第42話 女狐
王都屋敷の一室にて。
カスダルは新しい魔王討伐者の勧誘リストを受け取り、しばらく目を通したところで顔色を変えた。
「こういうのはいいんだよ、もっといい奴見つけてこい!」
「も、申し訳ございません!」
カスダルは従者を怒鳴りつけ、苛立ちを抑えられず書類の束をテーブルに叩きつける。
「くそ、どいつもこいつも……!」
カスダルがどかりとソファに座ると、音もなくメイドが茶を淹れる。そんな彼の横にぴったりと寄り添うようにヴィヴィアンヌが体を寄せてきた。
「イライラしないでカスダル様ぁ。大丈夫よ」
「……まあ、お前がいるからなんとかなるとは思ってんだけどな」
「そうそう♡」
美人の笑顔と押し付けられる体の柔らかさに気分が落ち着いたカスダルは、もう一度、勧誘リストに視線だけをよこした。
「……もう面倒になってきたな、魔王討伐」
「えー、そうなんですの?」
「近衛騎士団の連中は難癖付けてきやがったが、裏を返せば、他ならいくらでも俺は引っ張りだこってわけだ」
「きゃーの♡ さすがカスダル様ですの〜」
「俺を馬鹿にした連中のとこに、わざわざもう一度魔王討伐して縋り付くのも面倒だ」
「うんうん、それもそうですよねぇ」
「親父は近衛騎士団に入らなけりゃ……とか言ってるが、どっか行く当てを決めさえすりゃあ、相手の顔を立てるためにも親父も無理に俺を田舎には引っ張れねえ」
魔王討伐の功績は、国内の貴族子息の能力を測る為の試験のようなもの。
討伐に向かう子息の年齢や討伐時期、彼の伴うパーティの年齢や身分がある程度、暗黙の了解で定められているのもそれが理由だ。
今回近衛騎士団入りは物言いが入った。だが結局、難癖をつけてきたのは近衛騎士団だけなのだ。
近衛騎士団じゃなくとも、魔王に傷をつけた「天才」の名声に見合う収まりどころがあるならばなんでもいい。
有象無象のつまらない奴らをわざわざ雇い直して、魔王討伐に向かう意味はない。
「では魔王討伐をやめるのでしたら、ヴィヴィともお別れになってしまいますのね。しくしく」
わかりやすくめそめそするヴィヴィの体をまさぐり耳元に唇を寄せ、カスダルは「馬鹿いえ」とせせら笑う。
「まだ別れねえよ。来年までは形だけでも魔王討伐パーティは解散しない予定だしな。俺を広告に使った服屋との契約もあるし」
「よかった〜♡ ヴィヴィ、カスダル様とお別れ嫌だったから〜」
「なんだよ。解散しようが、俺と会ってくれていいんだぜ?」
「きゃーの♡ 嬉しい♡」
身をくねらせ、ヴィヴィアンヌは嬉しそうに腕に絡みつく。むちぃ……とくっついてくる豊満な胸の圧力と深い谷間の絶景に、カスダルはすっかり気が良くなる。
「なあ。お前は後宮に行くんだよな?」
「はい♡ 後宮で聖女としてお勤めしてきなさいって言われてて♡」
「もったいねえな。後宮に入ったら一生嫁ぎもしねえで女世帯で生きるなんざ、お前の体が泣くぜ」
「やーの♡ カスダル様のえっちぃ」
ヴィヴィアンヌは何も考えていない顔と乳だけが取り柄の頭の軽い女だが、貴族令嬢としては最高のコネクションとなりえる女だ。こうして触れられなくなったとしても、彼女との繋がりは、カスダルにとっても大きな旨みだ。
ボロ修道院で小麦粉出して麺作っていたような田舎娘(ヒイロ)とは、わけが違う。
「ま、これからは適当に討伐やってる振りをして夜会に適当に出てりゃ、俺の今後も決まるさ。有力な貴族家に婿入りしたっていい。とにかく俺は、ストレリツィ家を出れりゃいいんだ」
「ねえ」
「ん?」
「カスダル様は、それでいいの?」
ヴィヴィアンヌの灰色の双眸が、じっとカスダルを射抜く。
聖女の証ーー手のひらサイズの小ぶりな天輪の淡い光が、彼女の瞳に影を落とす。
「ヴィヴィアンヌ……?」
いつもニコニコふわふわとした彼女の真顔にカスダルは動きを止めた。
カスダルの目を覗き込み、まばたき一つせず、彼女は柔らかな唇を開いた。
「
「悔しいって、何がだよ」
「カスダル様を悲しませた聖女も、カスダル様にひどいこと言って逃げちゃったララさんも、こんなことになっちゃった一番の原因の魔王も、みーんな、カスダル様に迷惑をかけたのに、何不自由なく楽しく暮らせるんでしょ?」
「……っ……!!」
「カスダル様は、こんなところで終わる男の人じゃないでしょ? もっと、もっと上を目指せる人だったのに。周りの人のせいで残念なことになって、勿体無いですわ」
ヴィヴィアンヌの言葉に、カスダルの目の色が変わっていく。
「……そうだな。お前のいう通りだ」
「ですの」
認めたや否や、落ち着いていたカスダルの表情が、次第に怒りと苛立ちで染まっていく。ぎゅっと握り込んだ拳に、真っ白なヴィヴィアンヌの指が添えられた。
「ヴィヴィ、カスダル様が泣き寝入りするのは悔しいの。でもカスダル様が寛大に思ってあげるのなら、ヴィヴィも諦める……」
「ヴィヴィアンヌ」
カスダルはヴィヴィアンヌを強く抱きしめる。髪を撫でて体を離した時、彼は再び、聖女への怒りを滾らせた男の表情へと変わっていた。
「俺が泣き寝入りなんざするわけねえだろ? あいつらには勿論、俺の面目を潰しやがった落とし前はつけてもらう」
ヴィヴィアンヌはにこりと微笑む。
「きゃーの♡ ……カスダル様はそうでなくっちゃ♡」
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