第32話 聖女VS元婚約者 ※ざまぁ

 ぐいっと腕を引かれそうになった瞬間。

 光輪が輝き、私の体からパンッと光が弾ける。


「ーーッ!!」


 一瞬たじろいだカスダルは、こめかみに血管を浮かせて怒りを露わにした。


「てめえ、俺相手に聖女異能で抵抗しやがったな!?」

「当然ですよ。私はもう貴方の聖女でも、婚約者でもないんだから」


 声が震えそうになるのを堪えて、私は冷静ぶった声で言う。

 いくら聖女異能で自分を守っているとはいえ、怖いものは怖い。

 けれどここで怯んだ姿をお客様ギャラリーに見せては、せっかくお店に来てくださった皆さんを不安にさせてしまう。

 私は背筋を伸ばしてこほんと咳払いした。


「ストレリツィ伯爵令息様。私はこの食堂の主人として、スタッフとお客様の安全と楽しいお食事を守る責任があります。これ以上暴れられるのでしたら、然るべき対処をします。恐れ入りますがお引き取りください」

「然るべき対処ってなんだよ。お前如きに何ができる」

「聖女保護管理規定違反の報告を入れます」


 私がその言葉を呟いた瞬間、カスダルが怯んだ。

 あれ?いつもみたいに実家のお金と権力で握り潰せるんじゃないの?

 いけるかも。私は意外な手応えを感じつつ、毅然かつ冷静な態度に努めて続けた。


「原則、聖女は王国の保護管理対象として教会聖女支部により管理されています。聖女が魔王討伐パーティに参加するのは、国家から『貸し出される』という事に なっているのは、貴族子息の貴方は知ってますよね?」

「だから何だ。これから手続きすりゃいいんだろ」

「こ・れ・ま・で・の、話です」


 聖女は身も蓋もなく言えば王国の所有物(もの)。

 カスダルはかつて、実家の権力にモノを言わせて私を無理やり修道院から引っ張り出して、婚約者にした。

 それ自体は教会聖女支部としては、現行の規定では「合意の上での還俗」として見過ごすよりほかはなかった。それも本当は、見過ごさないでほしいんだけど 。


 ーーけれど。


「貴方は白銀プラチナランクの聖女である私を、日常的に身体的・心理的暴力に晒してきましたね?」


 国家の所有物である聖女へのDVは流石にアウトなのだ!!!


「一度婚約者としてお世話になった貴方の未来を潰してしまうのは本意ではありませんでしたので、私は聖女保護管理規定違反の報告を行いませんでした。けれど」


 嘘です!!

 されたことを一つ一つ思い出したくもないし、手続きは非ッッ常に面倒だし、どうせカスダルの実家に金で握り潰されるってわかってるから、書類すら作ってない。そんな時間があったら新しいレシピを作りたい。


「けれど、貴方に追放された後、訴えることもせず静かに過ごす私や、この食堂に関わってくださっている方々のお邪魔をするのでしたら、私も訴える事はいつでもできます。シーマシー子爵令嬢・ヒイロの名で」


 はい、これもハッタリ!!

 シーマシー家は私を教会に売り飛ばしたも同然だから、私が訴えてもろくな後ろ盾にはなりません!

 そもそもカスダルの実家に比べれば吹き飛ぶような家柄です!

 第一、爵位継承権がない私が「子爵令嬢」を名乗るのだって烏滸がましいにも程がある!


 けれど。

 教会に正式に訴える身分として、子爵だとしても『令嬢』であることは有利に働く。血縁を辿れば必ず、私の遠い遠い遠い親戚の貴族が、一人か二人は教会内で見つかるはず。貴族の血はこういう時に役立つのだ。


 カスダルは私の前でわなわなと震えている。私が思い通りにならないなんて、初めてだからだ。


「お願いします。お互いのためにも、私は事を荒立てたくありません。どうかお引き取りいただけませんか」


 私は彼の目を真っ直ぐに見つめ、諭すように静かに言葉を結んだ。

 こういう時は、余裕たっぷりの態度を見せるのが、相手にとって一番効果的だって知っている。

 自分が絶対的な態度を取ることは、相手が思考する隙を奪う。

 思い通りに動かしたいのなら、思い通りに動きますよって顔をすればいい。


 ーーそれを教えてくれたのは貴方だよ、カスダル。


「……舐めやがって、どいつもこいつも」


 カスダルが呻くように口にする。

 そして私に拳を振りかぶる! 


 私は努めて冷静な顔をして、一歩だけ下がった!


 ガツン!


「ッ〜〜〜!!!!」


 痛みの衝撃で蹲るのは私ではない、カスダルの方だ。

 カスダルが『食堂の外』で騒いでいると聞いた時点でピンと来ていた。カスダルはこの食堂の結界からはじかれているのだ。

 結界が、カスダルを「聖女(ヒイロ)に害なす者」と認識している。

 だからすぐに避けられるギリギリで、私はカスダルに対応していたのだ。


「お願いします。お引き取りください」

「くっそ……粉物(コナモノ)聖女のくせして、舐め腐りやがって……!!!!」


 その時。

 おもむろに、周りの冒険者さんたちが立ち上がった。え、ええ?


「貴族さんよお、いい加減にしろよ」


 私の前に、さっと女冒険者さんーーマーガレッタさん、スートレットさん、ナミセーヌさんが壁になる。

 驚く私に、彼女たちは目くばせして微笑んでくれた。


 次々と、冒険者さんたちはカスダルに応戦し始めた。


「王都でもどこでも関係ねえ。冒険者の前で聖女ちゃんに手出ししたら、俺らが容赦しねえからな」


 ーーえっ。

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