第52話 ララと黒竜

 ーーその頃。

 聖女食堂にて、ララは黒龍と二人で膝を突き合わせて話し込んでいた。

 黒竜にとっては魔王以外との交流は楽しいらしく、若い男の姿で上機嫌にインタビューに答えてくれた。

 人間の姿になっても、ララよりも二回りくらい大きな体の男だけれど。


「なるほど、ね」


 ララはノートを片手に、黒竜から聞き出した真実をまとめた。


「シノビドスは魔王。魔王の本名は尾藤志信。聖女異能を持つ男だった。竜繭半島統一のために初代国王と協力し、黒竜と契約を結んで魔王になった。けれど……時代の流れでいつの間にか『初代国王に征服された、竜繭半島の魔王』ってことにされちゃってたわけ、ね」

「そういうこと」


 ちなみに主従契約を結んでいるので、黒龍は魔王の名前ーービトウシノブの名を口にできないらしい。

 ララに説明するときでさえ、「ビールのビに、トーマスのト。そして……」という感じに説明した。

 話はわかった。しかしまだララには疑問があった。


「でも聖女異能持ちなの、あれが? 光輪ないじゃない」

「契約の時に食ったからなあ、俺が」

「あれ食べられるの!?」

「魔力の質や強さで味、全然違っておもしれーんだよ。魔王サマの光輪はワカメで出汁取ったような味したぜ。ヒイロちゃんはどんな味なんだろうなあ」

「食べないであげてよ……」


 前にヒイロが言っていた。光輪は他人に触られるとしんどいくらいデリケートなところだったはずだ。

 それを食べられてしまうなんて、どれだけの苦痛を伴ったのか。

 ララはノートを閉じ、はあ、とため息をつく。


「つまり国のために、光輪まで食べさせて、ずーっと貧乏くじ引いてるってわけね……」

「そ。ヒイロちゃんと魔王様ってそっくりなんだよね」

「ほんと。話聞いてると、結局王国を許しちゃいそうよね、アイツ」


 話を聞けば聞くほど理不尽な話だ。


「まー、自分のことになったら我慢しすぎるやつだけど、今回はヒイロちゃんを守るって目的があるからよ。ちゃんとケリつけて戻ってくるだろうさ」

「そうね……」

「逆に言えば、そういう時じゃないと立ち向かえないんだよな〜」

「危なっかしいわね……」


 パーティではヒイロに頼り切りだったララと、魔王の光輪を食べて契約した黒竜。二人の人生に負担をかけてしまっている罪悪感を持つ者同士、顔を見合わせて苦笑いする。


「そうそう。ヒイロが焼いて作り置きにしてくれたパンケーキがあるの。一緒に食べましょうよ」

「おっ、いいな」

「座ってんじゃないわよ。準備手伝いなさいよ」

「へーへー」


 ヒイロが焼いて作り置きにしていたパンケーキを食べながら、軽口を叩いている場合ではないことはララも承知だ。けれど、笑う余裕があるからこそ色々考えられる。

 甘いものを食べていると自然と笑う余裕が湧いてくる。

 高級茶葉で出した緑の苦いお茶に、甘いスイーツがよく合う。


「そういえば、聖女が生まれるのも大地ーーあんたの加護の一つらしいけど、ヒイロの聖女異能が小麦粉で出るのはどうして?」

「さあね。わかんねえ」


 ララにとって最大級の疑問の一つだった。けれど黒龍はけろりとした顔でいう。


「大地なのにわかんないの、あんた」

「きっとこれは俺じゃなくてさ。魔王様の願いが自然と土地の魔力と絡み合って、効果を出したんだと思うんだよな」


 薄焼きにした生地を摘んでそのまま、あーんと食べながら黒竜は目を細める。


「甘ぁ」

「魔王の願いって何よ、教えてよ」

「ん。何もかもを失った民でも、すぐに焼いて食べて元気になれる小麦粉を出せる異能は、戦乱で荒れた土地でこそ重宝されるんだ」

「……魔王の、民が飢えることがないように、と言う願いが……ヒイロみたいな子を生んだってこと?」

「そうそう。やっぱ獣も人間もさー、美味い飯は基本だよ、キホン。それくらいは俺もわかるぜ」

「確かに……。あ、もしかして彼女が料理に使う火の魔法を使えないのもーー彼女が周りの人と、食卓を囲むためなのかもしれないわね!」

「や、それは流石に考えすぎじゃね?」

「突っ込まないでよ野暮ね! いい事言ったのに!」

「ははは。でもそれ真実じゃねえからなー」


 お茶を飲み干して少し考え、ララは黒竜に話しかけた。


「……ねえ。黒竜」

「ん?」

「もしヒイロと魔王ピンチになったら、どうか二人を守ってね」


 ギラギラの金瞳を見開いて、黒竜は首を傾げる。


「勿論そうするけど、あらたまっちゃって、どうしたんだよ」

「ヒイロ、今私やスタッフさんの生計を守ってるでしょ? だからもしかしたら、それを切り捨てられなくて逃げられない事もあるかなって。でも……私はちゃんと、ヒイロが食堂を閉じてもなんとかなるように、影で色々やってるから。だから二人が躊躇しても嫌がっても、あの二人は絶対守ってほしくて」


 黒竜はにかっと犬歯を見せて笑った。


「そりゃ、ララちゃんに言われなくても守るさ」

「そうよね。……ん、ありがと」


 ララは微笑み、空を見上げた。


「……早く、帰ってこないかな。明日以降の対策について早く話したいのよ」

「そーだそーだ。全部食べちまうぞー」

「黒竜は食べ過ぎなのよ!」


 二人は魔王とヒイロを待つ。

 また笑って、食堂を開けることを願いながら。

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