どうしてここに…?

「どうしてこちらに…。」



 リュードは半ば呆然としながらエレーナを見つめた。



「も、申し訳ございません、リュード様。私もお墓参りに来たのですが、先にリュード様がいらしたもので。リュード様が終わるまで待っていようと思ったのです。決して墓荒らしなどではございません。」



 エレーナの言う通り、彼女は花と掃除用具の入ったバスケットを持っていた。墓参りに来たと言うのは本当のようだ。それにエレーナが黒っぽい服を着ているのも納得がいく。

 リュードはエレーナの姿に納得すると同時に、自分がエレーナの腕を掴んだままなことに気づいた。



「大変申し訳ございませんでした!姿が見えなかったとはいえど、無理矢理手を掴んでしまいました。お怪我はございませんか。」



 慌てて手を離し、エレーナの容体を窺う。



「大丈夫です。私の方こそ紛らわしい真似をして申し訳ありません。」


「いえ、そんなことはありま……」


「それに、リュード様はお仕事ですから。本当にお気になさらないでください。」


「………はい。ありがとうございます、エレーナ様。」



 そうやってエレーナに微笑まれれば、それ以上謝罪の言葉は述べられなかった。

 しかし、リュードの頭には一つの疑問が残る。



「エレーナ様はザンテ様とお知り合いなのですか?」



 リュードが終わるのを待っていたということは、ザンテの墓に用があるということだ。

 ザンテが亡くなったのは13年前の今日。エミリオの話が正しければエレーナはその時4、5歳ということになる。

 そこまで考えてリュードは我に帰る。

 思わず聞いてしまったが、人の関係性に踏み込むようなことを聞いていいことではないだろう。



「すみません、今の質問は忘れてください。立ち入ったことをお尋ねしてしまい申し訳ありません。」



 律儀なリュードにエレーナは目を丸くしながら答える。



「リュード様、大丈夫ですよ。ザンテ様は私ではなく父の古いご友人なんだそうです。今日は父は忙しくて来れそうにないとのことで、私が代わりに参りました。」


「シュベルク様の…。」


「はい。私も幼い頃に一度だけお会いしたことがございます。」


「覚えてらっしゃるんですか?」


「ええ、朧げながらですけど。」



 エレーナの言葉にリュードは過去に思いを馳せる。ザンテ団長がシュベルク・ヨハネと親交があっただなんて知らなかった。

 エレーナがバスケットを持ち直したときに、カランと掃除用具同士がぶつかって音が鳴る。



「あ、早く掃除してお参りしないと。今日はこの後雨が降りそうですから。」


「そうですね、お引き止めして申し訳ありませんでした。」


「いえ、大丈夫です!私の方こそ失礼いたしました。あ、リュード様お掃除してくださったんですね。」


「ええ、まあ。」


「父に言われて色々持ってきたんですが…。お花だけ供えて帰りますね。」


「それがよろしいと思います。では私もこれで失礼します。」


「はい、ではまた。」



 そう言ってにこやかにザンテの墓の方へ歩き出すエレーナ。

 本当に怪我がないか少しだけその後ろ姿を見た後、リュードはエレーナとは反対方向に歩き出した。

 持っていたもう一束の花束は、手の熱で少し萎れてしまっている。

 これ以上手の熱が伝わらないように、リュードはそうっと花束を上向きに持ち替えた。



 -ポツ、ポツポツ。



 花束の包み紙に雨が滲む。

 見上げてみれば、空は完全に灰色の雲に覆われていた。

 段々と本降りになってくる雨。

 しかしリュードは足を止めない。目的地である墓地の端っこまでまだあるからだ。

 濡れながら歩いていると、後ろからパシャパシャという音が聞こえてきた。

 徐々にこちらに近づいてくる。



「リュード様…??」



 すっかり覚えてしまった声に振り向くと、不思議そうな顔でエレーナこちらを見つめている。



「エレーナ様。」



 リュードが答えると、エレーナは慌てて近づいてきた。



「屋根があるのはこっちですよ!」


「え?」



 リュードの腕を引っ張り駆け出すエレーナ。

 屋敷に行った時もこんなことがあったような、デジャヴである。

 リュードが急に止まれば、エレーナが転びかねない。

 リュードは腕を引かれるまま、休憩所のようなところに来ていた。

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