第4話


 教室は校舎の二階の運動場に面した場所にある。理系の国公立志望が集まるクラスだ。昔から数学が得意で国語が大の苦手だったことと、国公立の方が学費が安いのとで柊高校の普通科の国公立理系コースを選んだ。


 中学の数学と高校の数学は違うというが、俺はそこまで難易度の変化を感じることなく、一年生の数学のテストは順調だった。

 

 朝早く来れば、俺と同じような運動部ではない連中が机に向かっている。女子は何人かで固まって話しているが、それでも一人机に向かう生徒も少なからずいる。


「おはよう」


誰にともなく挨拶すると、机に向かっていた生徒が顔を上げる。


「雫、おはよ。今日水やり当番?」


声をかけてきたのは美形の男だ。少し眠そうな顔をしているが、理系クラスでは一番頭がいい。特に国語ができるというのがすごい。まぁ、数学では今のところ、四勝一敗だが。


「そんなところ」


痴漢に遭って遅くなったとも言えず、適当に濁す。すると、男――嘉納渚かのうなぎさは目を細める。


「なんか、不調気味? いやだなぁ」


そんなに顔に出やすいのだろうか、渚は不機嫌な声で言った。


「何でもないよ。昨日徹夜でゲームしてただけ」


「噓くさいな~。酷いなぁ、親友の僕に隠し事なんてさ~」


口元はニヤニヤと笑っているが、目はマジだ。怖気を感じる。


「ま、いいや。雫に数学教えてほしいなぁ。数Ⅰのとこ~」


興味が無くなったのか、俺が何も言わないことを悟ったのか。渚は話題を変えた。首をかしげる姿は可愛らしいものがある。無意識か狙っているのか知らないが渚はお願い事をするときは少し首をかしげる。この男が座っているのもあり、上目遣いでのこの仕草は様になっている。


「もう授業、数Ⅱ入ったけど。復習?」


「そう。先生に聞きに行ってもいいんだけど、なんかあの先生苦手なんだよね~」


渚がゆるーい口調でそんなことを言う。数学の先生が苦手なんてそんなこと初めて聞いた。


「教え方が? 確かに癖があるけど、分かり易いよ」


渚とは隣の席だ。鞄を下ろしながら、会話を続ける。


「いや、そんなんじゃなくて。雫がよく聞きに行くから……なんか僕が聞きに行くのもなって」


「先生から俺が聞いて、俺がお前に教えれば、お前職員室行かなくていいもんな」


職員室に行くためには階段を往復する必要があり、面倒くさいのだろう。


「いや、そういうわけじゃないんだけど。……まあ、ここ教えて」


開いた問題集の一問は分散の応用。数学の問題を見るとやはりテンションが上がる。これが国語であれば大量の漢字と小難しい文章にうんざりするのだが。


「ちょっと一回解かせて。……で、どこまで分かったの?」


「あ、ここ」


「ここは、ここにある数字とイコールだから……」


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