い出して俺は不思議に思う。
俺は声をかけられるはずもないしただ見ていただけだけど、受け取らないと前に進ませないぞと言わんばかりにビラを配ったり、ひしめき合うようにしてポスターを貼りつけていた光景は印象的でよく覚えている。とにかく目立ち、人の気を引く。そうやって、限られたパイを奪い合っていた。
この学校でもサークルの宣伝はたまに見かけるし、彼らも同じことをすればいいのにな。
他人事だからか、俺は短絡的な助言を頭の中で唱えた。
あ。でも、プロモーションが苦手な人ってのもいるものだし、もしかしたら三人とも上手くサークルのことをアピールできていないのかも。それだったら……!
ピッ
ストップウォッチを七分ぴったりで止め、俺はガタッと席を立ちあがる。
ミゼルは俺の顔を追いかけるようにして瞳を上げ、何事かと驚いていた。
「ちょっと待っててね、ミゼル」
「え? あ、はい……」
動かしていたペンを止めたミゼルは目を丸くしたまま頷く。
今動かないと駄目だ。考える隙を与えたら諦めが先に出てきてしまう。癖って簡単に消えないし。
俺はどんよりとした空気を纏っている三人組へ、つかつかと距離を縮めていった。
「あの。ちょっと聞いていたんですけど……」
「えっ!?」
突然話しかけてきた部外者の俺に対し、三人は一斉に顔を上げて驚嘆の声を出す。そんなにびっくりされてしまいますか。まぁ、急に知らない人が話しかけてきたらこうなるよな。
気を取り直して俺は肩より下で手を上げる。
「皆さんのサークル活動のお手伝いが出来ると思うんです。あの、新しいメンバーを集めたいんですよね? わたし、少しだけなら勧誘の方法思いつきます」
実際にやったことはないけど。客観的に見てきた分、大学時代の周りのやり方ならよく記憶している。
「えっと……。それ、本当?」
シャイという名の生徒が慎重な声色で訊き返す。
「はい。あ。でも、別に無理強いするつもりは……。もしよければ、手伝わせてくださいってことで……」
押し付けるような形になってしまっては彼らも気が乗らないだろう。俺は慌てて付け加える。
三人は顔を見合わせて無言で会話をする。アイコンタクトだけで何か意見を交換していることだけは分かった。
「……なるほどね。そうしたら、君のアドバイスを聞かせてくれ。どうせ俺たちだけじゃ、案なんて限られてる」
ユキが腕を組みながら俺を見上げる。ツンツンしてるけど礼儀は正しそうだ。
「いいんですか?」
「君が申し出てくれたんだろ?」
「あっ。そうですよね」
いけない。ユキ氏の眼光に負けそうになってしまった。
これは、お手伝いしてもいいってことだよな?
「Oh, my! ありがとうございます!」
「どうして君がお礼を言うの?」
ヤクモが大袈裟に首を傾げる。確かにちょっと噛み合ってなかった。
「君、名前は?」
「ゾーイです。ゾーイ・イェスズ。二年生です」
ユキに尋ねられ、俺は自己紹介をする。顔だけじゃなくしっかり名前も売らないとな。
「ゾーイ。俺はユキ。こっちはヤクモで、こっちがシャイ」
「はい。よろしくお願いします」
シャイは小さく手を振ってきてくれた。なんだか子犬みたいで人懐っこい顔をしている。
「……で、皆さんのサークルって、何をしているのでしょうか?」
大事なことを聞いていなかったと、互いの名前を知ったところで改めて尋ねる。
三人は目を見合わせ、まるで悪童のようにニヤリと笑う。なんか得意気に見えるのは気のせいか。
「超常現象研究会だよ」
「…………へ?」
思わぬジャンルを耳にして、顔から力が抜けていく。
「あの……ゾーイさん?」
後ろからはミゼルの愛らしい声が俺を呼んでいた。
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