第4話 綾子の夢
牧場は静まり返っていた。
二人は柵越しの脇道を、しばらく黙って歩いた。
何度か強い風が吹いた。遮るものの無い風は山から一気に牧草地を吹き抜けていく。長袖のシャツを着ていても肌寒い。
東北の夏はまだ少し先だ。清彦はポケットに手を突っ込んだまま、綾子は懐中電灯で道を照らしながら少し後ろをついて歩いた。
「……清ちゃん、牧場継がないの?」
あまりにも唐突な綾子の切り出しに、清彦は思わず歩みを止め、振り返った。
綾子は不安そうな顔をしていた。
「……牧場なんて、カッコ悪いから嫌だ。俺は絶対に家は継がない」
清彦はボソリと言った。そしてまた歩き出した。
「どうしてそんなこと言うの? 代々受け継がれてきた家業があるなんて、素晴らしいことじゃない」
綾子はすがるように歩みを速めた。
ついには並んだが、清彦は綾子の目を見ようとはせず、虚勢を張るように鼻で笑った。
「そういうことは、外の人間だから言えるんだよ。代々受け継がれてきた家業なんて、たとえ医者でも俺は嫌だね。俺は東京に行きたいんだ」
「東京出て、何するつもりなの?」
綾子は問い詰めるような口調で言った。清彦は顔が強張るのを感じた。
綾子は険しい目で清彦を見ていた。これじゃあさっきと同じだ。
「……何か、でっかいこと」
清彦は狼狽を押し殺すように、低い声で言った。
しかし、その言葉に中身が無いのは明らかで、清彦は言ってから後悔した。
綾子は清彦の答えに対し、何も言わなかった。
気付けば、綾子が清彦の先を歩いていた。おさげ髪が、綾子の歩調に合わせて揺れていた。
清彦はそれをぼんやりと見つめながら、いつの間にこんなに髪が伸びたんだろう、と思った。
小学生の時も中学生の時も、綾子の髪型はおかっぱだった。
高校生になって、互いが別の学校に進んでからは会う機会がぐんと減った。
そして、こうしてたまに会う度に、綾子はどんどん女らしくなっていく。
「私ね、夢があるんだ」
綾子は前を向いたまま言った。
「高校出たら、京都に行こうと思ってるの」
「京都?」
「そう」
綾子は振り返ると、笑顔で言った。
「私、着物を作る人になりたいんだ」
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