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 押し問答の末、結局一ノ瀬さんに手伝ってもらうことになってしまった。

 「何かすみません」

 「大丈夫。キミはもっと他の人頼っていいんだよ」

 「あ、ありがとうございます」

 落ちこむ自分の様子に気を遣ってか、一ノ瀬さんがさらに話を振ってくる。

 「そういえばさ、最近全然会ってなかったね」

 「そういえばそうですね。前はよく一ノ瀬さんと一緒にお仕事させてもらいましたけど」

 「それだけキミが成長したってことだよ」

 「相変わらずお上手ですね」

 勘違いしそうになる気持ちを押し殺し、いつものように軽い言葉を返す。いつもは難なくできるはずの愛想笑いが、今日に限っては上手くできない。

 「いやホントだって。元々仕事をしっかりやる人だから、いつも安心して仕事任せてるよ」

 「あ、ありがとうございます」

 「またいつか一緒に仕事できたらいいな」

 「そうですね。でも、多分一月中はお会いできないと思いますよ」

 「マジで?」

 「マジです。私五日から半月福岡に出張なんで」

 「あーそういえばそうだったね」

 「確か一ノ瀬さんも一月出張でしたよね?」

 「そそ。俺は十五日から半月札幌。マジで会わないんだね」

 「ですね」

 「しかも方向まで真逆だし。何か寂しいな」

 そう言って一ノ瀬さんは子どもみたいにちょっと拗ねた顔をした。

 「そうですか?」

 「何かさ、」

 「はい」

 「マジで織姫と彦星みたいだね」

 意外過ぎたその言葉に、驚きで言葉を失う。どんな言葉にだって、いつも適当な言葉を返せていたはずなのに。

 「………一ノ瀬さん今はクリスマスですよ。半年遅いです」

 「まぁそれもそっか」

 「そうですよ」

 平静を装おうと、いつもよりも快活な声を出す。ただの冗談に正論で返すなんて、さすがにつまらない人間だと思われただろうか。一ノ瀬さんが大きく伸びをする。

 「札幌って熊いるかな?」

 「さぁ、どうでしょう…、街中にもいるんですかね?」

 「俺一度生で熊見てみたいんだよね」

 「ケガしないでくださいよ」

 「大丈夫だって。俺身体鍛えてるから」

 一ノ瀬さんは笑いながら力こぶを作るマネをしている。どこか真意を掴みきれない人だ。

 「ささ、一回休憩してケーキ食べよ」

 そう言ってジャケットを脱ぎ、中のチョッキのボタンも外す。こなれた手つきで、左手でネクタイも緩めていく。薬指に嵌められた指輪が、ほんの一瞬キラリと光る。

 「わ、私…、廊下の自販機で飲み物買ってきますね」

 「お、おう…」

 困惑気味な一ノ瀬さんをよそに、逃げ出すように廊下に出た。

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