第58話 土地神クゼと大惨事 ※ざまぁ
「契約、解消……」
シノブさんが目を見開き、竜の姿の黒竜さんを見上げている。
「おのれ邪神よ、今儂の邪魔をすれば」
「あ〜、今はちょっと黙っといてくれ、ぶりっ子ジジイ」
ばさっ。翼の風圧で、ヴィヴィアンヌさんがコロコロ転がっていく。
慌てて聖騎士の人たちが彼女(?)に駆けつけて庇った。
「魔王サマ! 今すぐ決めろ!! あんたは俺と契約を解消して俺を自由にするか、それとも魔王としてこれからも国にいいように使われてーー惚れた女を見捨てるのか!!!!」
「お前は、それで平気なのか」
シノブさんの言葉に、力強く黒竜さんは頷く。
「ああ。もう準備は整った。ララちゃんのお陰でな。だから景気良く契約解消、宣言しやがれ!!!」
「ああ!!……いくぞ、黒竜!!!!」
瞬間、光が迸る。
「お前も自由になってくれ……
眩い光に思わず顔を覆った私を、シノブさんが腕の中に抱きしめる。
シノブさんと黒竜さんの間を、光の魔法陣がパッと駆け巡ってーー粒子になって、溶けた。
「うあああああ……久しぶりだぜ! この感じはよぉ!!」
黒竜さんが叫ぶ。竜の咆哮が、ビリビリと大地さえ揺るがした。
「よしっ」
「よし……?」
「とりあえず景気づけに、王都の教会爆破しといたわ」
「え」
思わず変な声が出る。
王都の教会??? 爆破????
「今の咆哮の魔力、軽くジャブ打つ感じで教会にぶつけたんだけど、まあ木っ端微塵だわな。ははは」
どう考えてもはははで済む話じゃない。
「そ、それって大惨事では!? 今すぐ救援しなきゃ」
「ヒイロちゃんの爆破と一緒だよ」
「え?」
「爆破しても怪我させねえよ。建物が損壊するだけでさ。そりゃ俺だって土地神様だぜ? それくらいできらあ、ははは」
「はははって……」
「ヒイロちゃんの大事な人たちだっけ? とりあえず牢屋に突っ込まれてた姉ちゃんたちは、全員魔力で元の修道院に転送しといたわ。潮の匂いがしたから多分あってるっしょ」
「雑なのかすごいのか、もはや判断がつかない」
そんな彼のお腹に、火炎や氷の玉がぶつかる。
「んあ?」
「おおお、おのれ邪神め!!!!!!」
聖騎士団の皆さんやヴィヴィアンヌさん(の姿をした宰相様)が、やたらめったら黒竜さんに魔法をぶつけてるのだ。
「お前ら、ばっかじゃねーの……?」
黒竜さんは呆れたように呟き、翼の風圧で彼らを転がす。
「あのさー。その魔法の力、どっから出てると思うの? 大地だよ。俺に俺の力ぶつけてどーすんの。ばか?」
「ヒ、ヒイイイイイ!!!!!」
黒竜さんの炎の吐息が彼らに吹き付けられた瞬間、彼らの服と鎧が全て腐り落ちる。ヴィヴィアンヌさんだった宰相様も、ついにマッパでアフロのおじいさんになった。
「とりあえず縛っとくわ。うぜえから」
地面から触手のような蔦が生え、全裸になった彼らをぐるぐると絡め取る。触手に囚われた全裸騎士団とぶりっこ宰相おじいさん。ひどすぎる地獄絵図だ。
「こ、この国の宗教が崩壊する」
もうすでにこの状態で宗教の権威は地に落ちてる気もするけどなあ。
黒竜さんは呆れたように金瞳を眇める。
「いーじゃん。初代はともかく今の国王はポンコツで教会は嘘ついてんだってはっきりしたんだし、もう俺様を信仰しとけ。な? 教会の神を俺に全部入れ替えるだけでいーぜ」
「う、うわあああああ」
「そもそも邪神だのなんだの、適当なこと言いやがって。俺の名はクゼだ。よーく覚えとけよ!!!」
「う、うわああ邪神の真名を知ってしまった!!! もう終わりだ!!!!」
みんながメチャクチャに錯乱する。地獄絵図がますます地獄絵図になる。
そりゃそうだ。
信じてた信仰がぐちゃぐちゃになるんだから。
確かに元々、黒龍さんって人間のこと、ミミズと花壇とは言ってたけど。
土地神って怖い。黒竜って、怖い。
「そうか……異能を診断するときの水晶玉って、霊峰クゼの水晶でしたね……ああ、クゼ……」
「なあシノブ!!! ちょっくら俺、国中飛び回ってくるわ!!! ララちゃんが言うには俺のファンはスタヴィチューテ領以外にも残ってるらしいしなぁ!!」
「人は殺すなよ、クゼ」
私を抱き寄せたシノブさんは落ち着いていた。どこか嬉しそうにも見える。
そうか。もう契約関係を解消したから二人は名前を呼び合えるんだ。
「わーってるって!!!! ヒイロちゃんを悲しませはしねぇ!!! それに俺はこれから土地神復帰するんだしよ、ファンを増やしていかなきゃいけねえしな!!! ひゃーっはっはっはっはっは!!!!」
高笑いをしながら、黒竜さんは口から火を吐きつつ飛び去っていく。
呆然として、私はその姿を見送った。
「……シノブさんが魔王様としてわざわざ契約して、黒竜(クゼ)さんを使役しなければならなかった理由、わかった気がする」
「土地に根差す旧神というのは、だいたいああいうものだ」
「キエエエエエエ!!! おい!! おい!! 魔王!!! おい!!!」
つんざくような声で、宰相様が全裸で声を裏返して叫んでいた。
「ま、魔王!!!! 早くあれをなんとかしろ!!!」
「残念だが、私はもう魔王ではない。ただの一人の男だ」
さも残念、といった風にシノブさんは肩をすくめて首を振る。
宰相様は唾を吐きながら捲し立てた。
「お、お前の言葉なら聞くのではないか!?」
「なんでも聞いてくれるわけではない」
「早くあの厄災を止めろ!!!」
「止めろ、か」
シノブさんはふっと目を細めて笑う。
「それこそ、貴殿らが信仰する神に願えば良かろう」
「あ、ああああああああああ!!!!!!」
あ、壊れたっぽい。
しばらく宰相様の醜態を眺めていたシノブさんだけれど、私に「見飽きた、行こう」と促し、聖女結界内へと入る。
テラス席に行けば、スタッフさんが抱き合って怯えて泣いていた。
「ヒイイイイ、このまま、この世はどうなってしまうの」
シノブさんは膝を折り、彼女たちの涙を拭って微笑む。
「心配はいらぬ。今は露悪的に振る舞っているが、信仰者には手厚い土地神だ。これからは
「そ、そんなものなの……?」
「そんなもの、だ。……少し疲れたな。さっ、お茶にするでござるよヒイロ殿〜」
「シノブさん、気持ちの切り替え早すぎるよ!!!」
さくさくと食堂に戻るシノブさんについていく。
中ではララさんが腰を抜かして空を見上げたまま呆然としていた。
「ララさん、ララさん、大丈夫ですか」
「……故郷のおばーちゃんたち、腰抜かして涙流しながら空を拝むでしょうね」
「でしょうねえ」
とんでもない事態が起きてしまったからか、お昼のランチに冒険者さんたちは来なかった。
一旦メイタルト村に帰宅したスタッフさんたちを見送り、私とララさん、シノブでひとまずランチタイムにした。
全ての話を聞いて、ララさんははあ、と溜息をついた。
「まさか、『私の故郷で信仰が残っているからーー契約を解消しても、土地神としての魔力は損なわれない』なんて、やってみないとわかんない賭けに出るなんて思わなかったわよ」
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