第18話 『マタ・ハリ』

唐突ですけど、私達の“主上あるじ”である領主様―――グラナティス公と、私達の同居人なかまであるサツキの仲が、あまり上手く行っていないらしい。 まあその原因を作っちゃったのは私でもあるんだけどね。


そう…私ことリルーファが姉のアリーシャの恋路の後押しをしてやるべく打った手……ダンさんと一緒にお風呂に入って、どうにかして姉ちゃんに感心を寄せさせよう―――としたんだけど、現場のお風呂には姉ちゃんの強力なライバルと言える領主様とサツキも現れ、そこで何の利益も産まない不毛な争いが勃発―――(まあ2つの胸の膨らみの“押し付け合い”ね)2人の決着がつく前にダンさんがノビちゃって無効試合になっちゃったんだけど……要はその事が原因で、あれからああいう事があってもお屋敷に通うのを止めない領主様と鉢合わせるサツキがまた―――その、なんて言うか…ねえ?(笑)

なので、あらかじめ領主様のスケジュールを押さえられている私が融通を利かせる形でサツキをお屋敷から外に出したはいいんだけれど……正直な事を言っちゃうと、私達の間もビミョーな雰囲気くうきはあったものでして、それでも私の言った事に従ってくれているサツキには感謝しかないかな。


そう言う事もあり、旬の食材の採取も終わって帰ろうかとした処、そこら辺の影から実体化をしてきた者―――そう、それはこの世界の古来より存在している、或いは歴史の影で暗躍している存在達だった。

「―――何者ですか、お前達は……」

「ほほう…鬼“姫”のおまけつきとはまた都合が好い、今回の依頼とは関係が無いが、依頼人の懸念材料でもある為ここで始末しても構わないか。」

いわゆる“暗殺”や“間諜”等、表立っては出来ない部分を依頼人からの依頼によって遂行する集団―――『マタ・ハリ』、この連中がここで動いて来たって言うのはどう言う事なの?それに今一緒にいるのは一時期その命を狙われた事のあるカーマイン候領の軍司令官鬼“姫”のサツキ……けれどそんな彼女の事を『おまけ』―――つまり今回の依頼内容に『鬼“姫”の始末』は含まれていない…と言う事はもしかすると―――!!?

「私の事を“おまけ”……と言う事は、ひょっとするとお前達の標的は―――???」

「察しが良くて何よりだな、そう言う事だ……そこにいる『ノーブル・エルフ』の1人を攫って来い……そう言う事だ。」

「(ノーブル……エルフ??)伝説上の……存在?? そんな―――リルーファあなたが!!?」

「あちゃあ~~実に最悪な展開でバレちゃったか……そう言う反応するから秘密にしておいたのにさ、こんちきしょう。」

「我々もこの眼にするまで疑わしかったものだったが、思わぬ収穫だったな!」

「あんた達の依頼人て一体誰なのさ、まあ言った処で喋ってはくれないんだろうけど、を欲しがる連中って大抵ロクなヤツじゃない事だけは確かだよね。」

「(え…)それって本当なの?」

「本当だよ―――まあこの方1500年も生きてりゃ、私や姉ちゃん狙ってくる連中の性根なんて腐りきってるって判ってるからね。」


1500年―――140年生きてきたこの私や、500年以上生きてこられたオプシダン様やグラナティス公よりも長生き……そんな気の遠くなるような年月を、こうした好奇の対象に晒されると言うのは辛く哀しい事なのだろう、けれど彼女達はそうしたしがらみにも負けず今日のこの日まで生き続けてきた、常に敵対国からこの命を狙われ続けてきた私よりも忍耐強く―――そしてなによりこの逆境を“血”に“肉”に代えてきたその逞しさ…その事実を知らなければ、あのお屋敷に同居する者の中では最年少と言う印象が拭えないでいた彼女―――それが……私より……


「おばさん??」


「(ふぐぐ…)ああんもぉう~~~!今まではこの外見みかけのお蔭でサツキにも甘えられていたのにい~~~! いぃ~い?確かに私と姉ちゃんはこの世界の誰よりも長生きかもしんないけど、今度私達の事『ばばあ』だとか『お姉さん』だとか『おばさん』て言った奴から“おしおき”したげるんだからねッ!!」

あう、それは今後私もその対象に入っちゃうのよね…いやけどーーー知った上で私よりも年下の様に振舞われるのは、もう無理しかないと思うんだけど……

けれど状況としては停滞―――するどころか着実に動いているわけであり、しかもこの者達にしてみれば恰好の餌食が2つも前にぶら下がっているのだ。

「ふふふ…威勢がいい事だなあ?しかしお前を捕える為に我等同志は次々とこの地に集まっている、さあーーーどうするかなあ?」

言われるまでもなく状況は最悪―――しかも目の前にいる者の証言通り、周辺の影から実体に移行うつって来る者達が増えてきた。 圧倒的な窮地―――どうすればこの苦境を切り抜けられるだろうと、その事ばかりに考えを巡らせていた時に……

「(…)まったく仕様がないなあ~~~はいはい、今回は私の負け―――って事にしておいてあげるわ。」


「リルーファ??!」


「こいつらかなーり用意周到に動いていたみたいでね、完全に詰んでるわ。 これじゃ流石に2人とも逃げきれない……だから交渉よ、この通り私は大人しく捕まってあげる―――だけどこの子……サツキには手を出さないで。」

「(……)まあいいだろう、お前からの提案は呑んでやる。」

自分の身を犠牲にして私を救ってくれた―――強い抵抗を試みればこの急場は凌げただろう…けれどその身を満身創痍にしてしまっては意味がない、そう考えたリルーファは自分一人が囚われの身となる事で私を命の危険から遠ざけてくれたのだ、ただその事には感謝しかない―――感謝しかないのだけれど、?答え合わせをするならば、それは―――“否”である。

やはりこの世界の古来から歴史の影で暗躍していた者達―――と、ある一定の評価をして褒めるべきなのだろうか……尊い犠牲となってくれたリルーファを連れ去ったその後、その毒牙はやはり私にも向けられてきた。

「(…)彼女との約束を破るつもりなのですか。」

「“約束”―――か、それはあのノーブル・エルフと連行した者との間で交わされたものだ、我等にその様な事を言われてもなあ~?」

ここまでですか―――思えば世を忍んでここまで行き永らえられただけでも良しとすべきでしょうか…今日のこの日までの間、実に楽しゅうございました。 オプシダン様との運命的な出会い、終生のライバルと言ってもいいグラナティス公との出会い、この度知った伝説上の存在ノーブル・エルフ達との出会い……あの敗戦が無ければこうした経験は無かったのでしょう。 そうした事を思えば、あの敗戦も悪いものではなかった……だけどこの身の最期に一言だけ、申し上げたき事がございます。



皆さん―――ありが…



「あーーーんたら何しとんのや。」


え。


「げ!お、おま―――い、いや…」

「うち、あんたらに言いつかせとったよなあ?今後一切この子に関わるな~~~ちゅうて。」

「い、いや、しかし―――だなあ?」

「しかしもかかしもあるかい!こんんのバカちんがあ~!うちと“旦那はん”との間に交わしとった約定破りくさってうちの顔に泥を塗りたくるつもりかあ? まあええねんでえ?あんたらにうちに逆らう度胸があればの話しやけどなあ……」


確か―――この人は…オプシダン様が魔王だった頃の部下で、今もオプシダン様の命一つで動いていると言う……けれどそんな彼女がどうしてこの連中と??!

「シノブ……さ・ん?これは一体どう言う事―――」

「ああ~~~すまんなあ、こいつらうちと同じやねん。 昔っからこうした裏のお仕事を一手に引き受けてきとった『マタ・ハリ』―――こいつらまだ下っ端で実績上げんといかんちゅう事で焦っとったみたいやなあ、サツキはんの命を今後一切狙うなちゅう約束をオプシダンの旦那はんからされとってな、そこでうちが了承したもんやから大丈夫やと思うとったんやが……あんたら今度同じ様な間違い犯したらうち自らがいてこましたるからな、ええな!」


今のこの状況からして推測できるのは、紛れもなく彼女―――シノブが、私やリルーファを狙ってきた連中より上の立場だと言う事だった。 それに私の知らない処でオプシダン様とそうした約定を交わしてくれていただなんて……あああ、益々惚れてしまいそうですッ♡


       * * * * * * * * * * *


それはさておいて、やはりここは話すべきだろう……そう、“あの事”を。

「あの、シノブさん?ちょっと聞いていいかしら??」

「ん~~~?うちが急にこんな喋り方なったーーーちゅうんはナシやでえ?元々はこんな喋り方やったんやし。」(ケラケラ)

「あ…そう? じゃなくってね―――実は狙われたの私だけじゃないの。」

「ああ、“その事”なら知っとる。 うちらも古来から存在しとるからちゅうとて、そのお財布は“キュウキュウ”言うとってな?うちらでも時には敵味方に分かれてお仕事せにゃいかんちゅうのは、ようある話しなんや。 せやから互いに受けたお仕事には干渉せん―――ちゅうことで折り合いはつけとるんやがな…まあこの後どうしたらいいんか、いっぺんオプシダンの旦那はんに相談してみるかぁ?」

そう言う事もあり、今はお屋敷に戻ってきた私は、事の次第を余すことなくオプシダン様に伝えたのでした。

「ふぅぅ~~~ん…リルーファをねえ……しかし不思議なもんだね、あの事実は一部の者でしか知らないはずだと思ったんだけど。」

「だけど知られてしまった―――この場にアリーシャがいなかっただけでも良しとしなければ……。」

「その上で―――なのですが、やはり私はリルーファの救出を優先すべきだと思います。 この世に2人しかいないと思われる貴重種であるがゆえに、好事家こうずか共のなぐさみモノになってしまうかもしれません……その前に奪還をしなければ。」

「まあ、彼女はこの家の一員の様なものだ、家族を不幸にするわけにも行かない―――てなわけで協力をしてもらえるかな、シノブ。」

「そいつは旦那はんからの正式の依頼と捉えても?」

「ああ勿論だ、成功したらすんごい報酬がお前を待っているぞう~?」

「毎度毎度、旦那さんには敵わんなあ。 よっしゃ、判った―――任せときいや。」


シノブさんは先程こう言っていた…『うちらでも時には敵味方に分かれてお仕事せにゃいかんちゅうのは、ようある話しなんや』―――そして今、言っていた事が本当になってしまった、私もカーマイン候の軍を指揮していたから判っていた事だった…時には同じ勢力内でも敵味方に分かれてしまうと言う不条理を、それを彼女は一体どんな顔をしてこなすのだろう……そうした興味はありました。


あったのですが―――…


「ほぉーれほおーーーれ!まだ頭に卵の殻を被ったクチバシの黄色いひよっ子どもがあ、うちに泣かされとうなかったら道開けやあ~~~」(ゲヒャヒャヒャヒャ)

あ゛ーーーーなんて、言って、いいんでしようか……数少ない“しりあす”な展開になると思っていたのに?女幹部たった一人に尻を追い回されている新人さん達……と、そう表現すればいいんでしょうか。

それにしても不自然に思ったのは、既にリルーファは彼らの依頼人の下に送致されているものだと思っていたのに、まだ彼らの“あじと”??に―――???

「皆―――私を助けてくれるために来てくれたんだね!けど来ちゃダメ……私一人の犠牲で済むんだったら安いものだよ!!」

そのセリフは―――真に迫るモノでした……そう、本来なら。 けれど………

「はっはっは、ここに来た事までは褒めてつかわそう!この妹……じゃなかった娘の命が惜しくば、私を倒してみるがいい!!」


「なあシノブ……なんでアリーシャがこんな処にィ?」

「まあ言うたらこの『マタ・ハリ』て、ノーブル・エルフのご先祖さんが暇つぶしに作ったもんらしくてなあ。」

「(ん~~~ーーーん??)て事は例の依頼してきたヤツ……って―――」

「知らんがなそんなん。 せやかてうちらもこんなに美味しい話しもなかったもんでなあ?バカのお蔭で儲けさせて貰うたわ。」(プクククク)


私の…………わ・た・し・のッ―――


「心配を返せえ~~~!」(プン・スコ)


「あっ、やっぱ怒っちゃったね。」(ナハハハ…)

「当たり前ですッ!あなた達姉妹の今晩のおかず、2品減らさせてもらいますからねッ!!」

「そ、それはキツいな。 リルーファだから私は止めとこうと言ったんだ、サツキは現在私達の台所事情を一手に握っている……怒らせたら報復(もしかしたら晩のおかず1品は減らされる)くらいは覚悟しなければと思っていたが―――それが2品とはッ!!」

「はいそこ黙って下さい。 全くもうーーー死ぬほど心配したんですよ?」

「しかし意外な事実があったもんだねえ、リルーファ達がシノブの組織作っただなんて。」

「ヤだなあ~ダンさん。 私達が作ったんじゃなくってね。 まあ詳しく述べると私達のじいちゃんなんだけど、この世界の黎明れいめい期の頃に退屈しのぎにこう言うの作ってみたかったらしくてさ、で、じいちゃんが“初代”で父ちゃんが“二代目”、父ちゃんの後を姉ちゃんが継いで、600年前に私が継いだから―――私は“四代目”かな。」(ニシシシ)


「は。 じゃ今リルーファが“マタ・ハリ”のトップ?」


「そんなワケないじゃあ~ン、流石に領主様のプレイアデス入る前に後釜は譲ったよ。」

「え~~~っと?ちょっと待って下さいよ?だったらこの人達、リルーファが自分達の上司だったって事―――」

「さすがに知らんやろなあ?言うたかて下っ端はそないな事知らんこっちゃでもええんやし、まあーお蔭でマタ・ハリの財政おさいふ潤ったわあ~~~」(ケラケラ)


今回はやんちゃなノーブル・エルフのお蔭で引っ掻き回された感も否めなくもありませんでしたが、どこか憎めない―――私よりも年下に見えながらもあの屋敷の誰よりも年上な彼女(達)…

本来なら年上を敬って然るべし―――なのに、今までそうした雰囲気を醸さなかったのはどうしてだろう……そこは私の興味の対象の一つにもなったものでした―――が??

「おのれ、私のリルーファをかどわかすとは許さんぞ!! おっ、そこにいるのはオプシダン―――奇遇ではないかあ~♡ ならば私と手とり足とり協力してリルーファを救い出すのだ!!そして行く行くは……おや?」

「領主様、もうマタ・ハリが私達の先祖によって作られたと言う事実、バレてしまってます。」

「な、ん、だ、と!! し、しまったあぁぁ~~~身だしなみに気を使い過ぎて機を見失ってしまうとはぁぁぁ~~~っ!!」(地団駄)


なにをやっているんでしょうか、この人は……

「だからなんですね、いつもよりお化粧濃ゆ目なの……」(白い目)

「くううっ……身の回りの世話をする者からも言われたよ―――『普段やりつけない事をするから』と……それにリルーファ達の来歴を知っているから概ねこうなるだろうと予測していたんだか、まさかサツキがこんなにも迅速に動いたものだとは計算外だっ!」


あ゛ーーー何だか私、判って来てしまいました。 この人、外見みかけはいいんだけれど、自分の慾望に正直ですぐ口に出してしまう―――そうしたところがオプシダン様やカーマイン候からも呆れられる原因なのですね。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


けれど私は勘違いをしていた―――勘違いを……

その時もまた、オプシダン様の気を引くためにとなされた行為だと思っていました。 その言葉づらだけで捉えていれば、そう思ってしまったのもまた事実。

今回の事もノーブル・エルフの姉妹達の先祖が引き起こした事なのだけれど…―――そこも不思議でなりませんでしたが、今ひとつ疑問だったのはいつもはバカのフリをした後“すごすご”と“とぼとぼ”としたりするモノだったのに―――その時だけは警戒を払わないでいた……それに私は、この人のを忘れられないでいた。



そう―――“あの時”……私の郷里の友人だったヤヨイを失った時の私の表情を見た、この人の表情……



そして―――“その時”は訪れる……

また今回も『バカな事よ』で済ませられてしまった、そうした“一瞬”を衝き――――




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