第33話 自爆しそうなヒイロ、そして真打。 ※ざまぁ

 目を丸くする私を庇うように、続々冒険者さんたちがカスダルを取り囲んでいく。

 その中の一人が、私を見て申し訳なさそうに頭を下げた。


「聖女ちゃん。ごめん。貴族相手だからって怯んでた俺らがダサかったわ」

「え、」

「……聖女ちゃんの毅然とした姿にやられたよ。こんな細っこい聖女ちゃんが胸張って俺らを守ろうとしてくれてんのに、俺らが黙ってるわけにはいかねえよ」

「え、えええ」

「おい、カスダル。お前はこれまでも冒険者相手にふてえ態度とってきただろ。恨みは十分に買ってんだ。聖女ちゃんに手を出したらどうなるか、わかってんだろうな」


 みんなが立ち上がり、口々に私を庇ってくれる。

 メイタルト村のスタッフのお姉さんが、私を奥に引っ張って手を握ってくれた。目が赤い。


「聖女ちゃん。ありがとう。……私たちも、貴方を守るわね」

「みんな……スタッフさん……」


 嬉しいけど、想定外の事態です。

 気づけば冒険者の皆さんはカスダルを囲み、ギラギラとした怒りの眼差しで彼を見つめていた。


「お、お前ら……平民のくせに! 下賤の輩のくせに、俺に楯突いていいとでも思ってるのか!?」


 場の熱気はすでにカスダルを圧倒している。

 私は逆に不味い、と思った。このままでは事が荒立てられてしまう。

 貴族と平民ーー特に冒険者の皆さんとの揉め事は、絶対後で冒険者さんたちにとって問題になる。


『凄惨!あの『天才』カスダル集団暴行に散る! 冒険者多数捕縛! 紛糾の渦中に粉物聖女あり』


 ゴシップ記事の号外が街で配られる様子が浮かんでしまった。

 まずい。そうなってしまえばまた、この食堂はおしまいだ。


「ど、どうしよう……」


 以前みたいに、小麦粉の爆発オチで有耶無耶にするしかないのかしら。いやいや、爆発したからって服しか吹っ飛ばないし、マッパのアフロで乱痴気騒ぎの乱闘フェスティバルが開催されるだけだ。あああもう、ますます治安が悪い。じゃあ、どうすればいいの? 考えるのよ、考えるのよヒイロ……! 

 これじゃあヒイロ、煽るだけ煽って自爆じゃないの……粉物聖女はともかく、自爆聖女は勘弁よ!


 私が次の策を練っていた、その時。

 一陣の強風が、異様な熱気を冷ますかのように吹き抜けた。

 皆一様に風を前にして顔を覆う。


 ふわっと獣オークスープの強烈な匂いが、私を包み込んだ。

 温かで優しい手が私の肩を抱く。漆黒のマントと長い黒髪が弧を描いて翻った。


「ヒイロ殿。遅くなって、すまない」


 長い前髪の滑る鼻梁の向こう、彫りの深い眼窩の奥。

 金に輝く双眸が私を見下ろして低い声で名前を呼んだ。


 私は言葉が出ず、目を見開いてぽかんと口を開いていた。

 周りの人たちも、一様に全く同じ顔をして、私をマントに包み込んだ男性を見上げている。


「あ、あああああ……!???」


 腰を抜かしたカスダルが、裏返った声で絶叫した 。


「な、なんでこんな所に居やがるんだーー魔王!!!!!!」


 魔王。

 カスダルが叫んだ途端、場が水を打ったように静まり返る。

 この場で魔王様の姿を知るのは私とカスダルだけ。冒険者さんもスタッフさんも、ただただ言葉を失い、私を守るように抱き寄せて佇む魔王様に目を奪われるばかりだ。


「カスダル・ストレリツィよ」


 魔王様は低い声でカスダルへと言葉を紡いだ。


「ヒイロを追放してなお、彼女を己が傀儡と玩弄するか」


 カスダルへの眼差しは、凍てつきそうな氷の眼差しだった。


「ヒイロを傷つけることは私が赦さぬ。彼女が穏便に済ませる事を望むのであるから、私も今日この時に限っては貴様の言動を不問とする。然し今後彼女に危害を加えることがあれば」

「……ッ」

「私は貴様の指が触れる前に、貴様を即刻灰塵に帰す。必ず」


 カスダルは露骨に怯えた顔をしてびくつき、視線を彷徨わせる。

 流石にこれでもう、諦めてくれるだろう。

 そう思って内心安堵した私だったが、カスダルはもっとしつこい男だった。

 カスダルはニヤリ、と笑って魔王を睥睨した。


「ハッ。俺に傷を負わされた癖によく言うぜ。」


 さすがカスダル、腰を抜かされた相手にもふてぶてしい!

 いや、全然褒める所じゃないけど!


「魔王、今お前を殺してやってもいいんだぜ?」


 カスダルは震える足で立ち上がり、すらり、と剣を抜こうとする。

 しかしその剣を、空から落ちる雷撃が弾き飛ばす。


「ッああ……!!!」


 カスダルが手を押さえる。火傷をしたのだろう。聖女の役割として反射的に飛び出そうとした私を、魔王様は肩に乗せた手に力を籠めて止めた。

 たまらず、私は魔王様を見上げた。


「魔王様、いくらカスダルでも癒やさない訳には……!」

「ヒイロ。……忘れたのか」


 その瞬間。魔王様はひどく悲痛な顔をして眉根に皺を寄せる。

 魔王様が口を開く前に、手を抑えながらカスダルが口角を釣り上げて言った。


「くっくっく……あはははははははァ!!! やっぱりは通用しねえか!」


 脂汗を零しながら嗤うカスダル。魔王様は、首を横に振った。

 そして魔王様は、私を見つめた。


「ヒイロ殿。此奴は、をもう一度使おうとしたのだぞ」


 金色の瞳が、憐れむように揺れる。

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