溺愛の魔王様
第27話 カスダル急転直下 ※微ざまぁ
カスダル・ストレリツィは伯爵令息である。ストレリツィ伯爵家は家格としては伯爵位の中でも中の中、地方の小さな領地しか持たない代わりに、文官として代々政治の場で家名を残してきた家である。
家督相続は長男のテイマヨーシュ・ストレリツィ。
その下に次男カスダル、妹のアグリー・ストレリツィと続く。
アグリーは12歳ながら既に、母の強い勧めにより裕福な某伯爵の後妻として嫁いでいる。貴族家はどこも家名の存続を最重要と捉え、原則相続権のない女子を縁談の道具として扱う。ストレリツィ家はそれがより顕著な家風であり、カスダルも婦女子を日常的にどこか手駒としてみなすきらいがあった。
賢く立ち回る『紳士』ならば、頭では婦女子を手駒と思えども表には出さず、蝶よ花よと丁重に扱うことで己の価値と評価を上げる。しかしカスダルは手駒にかける情など持ち合わせず、むしろ己のドアマットほどの価値だと思い、遠慮なく靴の泥を擦り付ける相手として振る舞っていた。
そんなカスダルは今、王都屋敷に届けられた通達に目を落として青ざめていた。手紙を持つ手はガタガタと震えている。
彼の目前ではテイマヨーシュが、執務机で冷淡な眼差しを向けている。
『ストレリツィ伯爵令息 カスダル殿に告ぐ
貴殿の魔王討伐の功績に疑問を呈する意見が挙がっている為、近衛騎士団隊長決議により貴殿の来季入団内定に一定の条件を課すものとする。来期入団の承認は、カスダル・ストレリツィ現行部隊もしくは白銀級聖女不在の部隊編成による新部隊にて、魔王負傷以上の魔紋提出を求める。今年度以内に魔紋による功績提示が不可能な場合、近衛騎士団入団は不可とする。
近衛騎士団 採用担当』
「これは、どういう事ですか」
「文字の手習い からやり直すか、馬鹿弟」
兄は冷たく言い捨てる。カスダルは食い下がる。
「何かの間違いです。俺は確かに、近衛騎士団統括隊長殿より直々に、来春からの騎士団への入隊を認められていました。証明書もあります! ふ、普通なら入団試験外からの特例入隊は覆らないはずで」
「聞きたいのは俺の方だ。普通ではないことが何故、現実で起きている?」
絶対零度の眼差しがカスダルを射抜く。凍りつきそうな次期家長の眼光は、カスダルに有無を言わせない。
「近衛騎士団への入団が叶わなければ、お前はストレリツィ領にて代官として働いてもらう」
「そんな、」
冗談じゃない。刺激も栄光も女もいない退屈な領地の代官になって仕舞えば永遠に、カスダルは一生、何者にもなれないただのストレリツィ家の歯車としての人生を終えることになる。
華々しい容姿も武勲も役に立たない、煮崩れて田舎というスープに溶けていくような、そんな人生。
「嫌だ、俺は」
「父からの厳命だ。もう話すことはない、でていけ」
執務室から追い出され、カスダルは茫然自失であてもなく廊下を歩く。彼を見て、怯えるように使用人が顔をこわばらせる。
目が合った老年に差し掛かったメイドに、カスダルはカッとして彼女の頭すれすれの場所の壁を殴りつけた。
「ひぃ……ッ」
「なんだババア、俺が気に入らねえのか、おい。何とか言えよ」
「滅相もございません、い、至らない所がありましたら大変申し訳ありません、私めの落ち度でございます」
「ふざけやがって、謝りゃ済むとでも思ってんのか、ああ」
カスダルはメイドの襟首を掴み、乱暴に跳ね除けて立ち去る。背後で大きな音を立ててメイドが倒れる音がした。全てを振り払うように庭に出て、カスダルは最悪な気分で空を見上げた。
「くそ、何もかも上手くいかねえ……」
「どうなさったんですかぁ、カスダルさまぁ」
甘ったるい声が重なってきたので振り返ると、整えられた花壇を背に銀髪のショートボブをふわふわと靡かせるヴィヴィアンヌがいた。
確か今日は呼んでいないはずだ。カスダルは目を丸くする。
「どうしてここにいるんだ、お前」
「ふふ。ヴィヴィ、カスダルさまのお父様とお会いしてきたの」
「!! ってことは……俺の状況を知ってるってことか」
「ええ。本当に大変だわ。ごめんなさい……私が下手くそなせいで」
ヴィヴィアンヌは大きな目からはらはらと大粒の涙をこぼし、小さな手で顔を覆って肩を震わせる。
「カスダルさまごめんなさい。私いらないよね。さよならするね」
「待て!」
反射的に肩を掴むと、ビクッと体を震わせて、潤んだ目でカスダルを見つめるヴィヴィアンヌ。どんな服を着ていても深い胸の谷間を隠しきれない体躯に、ぽってりとした甘い色の唇。今にも壊れてしまいそうな瞳で見つめられると、カスダルは乱暴な衝動が収まって行くのを感じた。
「ヴィヴィアンヌを手放すものか。お前はお前のままでいい」
「カスダルさまぁ……嬉しい♡」
にっこり。小さな肩をすくめて笑う彼女はいつでも可愛い。
ヴィヴィアンヌを前にするといつもそうだ。どんなに戦いが下手でも、鈍臭くても、潤んだ目で見つめられると全てがどうでも良くなってしまう。
追放直前には一挙手一投足全てに苛立つまでになっていた、あの棒切れのような小娘ーーヒイロとは全く違う。
しかし、このままでは魔王討伐もうまくいかないのは必至だ。なんとか策を練らなければ、カスダルは全てを失い凋落あるのみだ。
なんとかしなければ。あのヒイロ・シーマシーのような、都合の良い存在をまた確保する方法を探さなければ。
ーーその時。
はっと、落雷のようにある考えが、カスダルの思考に閃いた。
カスダルは己の名案に口角が上がる。
「はは。そうだ。こうすりゃいいんだ」
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