第59話 最後のランチタイムはお好み焼きで。
全裸騎士団とぶりっこ宰相が触手蔓に磔刑に処された、阿鼻叫喚地獄絵図大会の昼下がり。
「何か色々ありすぎて落ち着かないので、とりあえず料理していいですか?」
私の提案にララさんもシノブさんも、そして黒竜ーー神名クゼさんも乗ってくれた。
「ヒイロの料理の手際、見てると癒やされるのよね」
「ああ。楽しそうで私も好きだ。粉を出すときの光輪の輝きも綺麗だと思う」
「み、みなさんそんなマジマジ見られると照れちゃいますよ」
なんか前も、こういうことあったなあ。
私はギャラリーに苦笑いしつつ、刻んだキャベツにネギ、もやしを準備する。
そして手のひらからふわふわと小麦粉をボウルに出し、そこに泡立て器で水を混ぜていった。
カチャカチャと、心地よい音がキッチンに響く。
「んでさ、俺が契約解消に踏み切れると決めた顛末なんだけど」
人間の姿を取った黒龍・クゼさんが口を開く。
ちなみに黒竜の姿のクゼさんは宣言通りルシディア王国各地の空を駆け巡っている。契約から解き放たれた土地神は、土地の中で分裂くらい余裕らしい。
ーークゼさんの話は昨日の昼下がりに遡る。
王都行きの乗合馬車に乗り込んだララさんに、完全な興味本位で人間姿のクゼさんがついていった。
「なんでついてきたのよ、あんた」
「だって最終の馬車に間に合わねえんだろ?」
「そうだけど。だから今夜は一泊する予定だし」
「なら俺が一緒の方が良くね?」
「は、はあ!?」
素っ頓狂な声をあげるララさんに、クゼさんは目を眇めて笑い、ララの顔を愉快げに覗き込んだ。
「物騒だからついてってやるよ。あと面白そうだし」
「絶対後半がメインでしょ。……ああでも、あたしもあんたを連れて行きたいところ、あったんだったわ」
「へ? 俺?」
「ええ」
ララは乗合馬車の、別の乗客に慮って黒竜の耳に唇を寄せ、ひそひそと理由を話した。
「あんたの信仰者、全国各地に残ってるはずだから調べてあげる」
クゼは思わずララの顔を見た。
そのまま、喜びの勢いでララを抱きしめた。
「うおおお、ララちゃんマジサンキュー!!!」
「ちょ、ちょっと! 周りの目を気にしなさい馬鹿!!!!」
「馬でも鹿でもねーし」
「そういう意味じゃないッッ!!!!」
ーーここまで話を聞いた私とシノブさんは、思わず顔を見合わせる。
「ん? 何よ」
私とシノブさんの様子に、片眉をあげるララさん。
私は呟いた。
「いつの間にそこまで仲良くなってるんですか、お二人は」
「は?」
「ララ殿、気をつけろ。人間の姿を取っていてもそいつは獣だ」
「な、何勘違いしてんのよ!! 魔王の顔でシノビドス口調にならないでよ!! なんでもないわよ!!! あたしたちは!!! 話続けるわよ!!」
「「はあい」」
ーーともあれ。
昨日ララさんは一緒に王都に向かったクゼさんを伴い図書館に行ったらしかった。
この続きの話はクゼさんが引き継いだ。
「ララちゃんがさ。
「調べたい情報が決まっていれば、図書館の
「優しいよな〜ララちゃんは。さっすが俺の
「勝手に
ララさんのツンデレに笑って、クゼさんは話を続ける。
「んで、意外と全国に残ってたからよ。もしかして……と思ったんだ。『俺、今でも契約解消したって、全然まだ余裕で権能残ってんじゃねえのって』」
「気づいてからは行動が早かったわよね、あんた。夜通し各地の伝承地に行っては、地元住民に黒竜の姿を見せてさ」
「いや〜!!! いまだに俺大ファン多かったんな〜!!
「それで、あの大惨事に……」
『ララちゃんのお陰で』整った契約解消の準備というのはそのことだ。
土地神というものは信仰されなければ力を失う、というのが世界的に共通認識らしくって。元々故郷で神職の末裔だったシノブさんの土地でもそうだし、ララさんの学術的知識としても常識らしい。
元教会所属の聖女なので、こういう知識は私にとって新鮮だ。
「
ララさんがシノブさんの顔を見やると、彼は合ってると示すように頷いて返す。ララさんは話を続けた。
「さらに重ねて、ルシディア王国による初代国王信仰の結果、クゼの土地神としての力が減少している恐れがあった。シノブは魔王を辞めたければ、クゼと契約解消する必要がある。けれど契約解消した場合、拠り所をうしなったクゼが消滅する可能性があったーー」
ここまで一気に言ったあと、ララさんは一言でまとめた。
「まあつまりは……各地で黒竜信仰が消えていたら、魔王と契約解消したらちょっとマズいことになったかもね、という懸念があったというわけよ」
「でも全然大丈夫だったよなー」
「そう」
ララさんが目を細める。その表情は、どこか自分のことのように嬉しそうに見えた。
「日々農業で土地に触れ、天候に祈りを捧げて暮らす平民のほとんどは、表立って口には出さないものの土地神への感謝をしながら暮らしていたの……クゼは、忘れられていなかった」
春の訪れには竜のお菓子を捏ねてお祭りをして、
苗を植える折には古き土地神への祈りの歌を歌う。
秋の収穫祭には、小麦の穂で竜を模した飾りを拵えて軒先に飾る。
冬には親族同士で果実酒を酌み交わすとき、酔っ払った人間を竜に擬えて、笑って、厳しい季節を耐えて。
「図書館の情報に俺、嘘だろって思ってちょっとその辺の村に突撃したら、伝説は本当だった!! って驚かれてちまってな!! ははは、すっげー嬉しかった」
私はふと、台所での祈りを思い出した。
「そういえば、修道院でも台所に立つ前は、大地に祈りを捧げますね。そっか……あれも、クゼさんへの祈りだったんですね」
シノブは改まった顔をしてララさんに頭を下げる。
「今回の件は、ララ殿のお陰でうまく行った。心から感謝する」
「べ、別に。あたしはただ、あたしが経理の仕事もらって、自由にさせてもらえた御礼というか、借りがあったし……だから頭下げないでよ、もう」
ララさんが照れている。可愛いなあ。
「それよりほら! ヒイロがお好み焼きを焼くわよ!見なさいよ!」
私の手元に視線が集まる。
「へへ、やりますよ」
頬が熱くなるのを感じながら、私はサラサラの生地を鉄板に薄く伸ばし、おたまでくるくると広げていく。
キャベツを乗せて、もやしとネギを乗せて。薄切りの獣オーク肉を乗せて。
じゅうじゅうと、美味しい音が響いていく。
くるっと反転させ、形を整えて。
隣で焼きそばを作って、ソースを絡めてカリカリに焼き始める。
「ヒイロの特製お好み焼き、あたし大好き」
「そういえば、……カスダルパーティ追放後のヒイロ殿が真っ先に作ってくれたのは、このお好み焼きだったな」
「懐かしいなあ、あのとき、俺初めて人間の姿をヒイロちゃんに見せたんだっけ」
「……あの時、いきなり全裸になったから私は居た堪れなかった」
「ヒイロちゃん全然気にしてなかったのにな、ひゃはは」
私の料理を囲んで、皆が嬉しそうに笑ってくれてる。
なんだか幸せで、自由で、泣きそうになる。
私ーー粉物の聖女で、本当に良かった。
涙声にならないように笑顔を作って、私は皆を見た。
「そろそろできそうなので、みなさんお皿持ってきてください。一緒に食べましょう!」
こんな幸福な時間は、きっともうすぐ終わってしまう。
だってもう色々めちゃくちゃになってしまったからーー落ち着いてここで食堂を続けるのは無理だ。
私はこのランチタイムを、大切な思い出として心に焼きつける。
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