第19話 悪いことは出来ませんよねえ~

“油断”や“隙”は、概ね警戒を失った―――しなくなった時に発生する。 或いは勝負事に勝った時、心配事のヤマ場を越えた時に―――人は“油断”し“隙”を生じさせるものである。


ある時に私は配下である“プレイアデス”の一人から、ノーブル・エルフを狙ったある者が『マタ・ハリ』を利用してかどわかす計画を立てていると言う事を知った。

かの古来から存在していた組織の事は知っていた、それも以前までその組織の“長”を経験した事もあると言うから……だからその事も何の悪い冗談かとも思っていたのだが。

「なに……?では今回の事を利用して―――?」

「はい。 おそらくは彼の組織に工作員を紛れさせ、全員が警戒を払ったあと―――」

「そうか……よく知らせてくれた。 ありがとう―――“ターユゲテー”。」


       * * * * * * * * * * *


そして今回の出来事は茶番で終わってくれた、その事に安心し皆の警戒が一層薄くなった頃合いを見計らい―――


『お命頂戴―――』


今回の出来事が茶番で収まったことで、私は安心してしまっていた―――本当はではいけないのに……けれど私は“油断”をしてしまった、“隙”を生じさせてしまった。

けれどそれは私だけではなく、その場にいたオプシダン様も、キサラギも、シノブさんも―――だからこそ私の身に迫る“きけん”……その事に気付いた時も、もう時すで遅し。

万か一仕損じたとしても掠り傷でも仕留められるように猛毒が塗られた刃が私に近づいた時、その“きけん”は私の身に届く事はなく、その寸前でに阻まれた。


けれど私にしてみればそのは意外性の何者でもなかったのです。

それというのも―――……


「グラナティス公!?」

「おっ、おい―――大丈夫か?お前……」

「大丈夫だよ、この程度……それにしても念入りにも毒を刃に塗っていたとはね。 けれど知らなかったかな?我々魔王族は数々の≪プルーフ≫のスキルを備えている。 勿論こうした≪ポイズン・プルーフ≫など初歩も初歩さ。」


グラナティス公が……私の身を庇う為に、自らの掌で刺客からの刃を受け止めたのだ。

本当に不思議に思う―――だって私達は互いを『恋の障害』だと認め合っているのに……だから―――どちらかがいなくなれば……

けれど、どう言う訳かグラナティス公は、その身を呈して私を護ってくれた。

「ど、どうして――――」

「一度だけならいざ知らず、二度も三度も……私の可愛いサツキに手を出すとはいい度胸だな!!」


     「えっ。」 「えっ?」 「えっ…」 「(あちゃあ~)」


         「「「えええええ~っっ??!」」」


「わ、わ、わ……私の事が、可愛い~?」(サツキは“混乱”をしている!)

「グラナティス殿はオプシダン殿の事が好きだったのでわ??」(キサラギは“混乱”をしている!)

「それが言うに事欠いてサツキはんが本命やったとお~?」(シノブは“混乱”をしている!)


「領主様ったらすーぐ口に出しちゃったりするんだもんなあ~陰謀とか策謀とか無理だよ。」

「まあそう言ってやるなリルーファ。 だからこそ優秀な“軍師殿”に目を付けたのだろう。」

「あ゛ーーー『才あるを愛す』…そう言う事ね。」

「ええい!う、うるさいそこ!! 私が誰を好きになるだとか、そんなの私の自由だろうがあ~!」(←顔からマグマが出そう)


か……顔どころか耳や角まで真っ赤―――見かけによらず純情……そ、その事に思わず可愛いと思ってしまった私……(不覚)

な、なんだかグラナティス公の気恥ずかしさが伝染してきたみたいです。


しかも―――ですねえ……


「いやしかしお前なあ、そう言う態度をとってもサツキさんはやらんぞ? 大体あのバカみたいに広い豪邸を運用していくのにサツキさんは不可欠なんだからな。 それにもしサツキさんがいなくなってみろ、どう言う状況に陥るのか……目に見えて手に取るようだわ!!」

「そ、そんなことくらい判っている! わ、私もその事で君と争いたくない……それにだ、今回亜神族からの工作員が『マタ・ハリ』に潜り込んでサツキの首を狙っていると言う事を私は知っていた。 その辺の情報はここにいる他の誰が知っていたと?」


「オレは……知らなかったな。」

「不肖やけどうちも知らんかったわ。」


マタ・ハリの幹部と思われるシノブさんでも知らなかった情報を―――グラナティス公は知っていた……それは恐らくグラナティス公お抱えのプレイアデスの働きもあっての事なのだろう。


……それにしても、聞きましたか? 『サツキさんはやらんぞ?』―――ですって。(キャ~♡) これはもう“相思相愛”と言うべきーーーーと思っていた頃の私が懐かしかったです。


それというのも―――ですねえ……


「この頭脳明晰で武勇に於いてもその人ありと知られている私だが、生来から隠し事だけは苦手でねえ……先程リルーファが言っていたように権謀術策を練るのは他の誰かに頼らざるを得なかったのだ。 そこへカーマインのヤツの敗戦の一報が伝わってね、運が良ければ鬼“姫”か“剣”鬼のどちらか―――あわよくばその両方を獲得できるかと思ったのだが……必要以上になつかれてしまっては強引な手段を取らざるを得なくなる。 けれど私はオプシダンの事が好きだ―――愛シテルと言ってもいい!そんな彼とは醜い争いをしたくないものなのだよ。」


あ゛ーーーーわっかりました。 いやもう全部判わっっっかりました。 この人賢いけどバカなんだわ。 そう言う事は他人のいる前で饒舌に(実に饒舌に)喋らなくてもいい事なのに……喋っちゃいたい人みたいなんですよねーーー。

けど思うのです。 この人意外と可愛いな、と。 私とオプシダン様を張り合う場面ではどうしても憎たらしい一面を見せるけれど、そうした可愛い一面を見せられた日には、そうしたものは無くなっていた……

それに―――オプシダン様の、ちょっとイタイ子を見る時の様な目……何だか私、ちょっとだけこの人と『共有してもいいかな』と思うようになってきました。


        * * * * * * * * * * *


―――とは言え、事態はこれで収まったワケではない。 サツキの首を取る任務は失敗し、更に脱出する機会を失ってしまった工作員―――今ここで抑えるのは容易い事だが、真相を確かめる必要がある為……


「(むッ―――)逃げたか。」

「ちぃぃ……」

「止めとけ―――シノブ。 それにしても“ワザ”と逃がすとはね。」

「私だってこのくらいの芸当はできるさ―――それに誰がサツキの事を狙っていたのか……これで判るかもしれない。 リルーファやってくれたね。」

「一応“追跡チェイサー”つけときましたよ。」

「“追跡チェイサー”―――って何です?」

(クスクス)「サツキはもう私達の事は知ってるよね、そう『精霊』の流れをむって。 そして私達特有の魔力を対象に付着させ、精霊達に働きかける……対象がどんなに寄り道しようとも会わなければならない存在―――依頼人まで辿り着いたら、そこが運の尽きってヤツね。」


改めて、彼女達の恐ろしさと言うものを知った。 ≪追跡≫という名のスキルは知っている、最も初歩的なモノで私もキサラギも持っている。 けれどそれを『付着つける』発想はなかった。

それにリルーファ達は精霊の流れをんでいるとも聞いていた。 するとならば彼女達の魔力は、また私達とは違ったモノなのだろう……いわば精霊の成分を含んでいるのだから、そうしたものに働きかける―――と言う事は……

「それにしても忠実だな。 寄り道すらせず、また隠れもせず、約束の時間も違う事無く真っ直ぐに向かってくれているとは……最悪は契約違反となろうともどこか遠くに逃げるのがある意味での正解なのだがな。」

「それはどういう意味だ?アリーシャ。」

「依頼人への報告を怠るのは重大な契約違反だ。 キサラギ、お前もギルドで冒険者登録する際に規約書を読まなかったのか?」

「いや、読んだが―――なるほど、そう言う訳か……」

「そう、つまり依頼人への報告を怠り、どこか遠くへ逃げ出すと言う事は、少なくともその者の命の保証はされる。 とは言え期限付きだがな。 それに、リルーファが“追跡チェイサー”を着けた目的を見誤ってもらっては困る。 あれは今回の対象が逃げた先―――そこに私達が探している者がいるのは間違いないのだからな。」


「―――止まった。 フ・フウ~ン―――ここから直線距離にして800m、そこに確実に居るね。 それじゃーーー“土”に“植物”の精霊さん……足止めよろしくぅ~♪」


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回もボクが仕立てた策略が失敗してしまった。 一体なぜなんだ?!どうしてなんだ?!! 今回のシナリオは少し複雑にしておいて、あらかじめノーブル・エルフのどちらか一体を誘拐かどわかす……その上で奪還をしにくる者達の中に必ず鬼“姫”はいるだろう。 そうした予想は外れではなかった、事実その場に鬼“姫”ことサツキはいて、誘拐されたノーブル・エルフも救出出来てめでたく一件落着―――そこで安堵をして油断した隙を伺い、あらかじめマタ・ハリに潜り込ませておいたボクからの工作員を使ってその首を取る―――

けれど予想外だったのは、元々あの組織……マタ・ハリがノーブル・エルフの先祖が作ったものだったとは??!こんな重要な情報を逃すだたなんてボクらしくない……いや、まずい!!?

ボクが用意した工作員は何のてらいもなく―――バカ正直にボクの下に戻って来た……ボクが最初に狙っていたノーブル・エルフはマタ・ハリを組織した者の直系だと言われている。 余程の間抜けでなければ、ボクの――――……


「見ぃ~~~っけ。 チェック・メイト《詰み》だね。」(クスクス)

「ぐっっ? い、意外に早かったものだねえ~。」

「お前、声が振るえているが大丈夫か? まあそれも仕方がないと言った処か。」

「何だお前、ファムフリートじゃないか。」

「知っているんですか?オプシダン様。」

「ああ~~~まあ~~~……」

正直な話し、そのこいつを知るようになったエピソード……って、こいつの気の毒さを描いたようなもんだからなあーーーなんでかって?それはだなあ――――

(ププッ)「なんだ、こんな手の込んだ策をろうするものだから、さぞや権謀術策に長けた老獪なヤツのすることかと思いきや……アッハハハ!傑作だ・な!!」(ゲーラゲラゲラ)

「(…)あのぉ~ーーーグラナティス様? こちらのファムフリートって方、ご存知なので?」

「ご存知も何も、学生時代にやけに私に突っかかるヤツがいたものでね、その鬱陶しさの余りにちょちょいとシメた挙句、300年間私の使いッ走りとしてコキ使ってやっていたのだよ!!」


あーーーーわっかりましたあ~全部判わっっかっちゃいましたあ~~

この方損をしているのだわ、外見みかけは美人なのに、なのにナンデスカその“漢前”な気質……そりゃ引きますよ、オプシダン様やカーマイン候でも。

けど、そんな方でもオプシダン様の前では一人の女として振舞えている……なんて“恋”って偉大なのでしょうね。(皮肉)

しかも―――この後の言葉嬲りと言っていいものかどうか……

「お、おいその辺で止めておいてやれって。」

「ん?何だオプシダン、この期に及んでこいつをかばうのか? 曲がりなりにもこいつは私の可愛いサツキの命を狙わせた張本人なんだぞ!?」

「その事は、判っている。 だけどなあ、オレもこいつの気の毒さ―――知らない訳じゃないからなあ。」

「(ん?)ダン殿は知っているのか?」

「あまり大きな声じゃ言えない事だがな―――…」(ぼそぼそ)

「ん・な!そ―――そんな事が??」

「他にもさあ~学園内の美観を守るため、落ちているゴミを食べさせちゃったりぃーーーだとかあ?」(キシシシシ)

言っちゃったよ―――この『小悪魔』……オレがキサラギに耳打ちしたモノよりも酷い事。 て言うか実際知っちゃってるんだろうなあ~~数多の精霊に働きかけて。 しかもこの場にいる誰よりも長生きってのがまた性質たちが悪いっていうか……て言うかファムフリートのヤツ、社会的に死んだなこりゃ。


あ゛~~~勢いにかまけてヤッてしまった……どうも私はその血筋も関係しているからなのか、一度“怒り”という導火線に火が着いてしまったら見境が無くなってしまうらしい。

先程リルーファが言った事も真実なのだ、確か~~~あれは~~~何だったかなあ……そうだ、ヴィリロスのヤツがまたしつこくオプシダンに付き纏っていたものだったから、その腹いせにとファムフリートを呼び出し、そうさせたんだっけか。


        * * * * * * * * * * 


あの頃のヴィリロスは『学校』の不良共をまとめる、いわゆる『女番長』的なモノをしていて、いつもその武勇にモノを言わせて『学校』内を肩で風を切って闊歩かっぽしていた。 そんなヤツが私が目を付けているオプシダンに迫って来るのだ、私としては黙って見ているわけにも行かないだろう?!

なものだから―――……最近ペットとして飼ってやっている『ファムフリート』と言う亜神族にヴィリロスの相手を命じたのだ。

「えっ?いや…それはちょっと―――」

「ん・ん゛~~~?何か言ったかな~?」

「いや、だってヴィリロスって人は戦闘系の授業やそう言った大会の常に上位にいるって程の達人じゃないか……」

「ほ・ほぉ~~う、“ご主人様”である私に逆らおうと言うのか、君にそんな度胸があったとはねえ~?」

「き、“脅迫”や“恫喝”は好くない事なんだぞ……コ、コルディア先生に―――」

「も・し、密告チクったりしたらどういう風になるのか……もう一度思い出させてあげてもいいのだがあ~?」

恥ずかしい話をすると、ボクは学生時代にグラナティスに憧れを抱き、種を越えた恋愛は成就するのだと―――その証明の為に“アタック”を掛けていた時期がある。 “今”にしてみれば『なんて馬鹿な事を…』と思うのだけど、こう言う実態を知らないでいたら『清楚』で『淑やか』そのものが服を着て歩いている―――と言う形容がしっくりきていたのに、ある時を境になぜか『学校』の裏に呼び出され、ボクの好意を受け止めてもらえる……と思ったのだが―――まあ想像上に難くなくそこで手荒い洗礼を受けた……って事だ。

しかもボコボコにされた上に『奴隷』……いや『ペット』の様に仕える事を無理矢理誓わされてしまった。 そこでボクは知ったのだ、ヴィリロス以上の『“裏”番長』的存在を……しかもこの時、この当時でも割と恐怖の代名詞だったヴィリロスに因縁を吹っかけろ―――だなんて……そんな命令には従えないと飽くまで抵抗したら、なんとグラナティスは―――

「それほどまでに私からの命令に逆らうとは……ううーむどうしてくれよう? そう言えば……コルディア先生に『学校』内の掃除を言われていたんだったな。」

「(掃除……か―――)判ったよ、それくらいならやってあげてもいいよ。」

「(フ・フンーーー)お願いするよ……ああそれと、拾ったゴミは残さず食べるようにね!」

「(……)は? い、いやちょっと待って下さいよ、ゴミを食べろ……って―――」

「ヤレヤレ、いちいち注文の多いペットがいたもんだねえ~? それじゃあ二択だ―――ヴィリロスの相手をするか……それともゴミを食べるか、どっちを選ぶのかなあ~?」

“命あっての物種”―――と言う諺がある。 だからボクは仕方なく後者を選んだのだが……『学校』からの帰り道、待ち受けていたのは。

「あなたがファムフリート?」

「(うっ、げっ?)ヴィ―――ヴィリロス??!」

「わたくし達初対面ですのに、もうわたくしの事を呼び捨て? なんだか気分が悪いですわね……お前達―――ちょっとこいつを可愛がってあげなさい。 ああそうそう、るならボディよ、顔を殴ったらバレちゃうからねえ~?」

なぜか出待ちをしていたのは当のヴィリロスで、なぜしてこの凶暴女がボクの出待ちをしているのか、は察しがついた。

そう―――これはきっとグラナティスが匿名でヴィリロスにボクを売ったのだ。 その際にもある事ない事、尾鰭端鰭を付けさせて―――お蔭でボクは一層ボロボロになり、そんなボクに優しい手を差し伸べてくれた存在がいたのだ。


その存在こそが、今現在ボクの中での女神様―――エメトセルクなのである。




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