第31話 元婚約者カスダル襲来(獣オーク骨スープ麺のむせ返る匂いを添えて)

 予想通り、朝から聖女食堂はむせ返るような獣オーク骨スープの匂い立つ食堂となっていた。朝からシノビドスと一緒にスープを試飲し、思わず顔を見合わせる。


「美味しい!!」

「全身が明らかに獣オークを食べてきましたぞ!って匂いになるでござるが、美味しいでござるな」

「これは事件だわ……早速麺も作らないと」

「うむ。テイクアウト対応は拙者とスタッフさんに任せてくだされ」

「ありがとう!」


 朝からテイクアウトを求めにきた冒険者の人たちは皆、獣オーク骨スープ臭に仰天しつつ、怖いもの食べたさと好奇心でランチタイムは満員御礼になった。


 ちなみに今朝のテイクアウトは獣オーク肉とサラダを挟んだバゲットサンド。

 しかし匂いに衝撃をうけて、テイクアウトしたのにわざわざランチにも訪れるお客さんもいるほどだった。


「いや〜、今日は獣オーク骨スープのスープパスタ祭りでござるなあ」


 獣オーク骨スープパスタ

 聖女異能で特別に篩にかけて出した小麦粉で作ったパスタは、スープの絡みやすい太麺仕立て。脂がたっぷり浮いたスープの上に、たっぷりのネギともやしと焼き獣オーク肉をたっぷり乗せた特性の一品だ。

 ただし麺は細麺でもいいかもしれない。美味しいんだけど茹で上がるまでの時間が、ちょっとかかるのが気になる。細麺で飲むように麺を啜り上げてくれたら、伸びずに美味しくいただいて貰えるかも。今後の研究課題だ。


「まさか聖女異能の破邪効果で、食堂の周りだけに獣オーク骨スープの匂いが籠る事になるとは思わなかったわ」

「匂いが籠ったおかげで風下の馬舎に影響を与えないですむし、魔王城討伐の貴族にも苦情を言われないし、魔物の森の獣も刺激しないし結果オーライでござるな」


 お客さんが貴族や上品な人たちならもう少し匂い対策が必要だけれど、相手は普段から魔獣の血肉を浴びて豪快に生きる冒険者さんたちだ。

 肉体労働で汗を流した体に、脂ギットリ!! 濃厚白濁スープパスタは効く。


「聖女ちゃんこれめっちゃ美味いよ! 全身がオーク臭するけど」

「ありがとうございまーす!」

「聖女ちゃん、スープにパスタだけお代わり欲しいんだけどいける?」

「はーい、パスタ追加ですね!」

「聖女ちゃん、これ定番メニューは」

「ちょっと〜〜それはさすがに厳しいですね! レア料理ということで!」


 そして程なくして、昨日差し入れてくれた女冒険者パーティの皆さんがやってきた。彼女たちは食堂に入ってすぐに匂いの理由に気付いたのか、私を見てパッと笑顔になる。


「いらっしゃいませ! 試作で作ったスープ、すごい反響です! 」

「やるね! 美味しそうなやつ、作ったじゃん!」

「早速お召し上がりください!」

「ありがとね!」


 テーブルについた彼女たちに早速、獣オーク骨スープパスタ山盛りをお出しする。彼女たちはスープと匂いに不思議そうにしながら一口スープを飲みーーそして目を 瞠ってお互いの顔を見合わせた。


「すごいね、あの骨がこんな風になるんだ!」

「そうなんですよ〜! 骨いっぱい砕いて煮込んで、一晩でこんな感じです!」

「へ〜」

「たくさん骨をいただいたので、まだまだいっぱいスープ作れそうです。しばらくの間作ってみて、味とパスタを整えてブラッシュアップさせていきますね」


 彼女たちは私の顔を見て、なんだか嬉しそうに目を細めてくれる。

 眩しそうな顔で、マーガレッタさんが笑った。


「聖女ちゃん、明るくなったね」

「そうですか?」


 スートレットさんとナミセーヌさんも頷いてくれる。


「うん。最初に馬車に一緒に乗った時は思い詰めた顔してたからさ」

「この子どうしたんだろう、心配だねって話してたんだ」


 そんな風に思ってもらえていたなんて知らなかった。


「聖女ちゃーん!」


 食堂の表から、スタッフのお姉さんの呼ぶ声が聞こえる。女冒険者さんたちは笑った。


「ほら行きな、聖女ちゃんをみんな待ってるよ」

「聖女ちゃんが楽しそうに料理してくれてて嬉しいよ」

「頑張って!」


 私は頭を下げてすぐに呼ばれる方へと向かう。向かいながら胸がほかほかと温かだった。

 

「お待たせしました、どうしました?」

「あ、ごめんね聖女ちゃん。貴族の方が一人いらっしゃってね……」


 スタッフのお姉さんは困惑しきった様子だった。


「貴族が、ですか?」


 貴族の馬車の停留所からはかなり離れているので、ここに来るのは冒険者の人ばかり。貴族は冷やかしにすらこない。そもそも単独行動をする貴族というのは男性でも珍しい。一体何の用事だろうか。


「食堂に何故か入れないから、店主の聖女を呼べ、と……私も何度も困りますと言っても、全然聞かない感じなの。……ほら、あの人よ」


 食堂は入口に入る前にテラス席に繋がった庭があり、庭の向こう側は煉瓦塀で囲われている。その向こうに、件の貴族がいるらしい。

 言われてみると確かに、煉瓦塀の向こう側に輝く銀髪の男がいる。随分と背が 高く白銀に輝く甲冑がいかにも貴族然とした貴公子だ。

 

 彼の碧眼が私を見やる。その瞬間眇めた眼差しと歪んだ笑みに、私は思わずトレイを取りこぼした。


 カチャン。


 ほかほかに温かくなっていた胸の奥がぎゅっと冷えて、バクバクと心臓が嫌な鼓動を打ち始める。呼吸が浅くなる。


「……カスダル。どうして、ここに」


 シノビドスは魔法調理場で調理に追われている。メイタルト村のお姉さんたちに、貴族の相手をさせるのは酷だ。今あの男に玄関で暴れられては困る。

 私は念のためにエプロンに入れている焼き菓子を取り出す。


『我大地の寵愛を賜りし聖女ヒイロ。今ひとときの破邪と防壁の加護を』


 祝詞キーワードを呟き、焼き菓子を食んで咀嚼する。粉物聖女の異能効果が、ふわっと体を包み込んで弾けた。

 私は覚悟を決め、ぎゅっと拳を握った。そしてスタッフのお姉さんに言う。


「シノビドスに伝えてください。カスダルが来たと」


 お姉さんは頷き、奥に小走りに去っていく。私は深呼吸して彼の前まで歩いた。

 怖い。

 けれど今は、楽しくご飯を食べている冒険者さんたちやスタッフを守らなければ。きっと彼は私が出てくるまでゴネるに決まっているから。


「久しぶりだな」

「ここでは周りの邪魔になります。少し離れませんか」

「何で俺が退かなきゃならねえんだ。お前がすぐに首を縦に振りゃあ終わる話だ」


 相変わらず人の話を聞かない。

 見上げるほど大きな体も、私を蹂躙し慣れた眼差しの色も、どれも怖い。


「それなら手短に済ませてください、私にどんな御用ですか」

「俺のパーティに来い」

「は?」


 思わず変な声が出た。本当に心から「は?」だ。


「聖女はもう他に雇われたんでしょう? ダサい聖女だからって、私を追放したのは貴方じゃないですか」

「……あはははは、ちげーよ、馬ァ鹿」


 彼は天を仰いでゲラゲラと笑う。

 周りの冒険者の皆さんも張り詰めた表情で様子を窺っている 。


「聖女としてのお前は要らねえよ。小間使いの飯炊女として雇ってやるって言ってんだ」

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