聖女は魔王とずっと一緒に。
第53話 ヴィヴィアンヌ・パスウェスト ※ざまあ
魔王騒動で王宮が揺れた、その数日後。
ーーストレリツィ家、
その廊下に悲痛な叫び声が響く。
「嘘でしょう、兄上!! あいつが、ヒイロが魔王とグルだったから、王国のために広く知らしめただけで、俺は……俺は国のために!!!」
縋り付こうとする腕を振り払い、ストレリツィ家嫡子、テイマヨーシュは侮蔑の眼差しで愚かな弟を見下した。
「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない。……命あるだけましだと思え。今後貴様は下男として、ストレリツィ領で一生過ごすことになる。貴様のせいで領地の最も豊かな平地、その三分の一を失ったストレリツィ領でな」
「あ、あれは何かの間違いでっ、兄上、あのっ」
「せめて一生奉公し、一生俺に顔を見せるな」
床に転がったカスダルを見下ろし舌打ちをし、テイマヨーシュは靴を鳴らして早々に立ち去っていく。
カスダルは絶望のまま、兄が去っていくのを見送った。
「嘘だろ? 俺は……俺は、後宮に通じたヴィヴィアンヌが、全てを膳立てしたから……絶対ヘマは起きないはずだったのに、どうして」
カーペットには涎と涙が垂れている。それをぎゅっと握りしめ、歯をくしいばる。
そうだ。彼に出版社を紹介したのもヴィヴィアンヌだ。
「ヴィヴィアンヌなら。あいつなら、俺の味方になってくれるはずだ」
彼女はパスウェスト家の令嬢。
教会への献金と神官排出で絶大な地位を誇るパスウェスト家が後ろ盾になってくれれば絶縁も撤回されるだろうし、最悪絶縁されたままだとしてもパスウェスト家の縁故さえあればなんとかなる。
それに。カスダルは緊急事態ながら、うっすらと笑みを浮かべる。
あのヴィヴィアンヌが責任を感じて婿に貰ってくれればカスダルはどこまでも安泰だった。多少強く脅してやってもいい。あのヴィヴィアンヌならばカスダルに惚れ込んでいるわけだから、今回の責任を突きつければどうとでもできるだろう。
カスダルは従者も伴わず(伴えず)、街を走ってパスウェスト家の王都屋敷(タウンハウス)へと向かった。しかし名を告げても、ヴィヴィアンヌの事を話しても、門の中にすら入れてもらえない。
「どういうことだ!? お、俺はヴィヴィアンヌが所属する魔王討伐パーティ、そのリーダー、カスダル・ストレリツィ様だぞ!? いいから彼女に会わせろ!!!!」
門番の襟首を掴もうとも、門番は顰め面で目すら合わさない。
その時、石畳を鳴らしながら門に豪奢な馬車が近づいてきた。
振り返って思わずカスダルは笑顔になる。救いの神、ここにあり。
まさにその馬車は貴婦人向けの馬車。おそらくヴィヴィアンヌ当人が乗っているはずだ。
「ヴィヴィアンヌ!!! 俺だ、カスダルだよ!! 開けてくれ!!!」
「あっ、貴様!!! 登るんじゃない!!!」
たまらず、カスダルは血走った目で馬車によじ登り、ドアを強引に開く。
そこには見慣れた柔らかな髪をした、ドレス姿のヴィヴィアンヌがいた。
しかし彼女は、カスダルを見て付き添いのメイドに縋りつき、金切声をあげて絶叫した。
「きゃあああああッ!!!! 誰か、誰かーーーーーッ!!!!」
「おい、ヴィヴィアンヌ、俺だよ、カスダルだよ、……ッ他人の振りするのか、くそ!!!」
「きゃあ、知りません、知りません、どうかお止めください、助けて……!」
カスダルはふと違和感を覚えた。
彼女は豊満な体を強調する聖女装束を身につけていたが、今日の彼女は爪先まで隠されたロングスカートにピッタリと胸が閉じられたブラウスを着ている。口調もまるで違う。それどころか髪の色も銀髪ではない。淡い灰金髪(アッシュブロンド)だ。泣き濡れた瞳の色もブラウンで。
ーーその上、頭上には光輪がない。
「待てよ……お前は、誰だよ……」
「わたくしは、あなたのおっしゃるヴィヴィアンヌです……ッ!」
「嘘だろ? おい、お前の姉か妹か? 全く同じ顔の、聖女は!!」
メイドを強引に突き飛ばし、カスダルは強引にヴィヴィアンヌの肩を掴む。彼女は涙を溢してガタガタと震えながら答えた。
「お、おりません。わたくしは、能力は何もない一般人ですッ……姉妹もおりませんッ……」
「じゃあ!!! 聖女はいねえのか!? 本当にいねえのか?!?!?」
「祖父が」
「………は?」
彼女は震え、しゃっくりをあげながら答えた。
「そっ祖父、祖父が……『聖女』の力を持って……おります……!」
「祖父、だと……?」
そのままカスダルは取り押さえられ、後ろ手に縛られて気絶させられた。
薄れゆく意識の中、思い出す。
ーーそうだ、聖女というのは女ばかりではない。
大地に愛されし力というのは、稀に男にも生じるということ。
滅多に生まれない上に何かしらの処置で光輪を隠す者がほとんどなので、男にも生まれるということをカスダルは忘れていた。
パスウェスト卿。現宰相である。
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