第43話 楽しい食堂増設と、明らかになっていく事実。

 ララさんが経理担当として聖女食堂で働いてくれるようになった日。

 夕方には、どこから聞きつけたのか(シノビドスかな〜)魔王様がやってきて、早速魔法で聖女食堂に建て増し工事を施してくれた。

 テラスでお茶を飲み終わるくらいの時間で工事は完了した。


 私とララさんは新しくなった聖女食堂の部屋を見て、その出来栄えの良さに感嘆の声をあげた。


「なるほどね、一階の調理場の奥に事務室を建て増ししたのね。ここなら風通しもいいし、お客は入ってこれない場所だし、仕事しやすそうでいいじゃない。事務室から隠し階段で、二階の私の部屋に入れるのもいいわ」


 嬉しそうに事務室の机を眺め、書類棚を開閉するララさん。

 計算に使う魔法計算機や安心確実な書類送付ができる魔法速達便のストック、その他、魔女としてハイスペックなララさんだからこそ使えるグッズが沢山揃えられている。


「気に入ったわ、ザル勘定は今日で終わりにできそう。ヒイロのことは任せなさい、魔王」

「頼もしいな。何か不都合があれば、いつでも言うといい」


 魔王様に対しても強気に笑うララさんは、ここ一週間の間に服装も髪型もすっかりイメージチェンジしていた。


 長い紅髪を彩るのは魔力補助の流れ星アクセサリーがついたカチューシャで、腕には髪を纏めるきらきらのシュシュを嵌めている。黒ドレスは相変わらずだけど、膝丈のワンピースはふわっとしていて凄くおしゃれだ。四角く開いたデコルテには、糸のように細い華奢なネックレスを飾っていた。何より眼鏡が、イメージをガラッと変えている。


「実は目、結構悪かったのよね。ファッション重視でつけてなかったんだけど、今の仕事なら眼鏡も悪くないかなって」

「ほえ〜……美人ってどんなファッションでも似合うんですね〜」

「ふふ。あんたも可愛いんだからそれなりのオシャレ、そろそろ覚えなさいよ。ね、魔王?」

「ヒイロ殿は今のままでも十分可憐だ」

「ヒッ……じょ、冗談は置いといてお部屋確認に行きましょう、ねッ」


 そのまま三人で二階の住居部分に上がり、二階の建て増しした部分のララさんの部屋に入った。

 部屋を見て、ララさんは嬉しそうに溜息をついた。


「最高。ベッドリネンの色もカーテンも、あたしが好きなラベンダー色じゃない!」


 ララさんは興奮気味に振り返る。


「ねえ魔王。どうして、あたしがこの色好きって知ってたの?」

「う、うむ……」

「もしかして、ララさんの瞳が紫だからですか?」

「そ、そうだ」

「ふーん。いいセンスしてるじゃない」


 ララさんは納得しながら、ベッドに座ったり枕の高さを確かめたりしている。


「事務室の机についた時も思ったけど、椅子の高さや枕の高さもちょうどいいのよね。なに? あたしのストーカー?」

「うむ……いや……」

「ララさん、魔法なら何でも相手に合わせてバーンってできるものなんじゃないんですか?」


 私は聖女としての魔法の学しかないので、物質形成に関する魔法などの仕組みはあまりわからないのだ。


「『魔法は想像ありきの創造である』という言葉があるわ」


 尋ねる私に、ララさんは噛み砕いて答えてくれた。


「頭の中で材質高さ厚みに強度、釘の材質やなんやかんや、全部構成できないとここまで完璧なものは作れないのよ。そんなもん普通の魔術師は考えられないから、オーダーメイドで作る家具職人だって失職しないわけでさ」

「ララさんが魔法で調理場とかコテージとか、さらさらっと作っちゃってるのは……?」

「あれは既に設計図が完成された呪文を覚えて、ちょっとアレンジ加えて構築してるだけよ」

「へー……初めて知りました」

「あんたが色んなバリエーションの小麦粉を錬成してるのと同じよ」

「なるほど……」


 しきりに感心して頷く私の隣で、魔王様がよそ見をしている。


「で、その魔王が作ってくれたこの部屋は、明らかに私の身長や腰の高さや利き腕や、癖や好みを知ってないと作れない部屋なのよ。フルオーダーメイドなのは嬉しいけど、よく私のこと知ってるわね?」

「それは……」

「それは?」

「魔王だから、わかる」

「………………まあいいわ。あんたが私とヒイロの大恩人なのは間違いないし、これ以上突っ込むのも野暮ね。悪かったわ。ありがとう、魔王様?」


 ララさんが追求をやめるて片目をすがめて笑うと、魔王様はわかりやすくホッとした様子だった。


「……うむ。他に何か必要なものはあるか?」

「うーん、あたしはもういいかな……ヒイロは?」

「そうだ! お願いしたいことがあります!」


 魔王様の言葉に、私はパチンと手を叩く。


「何だ。遠慮せず、何でも言って欲しい」

「シノビドスの部屋も作って欲しいんです」

「っ!?」


 魔王様が言葉をつまらせる。

 あれ? 頼んじゃだめだったかな……?

 不安に思いながら、私はとりあえず最後まで話を続ける。


「彼には今、客間として作ってもらった部屋に寝泊まりしてもらっているんです 。でもシノビドスにもちゃんとしたお部屋を用意したいんです。お願いします」

「待って、ヒイロ」


 片手を上げ、そこにそっと入ってきたのはララさんだ。


「……あいつ、どんだけここに居座ってんの」

「ほぼ一緒に住んでましたけど」

「嘘でしょ!? 一つ屋根の下に!? 二人で!?」

「え、ええ。魔王様が来る前に『用事があるでござるよ〜』って言って、いなくなっちゃいましたけど」

「てっきり普段は別なのかと思ってたわ……なのにそれ以上の進展なし!?」

「ししし進展って何ですか!?」

「あああ。想像以上だったわ……」


 頭を抱えるララさん。


「あの不審者忍者、まだはっきりしてない癖に同棲なんて何考えてんの。もー甲斐性なし!」

「……ご、ごほん」


 何とも居た堪れなさそうな顔をして、魔王様が咳払いをした。


「彼にも彼の事情があるのだろう」

「何で魔王があいつの肩持ってんのよ」


 じろり。ララさんは半眼で魔王様を睨む。

 魔王様はもう一度咳払いした。


「ヒイロ殿……手伝いならともかく、男と部屋を作って住むというのは、私もあまり賛成はしない」

「あはは、二人とも、何深刻な顔をしてるんですか〜。シノビドスはそんな人じゃないですよ」


 私の言葉に、ララさんは変な顔をして頭を横に振る。


「シノビドス御愁傷様だわ」

「ねー、俺もそう思うんだよな〜」

「……きゃああああああ!?」


 そこで突然窓から部屋に入ってきて頷く一人の男。黒竜さんだ。

 ララさんは悲鳴をあげた。


「あ、ああああんた誰!?」

「ちーっす。俺、黒竜。よろしくねララちゃん」

「ほらララさん。カスダルパーティ時代も、魔王城で時々見かけてた、あの大きな黒い竜さんですよ」


 私の説明に、ララさんはさらに目を剥いた。


「は、はあ……!? あんたが、国土を守護する伝説の黒竜!? え!?」

「え?」


 ララさんの言葉が初耳で、私は思わず聞き返した。

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