第四章 196×年、離れた二人を繋ぐ糸
第1話 綾子の手紙(1)
清ちゃんへ
前略、お元気ですか? 仙台はもう入梅したでしょうか?
京都はじめじめとした蒸し暑い日と肌寒い日が交互に続いていますが、菖蒲や桔梗、あじさいなどが露に濡れて綺麗に咲いています。
私は元気でやっています、と言いたいところなのですが、実は今病床でこれを書いています。と言っても、ただ風邪をひいただけなので、心配しないでね。
今日は親方の好意でお休みをいただき、それから仲の良い先輩から封筒と便箋をいただいたので、清ちゃんに手紙を書くことを思いつきました。
本当は実家に書きなさいって言われたのですが、どうしてもそんな気にはなれなくて……。
実は私、ちょっと弱気になっているのです。
掃除や雑用をこなすだけの下働きは二ヶ月続きました。
伝統的な職人は下積みが年単位というのも珍しくないのでそれなりに覚悟はしていたのですが、うちの親方は実務主義なところがあるらしく、意外と短期間で済みました。
下働きの期間は、それこそ目の前にあることをこなすのが精一杯で、その日その日を夢中で生きていたように思えます。実際、あまり故郷のことは思い出しませんでした。思い出す暇が無かったのかもしれません。
六月に入って、ようやく織りの仕事に就かせてもらいました。仕事というか、正確に言うと、練習です。受注した着物をいきなり織るなんてことは、当然まだ出来ませんから。
一週間毎に親方から課題が出されて、その模様を織るのです。が、肝心の織り方を殆ど教えてもらえないのです。
流石に基本の基本はしっかりと教えてもらいましたが、後は見様見真似でやってみろ、と言われます。
試行錯誤して織ってはみるのですが、上手くいくはずもなく、悪戦苦闘しているのを見かねた先輩が、時々こそっとコツを教えてくれて、どうにか前に進めてはいるのですが、それでもまさに「牛の歩み」です。
決して私はこの環境が嫌なわけではないのです。親方にも、先輩にも、工房の方々にも、本当に感謝しています。
遠い東北の田舎から出てきた私を、邪険に扱うこともなく、「金の卵」みたいに大事にしてくれます。
嫌なのは、私自身の弱さなのです。目の前のことで精一杯で、逆境にくじけやすい自分が嫌なのです。
自分一人の足では立つこともできず、何も守れない、未熟な私。こんな風に「病は気から」を地で行っているところも嫌です。こうして熱に冒された頭でぼんやりとしていると、ふと「仙台に帰りたい」という弱音がよぎったりして……そんなところにも嫌気が差します。
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