第4話 綾子の旅路
八月八日の朝、綾子は陽光の眩しさで目が覚めた。太陽はもう昇っていて、日よけと窓の隙間からも日光が差し込んでいた。
時計を見ると、もう六時半を回っていた。いけない、あと十五分で東京に着く。
夜行列車でこんなに熟睡できるなんて、相当疲れが溜まっているのかもしれない。
髪に手をやると、夜中座席に押し当てられていたため、三つ編みがかなり崩れている。綾子はゴムを一度外し、再び丁寧に髪を結い直した。
日よけを上げて、窓の外を見た。見渡す限りに建物が連なっている。
そして、その向こうににょきっと生えた三角形の塔は……東京タワーだ。
綾子は思わず息を飲んだ。朝陽を受けて輝くオレンジ色の東京タワーは、とてつもなく綺麗だった。
「東京に行きたい」と口癖のように言っていた清彦に、見せてあげたい。綾子は強く思った。
東京駅で「瀬戸」を降り、構内の売店であんパンを買った。まだ早朝だというのに、驚くほど沢山の人がいた。自分のような旅行者もいるが、多いのはサラリーマンだ。夏なのに、あんな鼠色の長袖のスーツを着込んで大変そうだ。
清ちゃんもあんなスーツを着て、こんなに人が多い東京で働きたかったのかしら……。
綾子は人ごみをすり抜けて、山手線に乗り換えた。上野まで行って、今度は急行「みやぎの」に乗る。そうすれば、あとは仙台まで一本だ。
東京-上野間はたった四駅しかないので、あっという間に上野に着いた。まだ次の発車までに少し時間がある。綾子はホームのベンチに腰掛けて、水筒のお茶を飲み、あんパンを食べた。
幾重にもなったホームに、電車が頻繁に行き交っている。その先に、こんもりとした森が見える。あれが有名な上野公園だとしたら、森の向こうには動物園があるはずだ。
綾子は早々に食べ終わると、ホームを行ったり来たりしたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねたりしたが、やがて電車が来たので、とうとうそれらしきものを見つけることはできなかった。
「みやぎの」に乗って一時間もしないうちに、再び眠気が綾子を襲った。東京の空気に少し興奮してしまったからかもしれない。
まぁ、いいか。仙台までは五時間以上もある。綾子はもう一度目を閉じた。
次に目を覚ましたのは、十二時を過ぎた頃だった。
窓の外を見ると、一面が田園地帯だった。向こうには、平野を見守るように大きな山脈が延々と聳え立っている。雲一つない青空に、くっきりと稜線が描かれている。綾子はそれを見て、すぐに分かった。
仙台平野と、奥羽山脈。
ここは、私の生まれ育った場所だ。故郷と呼べる領域に足を踏み入れたことを悟った瞬間、涙がじわりとこみ上げてきた。
京都での四か月の生活とのコントラストが鮮やかで、懐かしさが胸に迫った。
頑張って来てよかった、くじけないでよかった。
綾子はそんな言葉を胸の中で何度も呟いていた。
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