雨の中の使用人
リュードはエレーナを座らせると自身は背を向けて立ち、剣の柄に手をかけた。
「リュード様…?」
「人の気配がします。」
「え?」
直前まで雨が強く降っていたとはいえ、もう暗くなってきている墓地に来る人間はそうそういない。
それに気配がふらふらとしている。何かを探しているようだ。目的の墓が無ければ墓地になど来ない。良くも悪くも墓参りが目的ではなさそうだ。
「気のせいであればいいのですが、有事の際は私の後ろから離れないでください。」
「はい…。」
「私に万が一のことがありましたら、一気に宮殿まで走ってください。墓地の入り口には私の馬がおりますので、そちらを使っていただいても構いません。」
「そんなに深刻な事態なのですか…。」
「いえ。相手は一人のようですし、不審者かどうかも分かりませんが用心するに越したことはございません。それに、エレーナ様のことは必ずお守りします。どうかご安心ください。」
「はい…。ありがとうございます。」
段々と気配が近づいてくる。意識を集中して、気配のする方に目を凝らすと傘を差した人影が見えた。
気配に迷いが無くなった。こちらにまっすぐ向かってくる。
段々と人影の輪郭がはっきりしてきた。歩幅から察するに妙齢の女性だ。
少し肥えた体躯の白髪の女性。
「ハンナ…?」
「え?」
リュードの後ろから姿を捉えたのだろう。エレーナが立ち上がって目を凝らしていた。
「あちらの白髪の女性はエレーナ様のお知り合いですか?」
「白髪!じゃあやっぱりハンナだと思います。ヨハネ家のメイド長です。」
「左用でございましたか。とんだ勘違いをいたしました。無礼をお許しください。」
「無礼だなんてとんでもございません。リュード様はそれがお仕事ですから。それに、リュード様がいてくださって心強かったです。」
「私はただ騎士として……。」
リュードが答えようとすると、バシャバシャと忙しない足音が。
「お嬢様!こちらにいらっしゃいましたか!」
「ハンナ。ここは墓地よ。」
「あ、失礼いたしました。してこちらの方は?」
ハンナと呼ばれた女性。口調は穏やかだが半ばこちらを睨んでいる。エレーナに何かあったらと気が気では無いのだろう。
「ヴァルツ王国騎士団、防衛隊隊長。リュード・ヴァンホークと申します。」
「ああ、貴方が!」
「リュード様が家に来てくださったときハンナはいなかったものね。私のことを助けてくださった方よ。」
エレーナがそう言うと急に雰囲気が柔らかくなった。さすがはこの国随一の侯爵家の従者である。
「そうでしたか、そうでしたか。私はヨハネ家のメイド長、ハンナと申します。以後お見知り置きを。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「ハンナ、どうしてここに?まさか迎えに来てくれたの?」
エレーナが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。お嬢様、傘を持って行かれなかったと思いまして。馬車もこちらまで引っ張ってまいりました。」
「馬車までこっちに連れてきてくれたの?ありがとう、ハンナ。その傘一本リュード様にお貸ししたいのだけど、貴方は私と一緒の傘でいい?」
「ええ、もちろん大丈夫でございます。かしこまりました。」
そう言って差し出された一本の傘。2本しかないうちの一本である。
それにリュードは馬でここまで来たのだ。大切な馬を置いていくわけにはいかない。
「それはエレーナ様とハンナ様の傘ですので、私が借りるわけにはまいりません。」
「ですが…。」
「それに私はここから馬で帰らなければなりません。申し訳ございません。」
「……分かりました。」
そう言うとエレーナは残念そうに傘を下げさせた。
「リュード様はこれからどうなさるのですか?」
「私はこれから墓参りに。そしたらすぐに帰ります。」
「そうで…くしゅんっ!失礼しました。」
そのくしゃみにハンナが素早く反応する。
「お嬢様!さあ、早く帰りましょう。」
エレーナが持ってきたバスケット持ち、二人分の傘を広げてさあさあエレーナを促す。
「え、ええ。リュード様、お気をつけて。」
「はい、エレーナ様も、ハンナさんもお気をつけてお帰りください。」
そう言うとリュードは雨に晒してある花を簡単にくくって雨の中に消えてしまった。
エレーナもリュードの後ろ姿を見送ると、ハンナに促されるまま歩き出す。
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