第28話 人生いろいろ、聖女もいろいろ


 朝。

 メイタルト村から出勤してきたスタッフのお姉さんたちが、きょろきょろと辺りを見回す。


「おはよう聖女ちゃん。いつものシノビドスさんは?」

「おはようございます。今日は朝から用事があるみたいで、準備を手伝ってくれたら出ていっちゃいました」

「ふうん……」


 お姉さんたちが顔を見合わせて、私を見てにやにやと笑う。


「えっ、えっ、どういう顔ですかそれ」


 慌てる私を楽しそうに眺めながらも、彼女たちはテキパキと準備する。


「すっかり一緒に暮らしちゃってるじゃない、あの人と」

「えっ!? あ、いや、確かにそうですけど……」

「仲がいいけど彼氏なのよね?」

「ちっ、違いますよ! 元々の魔王様討伐パーティの時代から何かとお世話になってるだけで、そんな」

「はいはい♪ じゃあ仕事するわね」

「今日も頑張りましょうね、聖女ちゃん」


 慌てる私にくすくすと笑いながら、彼女たちはそれ以上深掘りせず仕事モードに入る。


「う、ううなんだか誤解を受けてる気がする……」


 一人置いていかれた私は、頬が熱いのを頬を叩いて冷やしてから、腕まくりして調理場に立った。


「と、とにかく! 今日も頑張ろう!」


 ーーこんな感じで、私はシノビドスがいない時でもわいわい楽しくお仕事をしてる。

 ランチタイムのピークが終わったところで、仕事上がりのメイタルト村のお姉さんたちと賄いのランチを一緒にいただいた。


 今日の賄いはパンにサラダに、じゃがいもの冷製スープ!


 デザートとして用意したのは試作品、修道院時代に覚えた『修道女の舌』という焼き菓子だ。クッキーのような感じだけど、生地をを練るときに気の抜けたビールを使ったり、砂糖を練り込まないで焼くときに天板に広げて生地の表面につくようにするのが少し違う。

 昨日の夜生地を練って作っていたのを、さっきオーブンで焼いたのだ。

 聖女の私の小麦粉を使っているから、『聖女の舌』って感じかな。


「サクサクで美味しいわね」

「へへ……休憩所のマスターからビールを頂いたので、ちょっと作ってみました」


 ランチの後のホッとするひととき。

 こんな時によく私は、みんなからざっくばらんに聖女について質問される。

 ーー教会関係者や、討伐パーティに所属する人以外の一般の方にとっては、聖女って結構謎に包まれた存在らしいのだ。


「光輪って触っても大丈夫?」

「これ、神経が通ってて敏感な感じなんですよね。だから自分で触るのは平気だけど、人に触られるとビクッとしちゃいますね」

「へ〜。そんなデリケートなところなのに、聖女ちゃんくらい大きいと大変そう」

「ねえねえ、あの聖女の正装って動きにくくないの?」

「動きにくいですね!」

「あはは、そうなんだ。あれ真っ白だけど洗濯どうしてるの?」

「襟首や袖口は、汚れないように聖女異能で加護してる人がほとんどですね〜」

「へ〜……聖女異能って便利ねえ」


 こんな感じに聖女雑学を伝えると、皆さん「へえ〜」と感心しながら聞いてくれる。教会は聖女の神秘性! となるべく隠したがるから、そりゃ初耳だよね。


「そういえば、以前勤めていた酒場で聞いたんだけど」


 と、話を切り出したのは元酌婦のルルリアさん。


「『聖女異能』が出せる男性がいるって本当? なのにどうして聖女って女性だけなの?」

「あ〜、いい質問ですねぇ」


 私はお茶を飲みながら回答する。


「男の人で『聖女』異能が使える人は大抵、職業聖女にはならずに出世するからですよ」


 ーーそう。

 男の人の『聖女』はいない。

 けれど『聖女異能』が出せる男の人は(女性に比べて少ないけど)存在するのだ。


「聖女異能って、いわば『大地に愛された異能』と呼ばれる類の異能なんですけれど……大地の力と繋がりやすいってことなんですが。そこに本来は性別って関係なくて。教会の男性聖職者の方々の中には、たまにいらっしゃるといわれています」


 興味深い話題のようで、みんな身を乗り出して聞いてくれている。


「たまにいらっしゃるといわれています、って……頭の光輪(わっか)でわかんないの?」

「皆さん帽子をかぶっているので、中に光輪が入ってるかどうかなんてわかんないんですよね」


 私は自分の光輪を頭に巻いたスカーフに隠す。もごもごと端っこから飛び出して、ぴゅっとまた頭の上に戻った。失敗だ。


「あはは……まあ、私のように帽子で隠しがたい大きさと存在感の光輪ならともかく、大抵の人なら頭の大きさより小さいので帽子で隠すのって簡単なんです。女性で聖女を隠したい人なら、シニヨンの土台にしてることもあるし」

「でも、なんでわざわざ隠すの? 『大地に愛された異能』って聖職者なら見せびらかしたいんじゃない?」

「『聖女』と違ってそれを仕事にそのまま使ってるわけじゃないんで、色々周りへの影響を慮って隠している人がほとんどです」

「周りへの影響って」

「ほら。大司教推挙の時に、男爵家出身の『聖女』と、公爵家出身の一般人がいたら……色々、複雑な感じになるんですよ」


 私が言葉を濁したのを聞いて、皆さん一様に微妙な顔になった。


「はあ……聖職者だって生臭いものなのね」

「結局人間だものね、みんな」

「あはは……政治家の人も、そういった理由で隠しているんで、男性『聖女』って目立たないんですよね」


 そんなこんなで賄いも解散となり、メイタルト村のスタッフさんは片付けをして帰っていった。

 彼女たちを見送って休憩のふだをかけていると、遠くから「おーい」と声が聞こえてきた。女性の声だ。


「はーい!」


 やってきたのはいつもの女冒険者パーティの皆さんだ。

 仕事上がりだからだろう、獣の匂いがむわっとしてすごい。一仕事終えた清々しい表情も相まって凄みのあるかっこよさに溢れている。

 彼女たちは私を見て表情を緩める。


「よっ。聖女ちゃん今日もお疲れ様」


 そう言って片手をあげたのは、リーダーの傷だらけで筋肉質な赤毛褐色ベリーショートのマーガレッタさん。


「お疲れ様です!」

「あれ聖女ちゃん、今日は一人? あの黒装束のけったいな男は?」

「あはは……シノビドスは今日は用事がありまして……」


 ま、またここでも言われるのか。


「そ、そういえば」


 私は急いで話題を変えることにした。


「その大きな魔法保冷ケース、重そうですがどうしたんですか?」

「これ、聖女ちゃんへのお土産」


 マーガレッタさんはウインクする。


「ちょっと渡したいものあるんだ。食堂の方に入っていいかい?」

「もちろんです。どうぞどうぞ」

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