第12話 =因果応報= ~厄(わざわい)はいつしか我が身へと返る~

「さあ、これから私と一緒に夜店を回りましょう―――ヤヨイ。」

「えっ、いいんですか?サツキ……」


季節の祭祀をより一層愉しむため、私は記憶を失った親友と回る事にしました。 そうする事で彼女の中の記憶が少しでも戻れば―――と思い、ヤヨイに手を差し伸べたのですが……

          ≪よし―――今だ……殺れ≫

「イエス、マスター」

突如、なにがしからの命により目の色を違わせた彼女は、隠し持っていた武器を手に取り何ら迷う事無くまっしぐらに私の命めがけて突進してきました。

そして思ったものでした……嗚呼―――やはりあなたに掛けられた呪縛は、消え去ってはいなかったのだと……


けれど―――


「シノブ―――!!」


その場にいない……してやこれまで聞いた事も見た事もない名を叫んだ魔王族の男性……そして“主”が下した命の下、私の標的えものだった鬼“姫”の影より出ずる影在り―――


しかしそれこそがまさに―――


「ターイミング的には良かったんですけれどね~~ところがぎっちょん、そちらの鬼のお嬢さんに近づく不逞の輩を止めるように、旦那さんから厳しく仰せつかってましてねえ~。」

「う……ぐっーーーな、なぜ……っ!?」

「あーーーれあれ、ちみ泳がされてたの気付かなかったあ~?気付いていないとしたら相当うっっかりさんだあ~ねえ~~。 で、どーーーーします?」

「騒動の所為で人が注目し始めている、場所を移動しようか。」


季節の祭祀の最中さなかで、ヤヨイはまたも私の命を狙ってきた。 この数ヶ月鳴りを潜めていて大丈夫だ―――何者かに操られていないと思ってた頃合いにこの事態になったのだ、しかも私達に保護されてた期間中がお芝居かかっていたと言っても納得がいくくらいの変貌ぶり……そう、もう私達が知っているヤヨイは―――もうこの世には……


「そーーーれで、どうします?」

「まあ手初めに色々聞き出さないとなあ?」

「ダン殿―――あなたの持っている“アレ”はよろしくない……というか、あまり感心しませんぞ。」

「う、うむ―――私もキサラギの意見に賛成だ……あれはーーーまあ、何と言うか……効き目はバツグンのようだが、どうにも人権が侵害されてならないのでな。」

「判ってますよーーーって、オレも知り合いの知り合いにそんな事が出来る程の鬼畜じゃありませんて。」


「まあーーー無理矢理聞き出す方法なんていくらでもあるんすけどねえ。」

「無理矢理―――ってえ?」

「そうっすねえーーー『生爪剥いだり』『手の甲に釘刺したり』『目ん玉えぐり出したり』~なんてのは、割と古来から良く使われてる手法なんですけれどね~~~」

「人体を傷付けて無理矢理―――と言うヤツか……それも感心しないな。」

「ん゛~~~だったらあーーー『耳元で小麦粉を擦り合せ』たりするってのはどお?」

「それって……拷問てよりも遊び半分でやってない?」

「よく判ってませんなあ~そこのエルフちゃん、コレって割と精神にクるんだづえ~?」(ケケケケ)


「ふ、ふんーーー私を捕縛した事は褒めてやろう……だが、拷問なんかするだけ無駄だぞ。 今出した手法にも耐えられるように私は修練を積んだのだ、それに今すぐ私を殺しておかないと、私は再びそこの鬼“姫”の首を狙うだろう…我等が信奉する“神”に誓ったのだ―――『勇者』となったあの日に!この身は誓った“神”に捧げるものであり、だからこそ私は単身この地に乗り込んで来た―――今ここでこの私が果てようとも、第二・第三の刺客がお前の命を狙うだろう、そして私は“二度目”の失敗を犯してしまった……最早この上は本国に帰ったところで身の保障すらない―――ならば……!」


「だから―――『殺してくれ』か……いや、だね。 そんな君の我が儘を聞き入れられるだけの度量は私に備わってはいない、シノブ―――と言ったか……を使え。」

「(“小瓶に入ったなにかしら”……)あのーーーコレって?」

「『自白剤』だ、これを使えば言いたくない事も自然とベラベラと話すようになる―――それも自分からな。」

「おいおい―――それって自分の意志は関係なくか?そんなのが知れたら……」

「そんな事は私の知った事ではない、素直に話さない方が悪いのだ。」


“冷たい”―――冷たい……ながらも、盛る火焔の様な紅き眸……今間違いなくこの方の憎悪の対象はこの子に向けられている…このまま状況が流れたらヤヨイの命は助かるのだろう……助かるのかもしれない、けれど生きているだけだったら??そう思うと、私は自然と……

「あの、お待ちくださいグラナティス公。」

「どうしたんだね、サツキ。」

「この子には……彼女にはどうか悪いようにはしないでください。」

「それは、この自白剤を使うなと言っているのだね。」

「はい―――」

「判っているのかい、このも……彼女は再度に渡り君の命を狙ってきた―――あまつさえ活かしたままなら再三、再四と自らが宣言したのだよ、その意味が判らない君ではないだろう。」

「ええ―――判っています……判っていますけれども、それでも尚私はこの子―――ヤヨイに生きてさえいてもらいたいのです!」


何を……言っているんだ―――甘い……甘いヤツだ……鬼“姫”。

この私の生ある限り、私はおま……ーーー


            『ヤ     ョ  イ―――』(パチッ☆)


うっ?!なん……だ、今のは―――この私の名を呼ぶ声……それがどうして標的えものである鬼“姫”の、コ    エーーーー


『ヤヨイ、一緒に遊びましょ?』(チチチチチパチッ☆)


その時、何故か私に掛けられた記憶のたがが外れた、そのお蔭で記憶の逆流を呼び込み、今まで私が何をして来てしまっていたのかをありありとさせてしまった。


「サツキ……?キサラギ?私は一体今まで何を―――」

「(!!)ヤヨイ、お前自分を取り戻せたのか!?」

「ヤヨイ―――!」

「来ないでっ―――!私への縛りはまだ解かれていない!!」

「オプシダン―――?!」


「(ちっ)奴さん相当手慣れていると見られるな……寸での処で取り逃がしちまった。」

「今回はやけに静かだと思っていましたが、彼女の裏で糸を引いていた者を釣り出す為に敢えて?」

「ああーーー昔はもちっと上手く出来ていたもんだったがなあ……すまね、サツキさん。」

「いえ……けれどお蔭でヤヨイの命は救われました、何とお礼を言ってよいのやら……」


“寸”での処で取り逃がしてしまうとは―――ない、ひょっとするとだが敢えて泳がせているのか?

今まで操られていたというのがまるで嘘のように、サツキとは親友であるオーガの娘ヤヨイは自我を取り戻せていた。 しかし私達に囚われてからと言うものは悪びれもせず目の前の親友に対しても再三・再四に亘りその命を狙い続けると広言すらしたというのに…けれどもそうではなくなったと言うのは実に簡単な原理で、オプシダンが静かに事の経緯を見守るような形でヤヨイに掛けられていた洗脳の呪縛の解除を試みていたからだ、ただそれだけではなくヤヨイに洗脳を施したなにがしかを特定する為に捜索していたみたいだった―――が……そこは彼の者も手抜かりはなかったようで、その形跡すら遺さず綺麗サッパリに“逃げた”後と言う事のようだった。


ただ―――……


         * * * * * * * * * *


また“あれから”―――幾許いくばくかの時が経ち、私ヤヨイは本当の意味であのお屋敷の……私の親友であるサツキのいとなむ『家族』の一員になっていた。 角を失ってから失ってしまった記憶の方も徐々に取り戻し、私達は元の関係に戻りつつあった………あんなにも―――親友の命を狙った私を……何もないように接してくれている、逆にその優しさが、私には痛かった…けれどそうした感情は決して“表情おもて”には出してはいけない……そう思い、気遣い気遣われながら過ごしていた日々。

けれどこれが決していい事ではない―――と、私は理解している。 誰が何と言おうと……例えサツキが私を庇おうと、大切な親友の命を奪おうとしたのは私の“罪”なのだ。

それがさも当然の如くの様に赦されていいはずがない、それで懊悩おうのうと一緒に過ごしていいだなんて思ってもいない、やはり“罪”は“罰”をしてあがなわなければならない―――


そう思っていたある日、その為の“使者”が、私の下に訪れていました。


その日は、特にどうと言う訳でもなく、私も与えられた仕事を着々とこなしていきました。 これはその中の一つ―――食材の採取に勤しんでいる時……そして場所は……

この頃の季節は、“あの”季節とはまた違った趣旨の食材がこの森の中……そう、私が行き倒れていたあの場所―――に育まれていました。 今日はそのほんの一部をお裾分けしてもらう為、私一人でこの森に入ったのでしたが……

この因縁ある森で採取を進めて行く最中、私の下に“ある人物”が―――

「(……あら?)は―――」

「久しぶりやなあ、元気でやってるようで何よりや。」

―――?どうしたんですか、その口調…いつもと違う―――」

「ああ~~悪いなあ、が“ウチ”のほんまもんや、は目を欺く為のお芝居―――てところやな。」

「(……)そうですか。」

「(……)その様子やと、粗方何のために現れたんか、察しは着いとるようやな。 せや、あんたはこの時点を以て“お役御免”―――つまりは……」

「『用済み』―――ってことですよね……なんだか、ほんの少し……安心しました。」

こわないんか?自分これから死ぬっちゅう時に。」

「怖くない訳、ないじゃないですか……未練が無い訳、ないじゃないですか―――だって私、サツキを殺そうとしたんですよ!?それもこの手で!! 赦されるハズがないじゃないですか……赦されて―――いいわけがないじゃないですか……本来なら、あの場で自決を選ぶべきだった―――なのに私は!サツキが私を見る目に甘え……“生きる”選択をしてしまった……。 それから、私にとっての“生き”地獄が始まりました、けれどそれまでの事を思えばこの私に一番にお似合いの“罰”だったのかもしれません。」


私は―――甘えてしまった……郷里であるオーガの集落では年下の私に対して姉の様に接してくれていたサツキ、その彼女におんぶにだっこだった私は想像にかたくなくサツキに甘えてばかりいた、しかし今や状況は一転しブリガンティアにさらわれた私は角の切除と共に洗脳を施され、姉の様に慕っていたサツキの前に立ちその命を狙っていた。

一体誰がその行為を赦す事が出来ただろう―――例えサツキ本人が私を赦したとしても、私が私を赦さない。 けれども意気地のない私は自分で自分を殺す様な度胸さえない―――だとすれば、やはり……


「……すまんなあ―――これもウチのお役目やさかいに……。」


そして私の目の前は“真っ暗”になった―――


         * * * * * * * * * * *


依頼人からの追加任務―――とはいえど、あんまええ気分せんなあ。

ウチは、かねてから依頼任務を受けていた依頼人から、“追加”っちゅうことで新たなモノを受けた。 その任務がたった今、終わった―――


『(……)意外に役に立たなかったねえ―――あの“人形”、てわけで処分しといて頂戴。 あ、勿論“ボク”の足は着かない様にしておいてね~それじゃ。』


この度の、ウチの依頼人がくわだてた事―――『鬼“姫”の抹殺』は失敗に終わった、そしてこのくわだての為にとさらってきた鬼“姫”の親友―――っちゅうヤヨイの度重なる任務失敗によりウチの依頼人もとうとう見切りをつけ、このくわだてが自分のモンだっちゅうことを判らなくさせる為に“お役御免”―――とどのつまり死んで貰うっちゅうことになったんやけども…なんやなあ~~~ウチもこう言う仕事に就いてっけど、自分の死を受け入れてるっちゅうお人を殺すのは、ちょっと慣れ付けんちゅうか……


そう言う事もあってウチの足は自然と現在の雇い主、“旦那はん”の下に運ばれて行った、したら丁度そのお人は住んどる豪邸の近くにある湖に釣り糸を垂らしとった。

何しとるんやろなあ……ウチ、釣れもせん―――“針”のない釣り糸垂らしとるだけのお人に、一体何を求めとるんやろなぁ…


「どうしたあ―――シノブ。」 「いや、まあ……ちょっと、な。」

「(……)珍しく“素”に戻ってんのな。」 「まあ……言うたらやしな。」

「そうか、済まんかったな―――ホレ。」 「なんやんコレ……」

「今回辛いことを引き受けさせちまったみたいだからな、まあーーーいわゆるところの“迷惑料”?」

「(!!)アホか!ふっざけんないや!! なんで……なんであんた、ウチの依頼人でもないのに―――」

「けどさ、大きい括りで言ったらオレ達無関係じゃねえんだよ、いつか誰かがやらなきゃならなかった事だ、それはあの子―――ヤヨイの為にもな。」

「旦那はん……あんた―――」

「気付いてない訳ないじゃない、けどさサツキさんが言ったんだよ、『生きてさえいてくれればいい』だからオレはそれを尊重した、その結果ヤヨイを苦しめる事になった…お前の依頼人に伝えといてくれ、『今回の処はありがとう―――ただしこれ以上下衆な真似するなら本気で怒るぞ』ってな。」


ウチと本来の意味で主従の関係を結んどるのはオプシダンの旦那はんや、せやけどそれだけやったら食われもしゃあせんから、ウチは色んなとこを渡り歩き時折『任務』と称して遂行する事がある、今回はその一例……んで、今回のウチの依頼人の事やけども、旦那さんの魔王族と激しく反目しとるところ……ちゅうたら流石に判るやん? つまりはそうしたところの一人から今回は依頼を受けた―――ちゅうことかな。

とは言え、ウチも職業柄“そういうもん”に流されとったらいかん―――ウチらは飽くまで依頼人は選ばん性質やしなあ。

それでも、今回オプシダンの旦那はんから寄越よこされた“ビタ銭”―――この人判っとんのかいな…判っとるんやろなあ……あの子が死にたがっとったん、それを“手伝う”たウチに、“迷惑料”やなんて―――それに……ウチに依頼してきた“依頼人”にしても…


        * * * * * * * * * * *


その夜―――待てど暮らせどヤヨイは戻って来ることはなかった。 また誰かにさらわれでもしたのだろうか―――こんな事なら私も一緒について行くべきだった……と、後悔の夜を明かした次の日、ヤヨイが首なしの死体で発見されたのを聞いた。


嗚呼―――やはり、こういう結果になってしまったのね……


敵の洗脳を受け、傀儡くぐつに成り果てた時点で、この未来は予測出来た―――とは言え、すぐさま死なしてしまうのも不条理だと思ってしまった私がいた。


可哀想なヤヨイ―――あなたは自ら死を望もうとも、私がそうはさせてあげなかった……もしかすると、喪失うしなった“記憶モノ”全部取り戻して、また“あの日”からの続きが出来るかも知れない―――そう、思ってしまった……。

けれど、一度こじゆがんでしまったものが、元に戻るなんて考えられない―――結局の処、私の選択はただいたずらにヤヨイを苦しめる結果となってしまったのです。


だから―――今回の事は私の“とが”も半分……それで許してね?ヤヨイ―――


それと、ヤヨイをあやめてくれた人に礼を言わなければならないのでしょう。 もしヤヨイの遺体に首がついていたら、その無念さ―――その悔しさ故に歪んでしまっていたのだろうから。


けれど、忘れてはならない―――私の親友であるヤヨイをもてあそんだ者がいる事を、そしてヤヨイ―――あなたの怨み、きっと晴らしてあげるからね!



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