第11話 買い物
するとプーカはぱたぱたと店の端に駆け寄って、床の扉を開いた。古い木の階段が地下へと続いている。
丸いしっぽのあとについて階段を降りると、倉庫になっていた。ひんやりとした薄暗がりの中に、食料が並んでいる。
思わず心の中でおお、と感嘆を上げた。種類が豊富で鮮度も良い。
見たことのない食材もあって若干興味をそそられたが、とりあえず無難に馴染みのある野菜や果物、塩漬け肉、パン、調味料を選び……宿屋で眠っているだろう少女を思う。何か、好きな食べ物とかあるだろうか? 見た感じ、身体が弱っているだろうから、とりあえず消化に良さそうなものを買っていこう。
ふとリィネを見遣る。
リィネは何を食べるんだろう?
するとリィネは、俺の腕から棚へ飛び移って、木の実を鼻でつついた。
「きゅい、きゅい」
木の実をいくつか袋に詰める。隣に野菜の種もあったので、一緒に袋に入れた。庭の畑に埋めてみよう。
選んだ食材を、プーカが木箱に入れてくれた。見るからに重そうな木箱を、細い腕で「んしょっ」と抱え――ひょいと木箱を持つと、驚いたように俺を見上げた。
「あ、ありがとうございますですっ……」
これだけあれば、十日はもちそうだ。それに【冥府の森】にはキノコや木の実が自生しているし、他の果実もあるかもしれない。ゆくゆくは畑で野菜も育ててみたいし……夢が広がるなぁ。
わくわくしながら箱いっぱいの食料を抱えて一階に上がり、カウンターに向かう。
その途中、ふと、隅に飾られている服が目に付いた。
可愛らしいワンピースだ。白い布地に、美しいレースの刺繍が施してある。
「そ、それは魔力を秘めた特別な糸が織り込まれているのです」
プーカの説明を聞いて、【鑑定】を発動してみる。
-------------------------------------
【精霊のワンピース】
【精霊の祝福】により、体温調節機能が付いている。
耐久性に優れ、魔力干渉による
-------------------------------------
触れてみると、滑らかで優しい手触りがした。軽くて動きやすそうだ。
繊細な刺繍を見ながら、ベッドで眠る少女の寝顔を思い出す。
彼女がこれを着ている姿を想像すると、思わず目元が綻んだ。
「これを貰おう」
反応がない。
不思議に思って顔を上げると、何やら俺を見つめていたらしいプーカが「はわ! は、はいっ!」と慌ててワンピースを取った。
他にも女性用の替えの服を何着かと、ついでに自分の服も適当に選んで、食料と一緒に一旦カウンターに預ける。
あとは……そうだ、水や、水を運べる袋などはないだろうか。
きょろきょろしていると、プーカが棚の一角を示した。
「ま、魔石をお探しでしたら、こちらなのです……」
魔石? そういえば、魔獣が落とした【魔核】も、『武器や魔石に加工される』って説明されてたな。
籠に盛られた色とりどりの綺麗な石を、【鑑定】で見てみる。
-------------------------------------
【火魔石】:魔力を流し込むことで炎を発する。
焚きつけや明かり等に利用する。
【水魔石】:魔力を流し込むことで水が湧く。
飲用可。
【火水魔石】:魔力を流し込むことでお湯が湧く。
飲用可。温度調整可。
-------------------------------------
おお、これは便利だ。
赤い石――【火魔石】を手に取って観察していると、プーカがおずおずと口を開いた。
「よ、良かったらお試しくださいです……お好みの炎の色や燃え方、魔力との相性があると思いますので……」
なるほど。
……魔力を流し込むって、どうやるんだろう。
試しに手のひらに石を乗せ、集中してみた。
炎をイメージしながら意識を研ぎ澄ませる。
赤く揺らめく炎。闇を照らし、かつて動物だったヒトを人間たらしめた、叡智の象徴――
ふと、体内を温かい力が流れる感触があった。血潮に似たその流れが、手のひらへと集束し――
ゴォウッ! と。
魔石から凄まじい火柱が上がった。
「うおおおお!?」
「ひゃわあああああああ!?」
こんなに!? こんなに!?
慌てて集中を解くと、炎が消え去った。
幸い、商品も天井も無事だ。
プーカは「は、はわわわ……」と大きな目を白黒させている。
俺は平静を装いつつ、フードを深く被り直した。
「……すまなかっ」
謝るよりも早く、プーカの丸っこい目がぱああっと輝いた。
「す、すごいです……! 魔石であんな炎を出せるひと、初めて見ました!」
あ。あれがデフォじゃないのか。
「おきゃくさま、並々ならぬ魔力をお持ちと見ました! ちょっと待っててくださいです!」
プーカは返事をする暇もなく店の奥に飛び込むと、ほどなくしてがしゃがしゃとたくさんの道具を抱えて持ってきた。
「これらはアーシェランド魔導王国から買い付けた魔導具です! おきゃくさまなら扱えるかもしれません……!」
魔導具?
プーカは目をきらきらと輝かせながら、杖に装飾具、布や小物など、さまざまな道具をカウンターに並べる。
「この【賢者の杖】は、持ち主の魔力を何倍にも引き出してくれます。こちらの弓は【星射の弓】、魔力が続く限り無尽蔵に矢を放つことができます。【魔神の斧】は装甲魔獣さえ真っ二つにできるとか。魔導具は選ばれた特別な人にしか使えないので、扱いが難しいのですが……!」
丸い頬を上気させ、ひどく興奮している。どうやら魔導具が好きで好きでたまらないらしい。
豪華な装飾が施された武器に混じって、鈍色の剣があった。
手に取ると、ずしりと重たい。かなり古いもののようだ。刃はこぼれ、刀身はくすんでいる。
プーカがぱっと顔を輝かせて身を乗り出す。
「それは【銀隼の剣】ですっ! 古代遺跡の深層から発掘された
そこまで一息にまくし立てて、「ただ……」と勢いが萎む。
「見た通り、斬れ味がイマイチで……絶対に、凄い力が秘められているはずなのですが……」
俺には【絶剣】があるから、斬れ味は問わない。強度さえあれば十分だ。
何より、しっくりと手に馴染む。
「これを頼む」
「! は、はいっ!」
他にも魔石をいくつかと、調理器具、野菜の種、盥や桶、清潔な布、毛布、ランプや石けんなどの日用品を購入する。
結果、結構な量になった。プーカが木箱をサービスしてくれるというので、遠慮なくお願いする。
商品を木箱に詰めてくれるのを待つ間、店内を見て回る。
不思議な植物や見慣れない道具がたくさんあって面白い。
ふと、一冊の本が目に付いた。
子ども用の絵本のようだ。
ぱらぱらと目を通す。書かれている文字は明らかに日本語ではないが、問題なく読める。
それは、五人の英雄が様々な困難を乗り越えながら、強大な敵に立ち向かうというストーリーだった。桃太郎のような勧善懲悪のおとぎ話だろうか。絵がメインなので読みやすい。
英雄たちは力を合わせて並み居る魔物たちを斃し、女神の加護を得て、ついに最後の戦いに臨む。
英雄たちの前に立ちはだかり、残忍な笑みを浮かべているのは――
「俺!?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
お読みいただきましてありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と感じましたら、★評価やブックマーク等していただけますととても嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます