第29話 骨肉粉砕聖女

 聖女食堂は、聖女異能で破邪の結界を施しているので、悪意がある人は奥まで入れないようになっている。彼女たちは勿論入ることができた。


 女騎士さんたちは「おじゃまします」と言いながら中に入り、私に荷物の説明をしてくれた。


「今日はウチら、貴族の依頼で希少な獣肉を狩りにきたんだ。肉はもう依頼人の貴族に渡す準備をしてんだけど、余った骨や脂身はいらないって言われててさ」


 食堂のテーブルにケースをどっかりと乗せて 、マーガレッタさんがパカリと蓋を開く。


「う、これは……ッ!!!」


 むせ返るような血肉と獣の匂いが溢れ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた骨や脂身が現れた。


「すごいですね……煮込めば美味しいスープが取れそう」


「これ、聖女ちゃんがもしいるならあげるけど、どう? 」

「いいんですか!? こちら、お幾らですか?」

「依頼先がいらないって言ってたから売ろうと思ってたんだけど、せっかくなら聖女ちゃんにあげたくてね」

「もちろんお金はいらないわ。貰って欲しくて持ってきたんだから」


 と笑顔で言うのは黒髪ポニーテールのストーレットさん。隣で無口なくせっ毛のナミセーヌさんもうんうんと頷いている。


「ウチら、聖女ちゃんのご飯を食べるようになってから、体力がかなり保つようになったんだ。怪我の治りも早いし、変な虫に刺されることも無くなったし」

「全部の料理に全力で聖女異能をかけている 訳ではないんですけどね。おまじない程度には効き目があったらいいなと思ってやってたんですが、効果があったなら何よりです」

「冒険者は体あっての物種だからね、とっても助かってるよ。そのお礼と思って受け取って欲しいな」

「ありがとうございます。……それでは、お言葉に甘えて大切に使いますね! ケースを洗ってお返ししますので、その間ハーブティを飲まれてお待ちください!」

「なんだかかえって気を遣わせて悪いね。でも聖女ちゃんのお茶美味しいからありがたく頂いていこうかな」


 先ほど作っていた『聖女の舌』を軽く温め、紅茶と一緒にお出しする。

 その間に私はケースを丁寧に洗い、お返しした。


「聖女ちゃん、ごちそうさま!」

「また来るね〜!」


 彼女たちは最終の乗合馬車に間に合うように帰っていった。


「ありがとうございましたー! お気をつけて!」


 夕焼けに眩しい後ろ姿が見えなくなるまで見送り、私はキッチンに戻る。

 作業台の上に山盛りの、血抜き前の骨と肉と脂。


「これは……腕がなるわね」


 実は修道院時代にはよく、廃棄となる獣の骨肉を譲り受けて煮込んでスープを作っていた。臭いはキツいけれど肉体労働で疲れた体にガツンと効く栄養素と旨味が詰まったスープができるので最高なのだ。


 早速まな板の上に骨を並べ、料理用のトンカチを持ってくる。


「はああああッ!!!」


 ガツン!!! ガツン!!!ガツン!!!


 思い切り振りかぶって、骨を割る! 振りかぶって割る! 割る!!!!

 骨の中の骨髄を出すことで旨みが出る。でも私の腕力ではなかなか上手く割れない。


「は、はあ……これ割るところまでお手伝いお願いすれば良かった……」


 汗だくになりながら私は一心不乱で作業を続けた。

 その時。


「ただいまでござるよ〜!!  わっ獣の臭いがすごいでござるな」

「あ、シノビドス。お帰りなさい」


 私が振り返ると、シノビドスは固まった。

 血塗れの手とエプロン。血塗れのトンカチ。作業台の上の、すごいことになった骨の塊。


「ヒイロ殿、そ、そそそそれは、ついに、」

「ああこれ? 骨を煮込んでスープを作ろうと思って。いつもの女冒険者さんパーティに貰ったんだよ」

「あ、あ〜〜〜〜!! 獣、獣の骨でござるな!! あーびっくりしたでござるよ、カスダル殿の所在を確認するところだったでござる」

「カスダル? なんで?」

「いや、ヒイロ殿は間違ってもそんなことはしないでござるな。失礼。するならむしろララ殿や、拙者の方が先に……」

 

 何かをぶつぶつと言いながらやってきたシノビドス。

 私の作業を伝えると、


「それなら拙者がやりましょうぞ。男手の方が良いでござろう」


 と腕まくりをしてくれた。

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