第44話 ミミズと花
「国土を守護する伝説の黒竜、って何ですか?」
「知らないの? そっか、これは教会所属の聖女には絶対教えられない話だものね」
「聖女には教えられない話、ですか」
「そう」
ララさんは私の疑問に一人納得し、そのまま説明を続けてくれた。
「伝説の黒竜というのは、国が成立する前の古代宗教時代の話よ。
「はい」
「まずね、ルシディア王国はルシディア王家の名前だけど、それ以前は半島は 竜繭半島(ドラゴコクーン)と呼ばれていたの。そしてその時代、人々は半島を守護する黒竜を信仰していた。けれどルシディア王国初代国王が半島を支配して以来、旧来の黒竜信仰は未開の邪教として消えていったのよ」
ぱちぱちぱち。
黒竜さんが笑顔で手を叩いている。
「すっげ〜。今でもちゃんと分かってる人間いたんだ〜」
ララさんの説明が合っているのが嬉しいのだろう。黒竜さんは感心する様子だった。
隣の魔王様があまり明るい顔をしていないのがちょっと気になりつつ、私はララさんの説明の続きに耳を傾けた。
「竜繭半島(ドラゴコクーン)は土が黒く肥沃で、大陸のどの土地よりも最も豊かで食べ物があふれる土地。まあ、だからこそ、長年戦乱が続いていたのだけど……。とにかく、竜繭半島(ドラゴコクーン)の豊穣は、半島の土地神である黒竜の加護だと信じられていたのよ」
「へえ……そうなんですね」
「今でも俺、ちゃんと加護してんだよ。偉いっしょ?」
「へええ!すごい!」
軽いノリで言う黒竜さんに率直に感動してしまう私。
ララさんは腰に手を当てて呆れたように彼をみた。
「守ってもらっている人間側のあたしが言うのもなんだけど。邪教扱いしてきた人間を、未だに見捨てないなんてよくやるわよ」
「んー。別に俺は存在するだけで勝手に土地が豊かになるわけだし、たかが有象無象の人間がどう思おうがどうでもいいんだよね」
「有象無象って」
「花壇に水撒いて、その花壇で生きてるミミズに感謝されてもどうでもいいっしょ?」
「み、ミミズ……花壇……」
「そ。俺にとっちゃ、花壇の花が大事なわけ♡」
黒竜さんは両手でピースサインを作ってにっこり笑顔。(御伽噺に出てくる勇者、ピースさんが勝利の時に指を二つ立てて勝利を示したことに由来する、国民みんなが知ってるポーズだ)
そんな黒竜さんを半眼で眺めたのち、ララさんは私へと目を向けた。
「ヒイロ。伝説の黒竜っていうのは、つまりはそういうことよ。初代国王を神に据えた今の教会の教義では教えられない話だから、教会所属の聖女であるヒイロが知らないのも当然なの」
「どうしてララさんは知っているのですか?」
「私の地元に残っている古い祭りの歌が、黒竜に豊穣を祈願する歌なのよ 。領主非公認の祭りだから消えずに残ってるんでしょうね。だから正直、魔王城で黒竜を見かけた時は目を疑ったわ。……魔力量や存在感、どれも地元の伝説に残った黒竜そのままだったから」
「ふーん。そーゆーこと、未だ知ってる人もいるんだな〜」
黒竜さんがにやにやと楽しそうに笑っている。
「もう人間、全員そのこと忘れてると思ってたよ」
「そうでもないわよ? 私の地元のおばあさんが黒竜を見たら腰抜かして拝み倒すわよ」
「マジで? 会いに行ってあげよっかな」
「やめてあげて。邪教が復活したらどうすんの。……あとは私が個人的な興味関心で、魔術学院時代に図書館で調べたの。こっそり入っちゃいけない場所の鍵をもらって、禁忌図書を読んでたら書いてあったのよ」
「ララさん結構危ない橋渡ってたんですね」
「知識だけが私の武器だもの。磨いて当然よ」
ララさんはペロリと舌を出す。私はただただ感心するばかりだった。
学があって賢いララさんがいるといろんなことがどんどん明らかになる。
私は魔王様を見た。
「じゃあ魔王様は、そんな黒竜さんと一緒にいるんですね」
「ああ」
言葉を濁すように、魔王様は目を伏せる。あれ、触れられたくない話題なのかな。
そう思っていると、良い笑顔の黒竜さんが魔王様の肩に腕を回した。
「そうそう。魔王様は有象無象の人間とは違って、大地(おれ)が忠誠を誓いたいと思うような人ってわけ」
「さっきの例えで言うと、ミミズじゃなくて花壇の花の方なのね?」
「ララちゃん正解〜♪」
ふと、その時。呑気な黒竜さんの態度とは対照的に、魔王様の金の瞳が暗く陰った気がした。
ミミズと花壇の花。
人間がミミズだとすれば、魔王様は花壇の花。魔王様はその話で表情を翳らせた。
私は魔王様の表情の意味が気になり、話しかけた。
「あの、もしかして、魔王様は」
ーー花壇の花として、人間のために何かを犠牲にしてらっしゃるんですか?
そう聞こうとしたところで、黒竜さんが私の言葉を遮った。
「そういやララちゃん、地元では俺のどんなことが残ってんの?」
「そうね。村の祭りで村の酒を全部飲んで酔っ払って転がった話とか」
「あ〜!! 懐かしいな〜!!」
黒竜さんとララさんが昔話に盛り上がる。
私は不安が確信に変わる。
もしかして、黒竜さんはあえて、話題の中身が魔王様になることをーー避けた?
情報が多くて、思惑が分からなくて。私はただ押し黙った。
そんな私に、魔王様がひっそりと私へと話しかけてきた。
「ヒイロ。シノビドスの部屋の件だが」
「あ、は……はい」
すっかり忘れていた。シノビドスの部屋を増やして欲しいって話をしていたんだ。
魔王様はなぜか頬を染めながら、言葉を選ぶようにして言う。
「とにかく、
「でも、シノビドスは私の事そんな目で見てないですよきっと」
魔王様の真面目な瞳が、私を射抜いた。
「君自身はどうだ。……彼を意識することはあるのか」
「え。そ、それは……意識って……」
「恋愛対象として気になるのか、という意味だ」
「……え、ええと……」
言葉に詰まる。
顔が火照るのを感じて、私は思わず目を逸らした。魔王様は、躊躇いがちな声音で囁くように告げる。
「仮にだ。ヒイロ殿は……私が一緒に住むと言ったら、どうする」
「えっ」
「……私のことは、意識して……くれるだろうか」
私と魔王様以外の世界が遠くなる。
満月より輝いて、猫の瞳よりも不思議な色をした魔王様の金瞳が、私を真剣に射抜いて離さない。
ララさんや黒竜さんの声も聞こえなくなった。
「え、ええと……魔王様を意識なんて、烏滸がましいというか……それはシノビドスも一緒で……」
魔王様が凝視してくる視線が恥ずかしい。
「二人とも私なんかにすごく優しくしてくれるから、その、私が勝手に、あわあわってなっちゃって……あの……す、すみません」
しどろもどろになる私を見て、魔王様は何故か、とても優しい眼差しで私を見て微笑んだ。
「意識してくれているのだな、私を。……そして、彼を」
「……え、ええと……」
「……ヒイロ殿。実は……」
「!!! そうだ!!」
私は閃いた名案に、パチンと手を叩いた。
「魔王様とシノビドス、二人のお部屋があれば完璧じゃないですか!?」
「!?」
名案だった!シノビドス一人、魔王様一人で意識しちゃうのなら、二人ともいれば多分大丈夫!
私の叫びに、ララさんが反応した。
「ちょっとヒイロ! 魔王と忍者と魔女と聖女で暮らすなんて、いくら何でもデタラメに程があるわよ!!!」
「あはははは、あは、もーだめ、俺も一緒に暮らしていい?」
「伝説の竜まで参戦!?」
ゲラゲラと笑う黒竜さん。隣で騒ぐララさん。
頭を抱えて困った顔をする魔王様。
めちゃくちゃだったけど、とても楽しい夜だった。
魔王様と黒竜さんの関係はーーとても気になるけれど、なんだか蒸し返す訳にも行かない気持ちで、私はそれ以上踏み込まないことにした。
ーー翌日。笑えない展開になるなんて、まだみんな誰も思っていなかった。
客足が突然絶えたのだ。ぱったりと。
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