第40・41話 ララの結婚とヒイロの提案

「やっほーヒイロ。繁盛してるじゃない」

「ララさん! ……なんだか珍しい格好ですね」


 以前はセクシーな魔女ドレスを着ていたララさんだったけれど、今日は落ち着いた黒いワンピースを身に纏っている。きらきらに輝く星屑みたいなアクセサリーは相変わらずだけど、魔力補助のアクセサリーなので魔女としては必須のものだ。


「イメチェンしたんですか?」

「元々こういう服が好きなのよ。シンプルっていうか。肌見せるのも苦手だし」


 風通しの良い日陰のテラス席に座ったララさんは、肩をすくめて笑った。


「……お別れを言いにきたの」

「え!?!?」

「とりあえずランチいただける? ゆっくり話しましょう」

「は、はい……」


 とにかく私は、ララさんにランチをお出しすることにした。

 マヨネーズと茹で卵のドレッシングをかけた夏野菜サラダ(カリカリに焼いたクルトンを添えて)、冷たいトマトの搾りたてスープに、ぎゅっと絞ったレモン風味の魔獣鶏肉ソテー。

 パンは小さめに焼いたものを添える程度にした。


 脂や小麦粉の量は控えめながら、卵や鶏肉で食べ応えがある。

 私の小麦粉も入っているので癒し効果もあり。

 スープも前菜もなんでも一度に出すのは、修道院時代からの習慣だ。


「美味しそう。いただきます」


 疲れた顔をしていたララさんも目を輝かせ、まずはスープから口に運ぶ。

 一口、二口。無言で少しずつ平らげていきながら、ララさんは目を見張った。


「あんた、元々うまかったけど随分と料理の腕あげたわね……?」

「えへへ……今は調味料や新鮮な食材、冒険者さんがくださいますからね〜」

「そう。楽しそうで、あたしも嬉しいわ」


 ララさんは薄く微笑む。

 その笑顔がらしくなくて、私は嫌な予感で胸が苦しくなる。

 たっぷり時間をかけて丁寧にランチを食べ終え、お茶を飲みながらララさんは私に言った。


「私結婚することになったの」


 おめでとうございます、と言いそうになってハッとする。

 ーー彼女にとって、結婚は全く嬉しくないことだった。


『あたし、パーティ解散ってことになったら、貴族ジジイの後妻になる運命なのよね』


「解散したんですか、ついに」

「ううん。カスダルパーティ、クビになったから」

「クビ!?」

「こないだカスダルがここに来た時、私いなかったでしょ?」

「確かに」

「もう嫌になっちゃって。ヒイロがいなくなって以来、輪をかけてあいつめちゃくちゃだし。我慢ならなくなって、反抗して、それでおしまい」

「我慢……ですか」

「そう。ヒイロを攫うだの、魔法で店を燃やしてこいだの、魔王をお前がたぶらかして来いだの、うっさかったから」

「ひえっ」


 べえ、と吐き出すように舌を出すララさん。


「いい加減、自分の汚名くらい自分で濯ぎなさいよって言ったら、まあキレてさ。…そしたらもう、全部馬鹿らしくなっちゃって、結果としてこれになったって訳」


 ララさんはこれ、と言いながら首を切る仕草をした。

 私はハッとして、彼女の露出した腕や首に目を走らせた。


「じゃあララさん、カスダルに酷いことされたんじゃ」

「大丈夫よ。あたしは黙って殴られる義理なんてないから、襟首掴まれた瞬間に頭突きして逃げたわ」

「そ、それなら良かったです」


 私はほっと胸を撫で下ろす。


「まあ、カスダルにはなんだかんだ世話になっていたし、最後まで面倒みるつもりではあったけど……ヒイロの店を燃やせなんて言われたら、ね」

「ララさん……」


 食後のお茶を飲みながら、ララさんは庭に向けて遠い目をした。


「結婚を先延ばしにするためにカスダルのパーティに加入したのは知ってるでしょ?」

「はい」

「魔術学院を卒業したあと、本当は王宮や貴族家に仕える魔術師になりたかったんだけど無理でね。実家の圧力もあったし、男爵家の妾腹のあたしは、それだけで履歴書さえ受け取ってもらえなくってさ」

「あらら……」

「魔王城討伐のパーティも志願したんだけど、カスダル以外は全然雇ってくれなくて」

「意外ですね、ララさんほどの能力の人が」


 ララさんは三席で卒業した人だと聞いている。最終試験が面接ということで、主席次席は大抵高位貴族の子女になるというのは、私でも知ってる暗黙の了解だった。そういう見えない壁を除けばララさんは同期一番の成績だったわけで。


「そりゃあそうよ。魔王城討伐はリーダーとなる貴族のお坊ちゃんが、いかに実力とコネクションを見せつけるかってお遊びなんだから。討伐したいなんて誰も本気で考えてないし、王家もそんなの望んでない」


 ララさんは少し鼻じろんだ感じで笑う。


「そうなったら求められるのは実力よりも家柄よ。それに令嬢でパーティ加入する子なんて、婚約者のお手伝いじゃなけりゃあ、訳アリなわけだし。ヒイロも一応『婚約者のお手伝い』枠だったでしょ?」

「ええ、まあ……」


 経歴傷モノになっただけの婚約なんて、最悪だっただけだけど。


「『訳アリ』の方に入るあたしは、そりゃ誰も欲しがらない。そんなあたしが加入できたのはカスダルのパーティだけだったの」

「それも意外といえば意外ですよね。カスダル、プライド高いしカッコつけなのに、自分のパーティを女の子だらけにするって」


 自分の周りを、錚々たる未来の権力者な男子で揃えたりしたくないものなのかな。

 首を傾げる私に、ララさんは肩をすくめた。


「男ばっかなら、全部の手柄山分けになっちゃうじゃない。討伐の時だけパーティを寄せ集めて、全てを自分の手柄にしたいわけ。だから、あんたやあたしみたいな『実力は保証済みだけど、後ろ盾の弱い出世とは縁遠い女』を集めてたのよ」

「なるほど」

「あと、あいつスケベだし。多少反発したり言い返しても、胸でかいならまーいいやって感じのやつだったから」

「それはありますね」


 私は即答する。

 ララさんの体ばっかり見てたのは私も知っている。ララさんは好きでセクシーな服を着ていたのかなと思ったけれど、もしかしたら少しでも、カスダルに捨てられない為にセクシーにしていたのかもしれない。美人も大変だな……。


「あたしを雇ってくれたのはあいつだけだったから、そういう意味の恩はあるし、反省して真っ当に生きて欲しかったのは本当よ」

「ララさん……」

「って言っても最低だけどね。1ポイント感謝してても5兆ポイントマイナスよ」

「あはは……」


 風が吹き抜ける。

 ララさんは疲れてやつれた顔で微笑む。

 その表情は今まで見たことのない穏やかなーー諦めの笑顔だった。


「あたし、頑張る。結婚したって幸せになれるように努力するわ」

「ララさん……」

「でも」


 彼女は真面目な顔をして、私を紫の双眸で射抜いた。


「ヒイロともう会えなくなるのは……すごく寂しい」

「ッ……もう決まったことなんですか?」


 諦めるララさんなんて、ララさんらしくない。

 思わず尋ねる私に、ララさんは悲しげな顔をして首を縦に振る。


「そりゃそうよ。仕事があれば逃げられるけど、クビになった以上、私を雇ってくれる場所なんてどこにもないし」

「仕事があればいいんですか?」

「だぁから、あたしなんかを雇ってくれる所なんてないんだってば」


 少し苛立った様子で、ララさんは言葉を重ねた。


「雇う場所が……あればいいんですね?」

「……なによ。どうせあたしなんかを雇ってくれるところなんて、」

「あります」

「……は???」


 私は私の問題も含め、全ての問題が解決していくのを感じていた。


「ララさん!!!!」

「な、何よ」


 私に手を掴まれ、ララさんは困惑気味に見上げる。


「聖女食堂の経理、担当してもらえませんか?」


ーーー


 それから小一時間後。

 ララさんは食堂の作業部屋に溜まった書類を見て、青ざめながら叫んでいた。


「し、信じらんない!! なんでこんな杜撰な経理でやってこれたのよ!!!」

「いやあ、私も不思議なんですよね〜」

「不思議なんですよね、じゃないわよ! ああもう、色々腑に落ちたわ。店の繁盛の規模といろんなものが釣り合い取れてない感じがしたもの。これじゃカスダルが潰してくる前に商工会に潰されるわよ」

「あはは、ですよねぇ」

「反省しなさい!!」

「はい」


 私は修道院にいた経験があるので、ある程度の食堂運営はできる。

 けれど経理計算は非常に苦手だった!

 修道院ではベテランの経理担当のシスターがいたので、学があまりない私の出る幕はなかったのだ。

 他のスタッフさんも文字が読めるのがギリギリくらいで、シノビドスは計算はできるものの、経理についての知識はゼロ。


 最近うちにちょこちょこ顔を出してくださっていた商工会のお兄さんも、実は「よい経理を派遣しましょうか?」と言ってくれていて、お願いするのを検討していたところだったのだ。


「ったく。しょうがないわね。あたしがなんとかしてあげる」


 ララさんは長い髪を一つにまとめ、袖を捲って腰に手を当てた。


「今日はとりあえず状況確認だけしてあげる」

「ありがとうございます……!」

「お店、もうすぐ忙しくなる時間でしょ? あんたはあんたの仕事やんなさいよ」


 背中を押して私を魔法調理場へと戻すララさん。

 私を見て彼女は頼もしい笑顔で笑った。


「あんたとは離れたくなかったし、あたしも仕事が欲しかった。願ったり叶ったりだわ」

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