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 「一ノ瀬さん?」

 立っていたのは同じ課の二個上の先輩だった。思いがけない人物の登場に、鼓動が早くなるのを感じる。

 「マジで大丈夫? 死にそうなカオしてるけど」

 「あ、はい、大丈夫です。一ノ瀬さんこそこんな時間にどうしたんですか? クリパ行かれたはずじゃ…」

 彼は確か他の社員と一緒にクリスマスパーティーと称した飲み会に行ったはずだ。女子社員数人に参加するよう泣きつかれている場面を昼過ぎに見たのを思い出す。そのまま定時と同時に引きずられるように連れていかれたはずだ。

 「あー、一次会終わったタイミングで抜けてきた」

 「女の子達泣いてますよ」

 「別に大丈夫でしょ。それよりもこれ、」

 一ノ瀬さんが手に提げていたコンビニのレジ袋を掲げる。

 「コンビニので悪いんだけど、これ差し入れ」

 「え?」

 あまりの驚きに、咄嗟にその次の言葉が出ない。

 散らかった机の端に、袋ごとコンビニのケーキが二つ置かれる。

 「どっちがいい? チョコとフツーの白いのしかないけど…」

 「まさか一ノ瀬さん、このためにわざわざ来て下さったんですか?」

 「まぁ…、ね。まだ仕事残ってたから、それも片付けたかったし…」

 いつもと違って少し歯切れが悪い言い方だ。だがあまりの出来事に感動してそんなことなど頓着する余裕もなかった。これが夢でなければ何だというのだろうか。

 「一ノ瀬さんチョコですよね? 私、白い方もらいます」

 「おっけ。確か今となり誰も使っていないよね?」

 「ええ…」

 「それなら少しココ借りるね」

 そう言って一ノ瀬さんがとなりの机にカバンを置く。脱いだコートをイスの背もたれに無造作に引っかけ、イスにどっかりと腰を下ろす。

 「あんまりムリしないでね。俺が手伝えることなら手伝うから何でも言って」

 「そのお気遣いだけで充分ですよ。今年中には何とか終わりそうですし…」

 心配をかけまいと、つい噓をついてしまう。昔からの悪い癖だ。

 「昔と違ってもう後輩もいるんだから、仕事少し振ってもいいんだよ?」

 「一ノ瀬さんがそう言ってくれると何か気が楽になります」

 本当にこの人は、どこまでも優しい人だ。誰にでもこの調子なのに、つい自分だけが特別扱いされているかのように勘違いしてしまいそうになる。

 「で、仕事まだまだ残ってるんでしょ? 手伝うから資料俺のアドレスに送って」

 「一ノ瀬さんもまだ仕事残ってるんじゃ…」

 「俺の心配はいーから」

 「いや…、でも…」

 「遠慮しなくていーから、さ、送って」

 

 

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