第3話 “姫”と“剣”

オーガ族の女性2人に、エルフ族の女性2人、そして魔王族の2人が一堂にその建物―――魔王を引退したオプシダンがその余生をゆったり、のんびり、まったりと過ごすつもりで建てた自分の(隠れ家的な)別荘に会した時、一種異様な雰囲気になったものでした。

それというのも、どうやらオーガの巫女が自分の窮地を救ってもらった事に恩義を感じ、報恩の為にオプシダンの下を訪れた……方やエルフの方は、オプシダンがトラブルを難なく解決したものの、その言動に一種の怪しさを感じ、それをもとにオプシダンの追跡調査を行った結果、この豪邸に辿り着いた―――そしてオプシダンと同じく魔王族でもあるグラナティス公爵は、オプシダンが魔王を辞めるとした意図を深読みし、考えられるべくの手段を既に打っていた……(それにどうやら、“彼女”は“彼”に気があるようで???)


こうして一つの豪邸に集ってしまった5人もの女性たちが1人の男性を巡って、まさに……


「ちちち、ちょおーっと待ってくれ!一旦落ち着こう!! あのさぁグラナティス、オレがどうして魔王を辞めてまで隠遁生活したいか判ってるよなあ?」

「そんなもの、自分の治領が上手く行き過ぎてるから私の方を手伝ってくれる―――そう言う事で間違いないのではないか。」

「全ッ然ちっがあ~う!オレはね、もう限界なの!! 無闇矢鱈と領民どもは自分の主張しかしたがらない…そこを汲んでオレが改革案に着手したとしてもそれ以上のものを望みやがる……こっちだってなあ、予算を湯水のように使えるだけ持ってやしないの!限られた中でやりくりするのがどれだけ大変な事か……だからもう、これ以上悩む事はしたくないストレス溜るしなあ、そこを思って引退後はニートでスロゥなライフを満喫しようと思ってたのにいぃぃぃ~~~」(ギリギリ)



なんなんだこの男は―――私の幼馴染みであるサツキが目に掛けたようだからここまで大人しくしていたが…こういう男はいけない!こういう男を頼ってしまったらこちらまでダメになる!!

そう思ってしまった私だったが、当の本人であるサツキには効果が無いと言った処か―――まあ自分の生命が危いところを救われたようなものだったからな……それに、この男の主張を同じくして聞いていたエルフ達の表情を伺ってみると……



なんなんだこいつは―――もしかしてこんな男を領主であるグラナティス公は欲しているのか?気は…確かなのだろうか―――そう思ってしまうまでに……下らない、実に下らなさすぎる。

つまりこう言う事だろう?こいつは自分の能力の限界を感じて魔王を辞めた―――それでいいじゃないか、それをどうしてグラナティス公は迎え入れようとしている。 その辺が謎だが……公のなされようにはこれまでただの一つも間違いはなかった。 なのに……の、この選択。 ここは大人しく経緯を看過した方がいいのだろうか?



確かに―――引退したかった理由は判らないでもない……けど、それだけなんだろうか?と言うのも先程オーガの一人―――戦士の方が領主様が治める治領の評価(領民幸福度No,1)を言っていたけれど、オプシダン公が治めていた治領もそれに次ぐ評価だったはず……これは放っては置けないよね。



さすがは―――見ず知らずの私をお救い下さった殿方です。 ええそうですよね、そうですとも。 以前まで私とキサラギがいたカーマイン候領では領民達の幸福度に加えて“隣国”であるブリガンティアの侵攻をいかに食い止めるかに心砕いていたご様子……カーマイン候に比べればヒューマンとの武力衝突はなかったみたいでしたが、そうしたものがないのでしたら、ないなりに気苦労が絶えないご様子―――で、あればここはやはり……

「あの、一つご提案よろしいでしょうか。」 「「ん゛~~~?どしたの…」

「私は、あなた様よりあやうき処を助けて頂いたご恩があります。 そのご恩に報いる為にあなた様のお屋敷をおとなった次第。 そして今しがた如何様いかようにしてご恩に報いるかの目途めどが立ちました。」


「(…)実に面白いことを言うじゃないか、オーガの巫女殿。」 「『サツキ』―――私、ちゃんとした名前がございますので。」

「ふうん…ならばサツキ、すぐに“お礼”を述べて立ち去るといい。 彼はね形式ばった重苦しいのは嫌うのだよ。」 「助言ありがとうございます―――グラナティス公。 しかしながら私は一考したのです、このお屋敷……オプシダン様がお一人でお住まいになるのは広過ぎではありませんか。 それに先程オプシダン様が述べられたようにオプシダン様はここでごゆるりと過ごしたいとの願望―――なのに日々を家事全般に追われるようであれば本末転倒とも取られなくはありませんか?」

「(ム…ムウゥ~)そ、そこは君が心配をするほどのものではないよ、ここには私の配下の者を手配するからね。」


               「「えっ…」」


「(ん~?)どしたの、エルフのお嬢ちゃん達―――」

「い?いやべ、別に?」 「そ、それより正気ですか?グラナティス公!あなた様の配下とは言え、領内にとっては大切な官吏―――それをこんなひとに…」

「そんな発言はないんじゃないかなあ?アリーシャ君。 彼と私とは昔ながらの付き合いだ、だから彼の何が足りて何か不足しているのかはよく理解しているつもりだよ。」

「ふう~~~ん、それにしてはこのお屋敷にオプシダン様をお一人で住まわせようとしていたみたいでしたが?もしかして…自分の領内と言う事もあって度々通いづめなさろうと?」


うぐぐ……意外に鋭いな、このオーガの小娘。 いやしかし―――否定まではするまい、今回の一大事…オプシダン引退の件は私でも衝撃モノだったが彼が治政者の地位を自ら下りると言うならそれを機に私の処に取り込むのも悪くはない。 そして行く行くはなし崩し的に“錯覚”させるのが今回の一連の案だと言うのに……それに多少なりとオーガだと言う事で侮っていた嫌いはある、ここはもう少し慎重になった方がいいかも知れないね。

「当初よりそのつもりだったのだが―――そう言う君は? 君が進んでオプシダンの配下になり、彼の身の回りの世話をするとでも?」

それに、知るまい……彼は治政に関しては見事な腕前を発揮したが、そのプライベートでは実に自堕落極まりない……私も以前に親交の延長で彼の居宅を訪れた事があったが、見事なまでの『汚部屋』、『ごみ屋敷』だった。 アレで少し幻滅し想い留まった事があったが……な。


しかし、この私からのげんをどう受け取ったものか、オーガの巫女は……


「ふむ、なるほど―――オプシダン様の事をよく知るあなたがそう言うのであれば……判りました、いいでしょう。 ではその様に……」


「ちょ、ちょっと待てサツキ!」 「どうしたのですか、キサラギ。」

「どうしたもないだろう?!お前1人がこのバカみたいにただっ広い豪邸を……」

「お忘れですか、キサラギ―――私が扱えるすべの事を。」 「(あ…)“イザナミ”の術―――」

「(ん?)今何と言った?“イザナミ”―――“イザナミ”だと!?」

「知ってるのか?グラナティス。」

「聞いた事がある―――オーガに伝わる秘術の一つで、その秘術は代々受け継がれその秘術を行使できる者の事をこう呼んでいるそうだ……『鬼“姫”』と。」


「キサラギ―――余計な事を……」


「しかし、そんな大層な二ツ名を持っている人がこんな処にいるなんて……」


確かに、その事にも驚かされはしたが、そんな者が1人でこの辺りをうろつくはずもない。 それに確か―――が聞き及んでいる情報はそれだけではない。 そう……鬼“姫”には必ずその護衛役がいるはず―――だ、とするならば……

「『“剣”鬼』―――それがキサラギとやら…そなたの二ツ名なのだな。」

「(…)ヤレヤレ―――自分の無駄口の所為でここまで知られることになろうとは。 いかにも私こそが“剣”鬼―――鬼“姫”の護衛を兼ねる者だ。」

「しかしそれも、私達がカーマイン候領に居たらばの話し。 今ではまた違う地に根付こうとしている身にございます。 ですのでその最初の一歩が“これから”―――と言う事で…オプシダン様、何卒よしなに。」


「あ、あああの、ちょ、ちょっと待とうね? おい~~どうしよう?グラナティス…」

「どうしようと言われても、雇うも雇わないも君次第だろう? それに…着の身着のままでここまで来た君に、彼女に支払うべき等価は無いと思うのだがあ~~?」

「ぐ・うっ……痛いとこ突きやがるなあーーーだあってよう、こうなるなんて誰が予測出来たんだ!今日のオレは、新しい木の香りのする新築ほやほやの隠れ家(的)で、ゆぅーーーーーーっくりと、のーーーーーーーびのびと、だらしなあーーーーく生活しようと思ってたんだぜえ?そおーれが何の間違いで……以前までいた魔王城と同じ材質に造りの豪邸に住まわにゃならんのじゃあーーーーい!!」

「往生際が悪いねえ?環境が著しく変わってしまったのだから順応するしかないだろう。 それに、環境への順応能力の対応は君が最も得意とした分野じゃないか。」

「お前―――それ絶対褒めてないだろう。」

「それにねぇ、この豪邸を解体して“一”から君の所望しているモノに建て替えた場合……一体いくらになると思っているんだぁ~い?」(ニヤソ)

「(…………)お前は、鬼か。 この試算書見た限りじゃ、お前んとこの予算10回くらい空に出来るぞ??!」

「そおーいうこ・と・だ。 しかもこれはなにも大袈裟ではない……とすればあ?」


「嫌な女―――ですね。」 「何か言ったかい?オーガの巫女殿。」

「サツキです、何度言えば判るんですか。」


こーのオーガの嬢ちゃん、なんともまた腰の強いこと。 こいつと張り合うなんて大した玉……て言うより、こいつと張り合って“損”はあっても“得”なんて一つもないぞ? なのになんで……



正直―――ここ最近のサツキには驚かされてはいる。 元来より性根が“頑”として一度言い出したら聞かない処があったが……今回の相手はグラナティス公だぞ? そんな彼女に一歩として退くことなく……それ程までにこのオプシダンという男に何かを見い出したと言うのだろうか。

それよりも、だ。 オプシダンやグラナティス公も言っていたように、オプシダンは元々この地には特段何をするでもなくやって来た。 それも無一文で……そんな奴に雇われようとしている―――っつてえ??

「なあ……サツキ、もう少し考えてからでも遅くはないか?」

「遅くなんてありません、逆にこの機会を逃してしまっては、この女めに掻っ攫かっさらわれてしまいます!!」

「ねえ~~サツキ?“内緒話”ならせめて私に聞こえない様にした方が良くはないんじゃないかな?」

「あら、聞こえてしまいましたか?私これでも抑えめに話していましたと言うのに…」



え゛~~~アカン―――もうバリッバリ戦闘モードじゃないですか……サツキさん。 しかし~~なあ~?どう見てもこの男(オプシダン)って、好みのタイプと違うと思ったんだが―――

今回知られてしまったように、鬼“姫”の護衛を買っているのが私―――“剣”鬼としての役目もあるのだが、それ以上にサツキとは生まれてこの方一緒に行動を共にしている。 そう言う事もありサツキの性格や癖、好みの傾向などを知っていた……だったのだが、ここにきて私はサツキの好みの傾向が変わってしまったのではないかとさえ思えてならない。

それに第一、一人の男性の行く末を別の女と張り合うだなんて―――そんな事は故郷でもあるカーマイン候領でもなかった話しなのだ。 それをどうして今更……



うーーーん私には判らん……私達姉妹の領主でもあるグラナティス公がそうまでして求めるものがこの男にあるのだろうかと。 まあ……あるからあのオーガの娘―――サツキと言ったか?彼女と張り合っているのだろうが、今まで静観していての感想には、そこまでして張り合う価値は“ない”―――と、私は見ている。

それに……この男がやりたくもないものを無理矢理押し付けたとしても“得”になるどころか“損”にしかならない、破綻してしまうのは目に見えているのだろうに……。

だが、しかし―――である。 私の妹様は私とは違った見解だったようで。


「う~ん、やっぱりあの男の人には何かがあるのかも。 それはグラナティス公もそうだけれど、あの鬼“姫”もそうだとも言える……近くヒューマンの国ブリガンティアとの戦争に負けてこちらに落ち延びてきたと言っていたけれど、だとしたらなぜ……敗れてしまった事に臥薪嘗胆し、捲土重来を誓わなかったんだろう?」

「つまりお前は、あの2人が落ち延びてきたのではないのだと?」

「……うん、その事については他の“姉妹”達と相談をし合わなくちゃならない―――それに、情報の共有化も……ね。」



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