第34話 カスダル撃退と、新たなる敵の予感 ※ざまぁ

「以前と、同じ……」


 ーー以前の方法。

 その言葉を聞いた瞬間。

 急に脇腹が、かつて刺された時の痛みを思い出すように痛んだ。


「ヒイロ殿。……今日こそ、君を必ず守る」


 魔王様は私をマントで包みこみ、そしてカスダルを睨んだ。


「カスダル・ストレリツィ。かつて私に傷を負わせたときに与えた魔紋に、『あの』顛末を記録していないとでも思ったか」


 魔王様は再び、カスダルを冷たい眼差しで見下ろした。

 カスダルのふてぶてしい顔が、途端に歪む。


「なん、だと……?」

「普通の神官ならば、その魔紋に描かれているのはただの功績だけに見えるだろう。しかし古代魔紋の秘術を読める階級の者ならば」


 その時。魔王様の手の動きに合わせてカスダルの前に輝く古代文字が浮かび上がる。

 カスダルが目を瞠った。


「それは……そんなもの、知らなかったぞ!?」


 私はシノビドスが聖女食堂の保証人になってくれた時を思い出した。

 そうか。魔王様も同じ魔紋を描けるのだ。


「もしかして、まさか……騎士団入りの内定にケチがついたのも、お前が余計なことを書いていたからか?!」

「貴様の功績が、どのような犠牲を払って得たものか明らかになっただけのこと」

「嘘だろ……おい……」


 ガタガタと震えるカスダル。一瞬にして、彼の仮面は剥がれた。


「う、うあああああああ!!!!」


 カスダル、無事な手をかざして無茶苦茶な詠唱を発動する。

 しかし魔力の才能がないカスダルの魔力は、魔王様の吐息一つで消し飛んでしまう。


「あ、ああああ」


 魔力が全て、枯渇するのが目に見えてわかった。


「消えろ、カスダル」

「消えろなんて言われて、消えてられっかよぉ……!!!!」


 そのとき。


「ああーん。カスダル様ー、退屈しちゃったので来ちゃいました〜♡」


 ヘナヘナと気が抜ける声。

 内股で歩いてきたのは、新聖女ヴィヴィアンヌさんだった。


「……ッ……お前、馬車で待ってると言っただろ」

「だから飽きたんですよぉ。お腹すいたし〜」


 ヴィヴィアンヌさんは獣オークスープの匂いにくんくんと鼻をひくつかせる。


「美味しそうな匂いがする〜! ヴィヴィも何かいただきた〜い!」

「ばっかやろ、帰るぞ!」

「ええ〜」

「つーか、さっさと手を治せ!!!」

「きゃー、黒焦げ」


「待って、カスダル。……それにヴィヴィアンヌさんも」


 私は奥に小走りに入り、無人の魔法調理場でパンを包んで渡す。


「ヒイロ」


 魔王様が眉を顰める。

 周りの冒険者の人たちがブーブーとざわついた。


「こんな奴に施してやるなよ、聖女ちゃん!」

「わかんねえけど、何か最低なことされたんだろ!?」


 私は、まだ跪いたままのカスダルを見下ろした。


「そうです……私は、絶対にあなたを許さない」


 痛みで脂汗をかいたカスダルの顔を見ているだけで、思い切り硬いバゲットで頭をめったうちにしたい衝動に駆られる。

 泣いて叫んで、されてきたことを謝ってよって言いたい。


 けれど、私は聖女だ。

 聖女は国家の所有物。そして元修道院の正規聖女としてのプライドだってある。


「目の前で傷ついた人がいるならば、どんな罪人だとしても、無意味だとしても、癒すのが聖女の務めです。聖女は一個人である以前に、聖女だから」


 この男の為に、私の聖女のプライドまで損なうなんて嫌だ。


「けれど勿論、私の力で今、あなたを治すつもりにはなれません。だからパンだけ差し上げます。それを受け取って帰ってください。二度と目の前に現れないで」


 私は受け取れないカスダルの代わりに、ヴィヴィアンヌさんにパンを手渡す。


「わあ♡ やだ〜美味しそう♡」


 ヴィヴィアンヌさんは包みを開いてパッと笑顔になる。

 この状況でその物腰、よくわかんない人だなあ。

 なんて思っていると、


「ふっざけんじゃ……ねえ!!!!」


 カスダルがヴィヴィアンヌさんの手からパンを叩き落とした。


「え〜、どうしたのカスダル様あ」


 カスダルは無言で、体を引きずって去っていく。

 ヴィヴィアンヌさんは私を振り返った。


「ごめんなさぁい。せっかく美味しそうだったのに〜カスダル様よくわかんないけど機嫌悪いみたい〜」

「いえ……」

「もお〜パンも落としちゃって……」

「あ、私が拾いますよ」


 彼女がしゃがんで拾ってくれようとしたので私は慌てる。

 その時。ヴィヴィアンヌ さんは私に顔を寄せ、ふっと笑った。


「カスダルは、まだ諦めぬだろうな」

「え、」


 私にしか聞こえない程度の、小さな声だった。

 柔らかな銀髪の奥、紫の瞳が私を見て笑う。

 その表情は甘ったるい砂糖菓子のような、普段の彼女の物腰とは全く違っていた。


「ゆめゆめ、ストレリツィ伯爵家と奴の執念を侮るな。そなたの手腕を楽しみに見ておるぞ」


 ニイ、と口元で弧を描き、彼女は言った。

 まるで誰かが乗り移ったかのようだった。

 私が呆然としている間に、彼女はころりと態度をかえ、カスダルを追いかける。


「ああん、カスダル様〜〜、待って〜〜」


 ヴィヴィアンヌ さんは甘い猫撫で声で内股でくねくねと歩きながらカスダルと共に去っていった。

 二人が見えなくなったところで、魔王様が私をマントから解放する。

 魔王様は私を労るような眼差しを向けた。


「ヒイロ。……辛いことを思い出させた。まだ奴に刺された腹は痛むか」

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