第57話 人質
私とシノブさん、そしてララさんは事務所に集合。
一旦、食堂の外にテーブルと椅子を出して、スタッフさんにお茶を入れてもらって時間稼ぎをしたところで、三人で情報共有して対策を練った。
「あそこまでしか来ないあたり、露骨に結界を警戒してるわね」
「私の聖女結界で、食堂は悪意があると入れないんですよね。悪意があるとバレないようにあそこで堂々と立ち話に持っていこうとするあの根性、凄すぎますね」
「とにかく、今日はあれがジジイだと気づかないふりするのよ」
「承知した」
「穏便に帰ってもらうことが第一ね、頑張ってみる」
しかし。
ちらりと私はヴィヴィアンヌさんを覗き見る。ヴィヴィアンヌさんは小指を立てて、可愛らしいくねくねした動きでお茶を呑んで、一人にこにことしている。
「ララさん、あれが宰相様とは思えないんですけど……」
「逆に考えるのよ。ジジイだから若い女のふりをしようとすると、ああなるのよ」
「なるほど」
私はほっぺをペチンと叩き、気合を入れて彼女に会いに行く。
後ろからシノブさんがシノビドスの格好をしてシュシュっとついてきてくれる。ララさんは後方支援として事務所に残ってくれるみたいだ。
ヴィヴィアンヌさんは私たちを見て、きゃっと声をあげて笑顔になった。
「きゃーの♡ ヒイロさん、お久しぶり♡ 色々大変だったみたいだから、気になってきちゃったの〜」
手を握ろうとするヴィヴィアンヌさんをやんわり制しながら、シノビドスの黒装束と仮面姿の彼が、私の前に立った。
「お気遣いは嬉しいでござるが、女性一人で物騒ではなかったのでは? 拙者心配でござるよ」
「ああ、それは大丈夫♡ おじいさまが、沢山お供をつけてくれたの♡」
彼女に促され後ろを振り返る。食堂の中から死角だったそこには、ずらりと甲冑を纏った聖騎士が並んでいる。
「ひええ」
「……おじいさまはよほどヴィヴィアンヌさんを大事になさっているのでしょうなあ」
「ええ♡ 良いおじいさまよ♡」
孫娘の姿を借りてぶりぶりしといてよく言うなあ。
なんて思いながらも、私は笑顔を作って問いかける。
「ところでどんなご用事ですか? もうすぐお客さんが多くなるランチタイムなので、できれば手短だとありがたいんですが」
「簡単な話よ」
ヴィヴィアンヌさんはニッコリと微笑んだ。
「教会本部に来てほしいの。安心して聖女食堂を開きやすいように、教会本部をあげて支援したいんですって」
「ええ。何度か手紙はいただいていましたが……」
「なかなか応じてもらえないって教会の皆がしょんぼりしてたから、思い切って、ヴィヴィもお願いにきたの。ねえ、聖騎士も守るから、一度王都で話だけでも聞いてくださらない?」
うるうる。目を潤ませながら、ヴィヴィアンヌさんは上目遣いで言う。
体を近寄らせようとするのを、さりげなくシノブが止める。ヴィヴィアンヌさんはぷぅと頬を膨らませた。
「何よ、シノビドス邪魔しないで」
「えーと……そう言われても、私は今の聖女食堂で十分満足なので……」
「魔王城の近くって危ないじゃない! 怖いから……ね? 聖騎士もたくさん警護するし、何よりヒイロさんに何かあれば、魔王が世界をせーふくするんでしょ? こわーい! だから、ヒイロさんを守りたいの。ねえ、お願い! ヴィヴィ、ヒイロさんを連れて来れなかったらおじいちゃんに怒られちゃう〜」
最後の方は懇願に近い口調で、くねくねとしながらヴィヴィアンヌさんは訴える。
すごい。これをあの宰相様がやってるんだと思うと凄すぎる。怖い。
「もし行くのならば拙者もご一緒するでござるよ」
また私の手を掴んでこようとしたヴィヴィアンヌさんとの間に入り、シノブさんが落ち着いた声で問いかける。ヴィヴィアンヌさんは首をぷるぷると横に振る。
「え〜、でもヴィヴィ、ヒイロさんだけ連れておいでって言われたから、男の人は連れていけないかも。それに」
ちらっと、ヴィヴィアンヌさんは私を見て微笑んだ。
「もしシノビドスが魔王様に化けた男の人だったら、ヴィヴィ怖いし」
「……ッ!!」
私はこわばる。
ヴィヴィアンヌもとい宰相様は、この間の謁見の間に同席していたはずだ。
シノビドスが魔王様だと、
「でもヴィヴィアンヌさん、彼はそんな人じゃないって知ってるんじゃないですか? 一緒にパーティで同行したこともあるんですし」
「確かにシノビドスとは同行してたけどぉ、でも顔なんて見たことないし怖いわ」
ヴィヴィアンヌさんはさも怖いと言わんばかりの態度を取る。
どうする。私はちら、とシノブさんと目くばせし合う。
「それにね、ヒイロさん」
ちら、と私をみた彼女は、続いてとんでもないことを口にした。
「実はね、教会本部に昔ヒイロさんがいらっしゃった修道院の皆さんを集めてるんですって」
「……えっ……修道院の皆さんを……?」
私はカスダルに攫われてパーティに加えられる以前、海辺の修道院で過ごしていた。僅かな期間しか在籍していなかったけれど、今でも懐かしく思うほど良い思い出の場所だ。
海風の匂いと、みんなの温かな笑顔の記憶がさっと頭を通り抜けていく。
「皆さんが、いらっしゃってるんですか?」
「そうなの。ヒイロさんにぜひ会いたいからって、勢揃いよ。でも修道院の皆さん、立場上決まった殿方としか会うことってできないから。だからシノビドスにはお留守番してもらいたくて……」
どうしよう。
彼女がそれを明かす意味に気づき、私は手が震える。
ーーもしかして私が言う通りにしなければ、彼女たちが危ないってこと?
「ねえ、ヒイロさん。一緒に来てくれるわよね?」
「私は……」
綺麗な紫の瞳が、私を挑むように見つめる。
頭がいっぱいになって、何も考えられない。
その時。
シノブさんが私を背中に庇って彼女を見下ろす。
「一旦お引き取りくだされ、ヴィヴィアンヌ殿」
「どうして? 感動の再会は早いほうがよろしいんじゃなくって?」
「関係者を人質に取って言いなりにさせようとする
「……なんだ、なんだ、最後までとぼける気かと思ったが。つまらん男よ」
その声は嗄れた、老人のそれだった。
「聖女ヒイロ・シーマシーは教会が厳重に管理し身柄を守る。それの何が気に入らぬ?」
その刹那。
ぶわっと風が吹き抜ける。気づけば黒装束から魔王様になったシノブさんが、私の肩をしっかり抱いて立っていた。
怒りで、シノブさんの綺麗な髪がふわふわと浮いている。
「おお、魔王よ……ははは! ついに正体を現したか!!」
「彼女は私の妻だ。好きにはさせない」
私は思わず顔を二度見する。待って、妻って!?
緊迫した状況と、シノブさんのさらりとした爆弾発言に、思考と感情が追いつかない。
シノブさんに肩を抱かれたまま固まっている私を差し置いて、ヴィヴィアンヌさんーーの姿をした宰相様はシノブさんに嗤う。
「魔王よ。聖女が教会の保護の元、安寧に食堂を開けるのであれば貴様も本望だろう?」
「私の願いは聖女ヒイロの解放。彼女を自由にしてやることが、私が魔王を続ける条件だったはずだが?」
「はは。王宮も教会も連日議論が紛糾しておるよ。
くくく、とヴィヴィアンヌさん姿の宰相様は肩を揺らす。
「さあ魔王。わしを殺したいのならば殺すが良い。貴様自ら厄災になってくれても構わない。しかし儂に何かあれば忽ち、聖女ヒイロの大切な修道女たちの命はない」
「……ッ!!!」
「その聖女を儂の息のかかった教会で保護する限り、教会と政治、どちらの実権も思いの儘よ」
シノブさんは唇を噛む。
私は深呼吸をしてーーシノブさんの手を、そっと肩から外した。
「ヒイロ殿」
「シノブさん。ありがとう……でも、私は聖女だから。聖女は人々の為に生まれる存在。だから私は……私のわがままで、大切な人が傷つくのは嫌なの」
「そんな……!!」
「物分かりの良い娘は好きさ。さあ、おいで」
私はヴィヴィアンヌさんの差し出した手に向かって、そっと近づく。
ーーそうだ。これでよかったんだ。
私は少しの間だけでも、自分らしく生きられて、誰かに愛されて幸せだった。
それだけでもう、私は十分なんだ。
急に視界が陰る。
空から、黒竜さんが舞い降りてきた。
「魔王サマ! 準備は整ったぜ! ……さあ、俺らの契約を解消するときだ!!」
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